路地裏の12月④
妹は診察を終え、控え室で休んでいた。
診察室には
医者と少年の2人だけが向かい合っている。
「さて、少年。君には妹さんについて、
大切な選択をしてもらうよ」
医者は無表情で淡々と話す。
少年の背に冷たいものが走り、唾を飲んだ。
「選択肢は3つある。難しい手術をするか、
余命は短いけど、このまま最期まで生きるか、
苦しまないうちに安楽死、か。
というのもね、
妹さんの病気、かなり深刻なんだ。
手術もハッキリ言って、不可能に近い。
どうする、少年?」
医者の問いに少年は答えない。
この時、彼は言葉を発する事が出来なかった。
気付けば少年はナイフを医者へ向けていた。
涙が溢れて頬を伝って落ちる。
医者は微動だにせず、刃先を見つめる。
「まあ、そうだよね。
急に言われても難しいよね。
だから、ね。
僕から一つ提案というか、お願いがある」
立ち上がり、彼は少年と目を合わせた。
何かに突き動かされるように、言う。
「僕に、妹さんの手術をさせて欲しい」
少年はナイフを向けたまま黙っている。
「お願いだ。難しい手術ではあるし、
成功する確率は低いけど、
僕は、君達兄妹を、救いたい」
少年は喘ぎ混じりに問う。
「どうして?」
医者は答えた。
「君から、血の匂いがするからだ」
彼は続ける。
「君は、
妹さんの為に沢山の人を殺してきた。違うかな?」
少年は静かに頷く。
それを見て、彼は微笑む。
「分かるよ。
僕も大勢を救えずに、殺してきたから。
その中には僕の大切な人もいてね、
まあ、その話はいいか。
とにかく、人を殺すってこと。
それは君にとって、尋常な事じゃない。
君は、そんなには狂えていない」
医者は真っ直ぐに少年を見据えた。
「僕は、君みたいに
誰かの為に頑張っている人が好きなんだ。
もちろん、人を殺すのは駄目な事だと思うけど、
それ以上に、
そこまでして妹さんを救おうとした君は
報われるべきだと思うんだ。
死ぬ気で足掻いた末に待っていたのが
救いたかった人の死なんて、悲しいだろう?
それに、誰も救われない。
僕はね、君みたいな人を救うために、
医者になったんだ。
僕に、妹さんと、君を、救わせて欲しい。
大丈夫、失敗はしない」
医者は右手を差し出した。
少年は少し考えた後、
ナイフを鞘に納め、医者の手を握る。
彼は力無く言った。
「妹を、お願いします」
雪は降り続いている。
路地裏奥のボロ屋のドアが音を立てて開き、
兄妹を迎えた。
「寒いね、お兄ちゃん。
雪、この前からずっと降ってない?」
「変だよな」
「ね」
部屋へ帰ってきた妹は着替えを始め、
少年は水と薬の用意をする。
妹が着替えを終え、布団に入った。
「ほら、薬」
少年が薬を渡すと、妹は笑顔で言ってきた。
「今まで、看てくれてありがとう。お兄ちゃん」
「ああ。明日手術して、病気、治るからな。
看病なんて要らなくなるな!」
「うん、そうだね」
「簡単な手術だから、な。
心配しないでも大丈夫だ」
「うん」
妹は頷く。
彼女の安堵したような表情に、
少年は泣き出してしまいそうになった。
簡単な手術なんて、真っ赤な嘘だ。
胸を痛めていると、
妹は布団から手を出し、彼の手と絡めてきた。
2人の体温が交わって1つになる。
少年は手を繋いだまま、話しかけた。
「なあ。クリスマス、
もう明日なんだけどさ、
サンタさんには何をお願いするんだ?」
「ふふ、そうだなあ。なんだろう。
あ、でもサンタさんって、
いい子のところにしか来ないんだよ。
だから、お兄ちゃんに迷惑ばっかりかけてる
私のところには、来てくれないかもね」
少年は笑う。
「そんなことは、絶対にないさ。
だって、お前は、精一杯生きてる。
俺は、お前みたいのが妹で良かった
って本気で思ってるよ」
「迷惑ばっかりなのに?」
「手のかかる子ほど可愛いっていうだろ」
「そっか。なら、良かった」
妹の手を握る力が強くなる。
「私もね、お兄ちゃんが、
お兄ちゃんで良かったって、思ってる。
私のために、こんなに頑張ってくれる
お兄ちゃんなんて、そうそういないよ」
「まあ、可愛い妹だからな」
妹は笑う。
「まあ、とりあえず、手術。頑張ってくるからね」
「ああ、頑張ってこい」
少年は妹の頭を撫でてやる。