序章一幕 目覚めの朝
目を覚ました瞬間、真理亜が抱きついて来た。
「気がついて良かった」
急過ぎる出来事に理解が追いつかず、思わず声が上ずってしまう。
「っえ、何?」
幼馴染とは言え、いい女性である真理亜の行動に心臓が破裂しそうになる。激しく脈打つ鼓動を抑えようと努力していると、腕の力を緩めてこちらの顔を覗き込んできた。幼馴染にアホ面を見せまいと必死に取り繕っているのに、目が泳いでしまう。
「3日間も眠ったままだったんだから。目覚めなかったらどうしようって……」
目に涙を浮かべて、今にも流れ落ちそうだ。
(3日間? 眠ったまま?)
「っえ、どゆこと?」
更に訳がわからなくなり、そんな言葉しか出てこない。
「それより痛い所とかない? 大丈夫?」
目頭を拭いながら、こちらの質問を無視して質問を返してきた。
(っん、痛い所? ってか何で寝てるんだ?)
と思った瞬間ハッとした。そして恐る恐る脇腹に手を近づけて行く。
(無い。傷が無い)
安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろしたのも束の間、恐怖が体を走り抜ける。
(でも何で傷が無いんだ? おかしい。確かにあの時刺された筈だ)
「真理亜! あのストーカーはどうなった? お前に怪我は無いのか?」
勢いよく身を起こし、真理亜の両肩を掴みながら問い質す。
「痛い」
真理亜が呻めき声を漏らし我に返った。
「悪い」
慌てて力を抜き、肩から手を落とす。気不味さと恥ずかしさが一気に体を包み込む。ほんの一瞬の間が永遠に感じられていた時、意外な一言が返ってきた。
「ゴメンなさい」
「いや、謝るのは俺の方だから」
思いがけない一言に、慌てて言い返した。
「違うの。私……真理亜じゃないの」
混乱しつつも何とか回っていた思考が、とうとう理解不能に陥った。
「私は”イヴ” 三賢者の最高傑作にして、貴方の最初の相棒」
あんぐり空いた口が塞がらない。容姿端麗・頭脳明晰と称えられ、一方で謹厳実直などと揶揄されるあの”居利矢 真理亜”が、イヴにホムンクルス!!!
(これは何かのドッキリか? いや、あの謹厳実直がそんなことに加担する訳がない。それは幼馴染の俺が一番分かっている)
「やっぱり真理亜、ストーカーに襲われたショックでおかしくなってるよ。一回落ち着いた方が良い」
「落ち着くのは”アダム”の方よ」
(……アダム。 よりによって何で俺の病気が伝染るような、おかしくなり方をするかな)
そう思って頭をかきむしった瞬間、脳天から雷に打たれたような衝撃が走る。何かが体の中を駆け巡っている。
「アダム!!」
不安そうに眺める真理亜が、ありとあらゆる全てのものが、今や全く違うものに見える。
「そんな顔で見るなよ相棒」
俺は全てを思いだした。