第三十五話 魔女三人
レギオル帝国のとある森の奥には、魔女と呼ばれ恐れられている女性がいる。
小屋のような家を建てて住み、ほとんど人前に姿を現すことにないその魔女は一つため息を吐いた。
「はあ~、退屈だわぁ……。帝国の兵も最近は来ないし、あの子からの手紙もないし。つまらないわぁ」
本に埋もれた小屋の中心で椅子に座り、ゆったりとした口調で呟いた魔女はそのまま背もたれへと体を預ける。ぎしりと椅子がきしんだ音を聞き、魔女ははっとして背を離した。
「いけないいけない、あの子からあまり背もたれに寄りかかっちゃいけないって言われてたわねぇ。また物を壊したって怒られるところだったわぁ。……ああ、あの子元気にやっているかしらぁ」
はあ、とまたため息を吐き、魔女は数年前まで一緒に暮らしていた人間種の少女に思いを馳せる。
少し他の人間種とは違うところもあった子だが、とても優しく良い子であった。数年前に魔女と共に暮らしているのはあまり良くないと考え、試練迷宮に突っ込んで最奥の聖剣を取得させ、馴染みのいる隣国の街へと送り出し、それから特に便りもなく現在へと至る。
「便りがないのが良い便り、なんて言うらしいけれど、本当かしらねぇ……?」
人間の慣習に明るい魔女仲間から聞いた言葉を思い出しつつ、ふと視界の端に何かが映り込む。それを追うように体を向けると、窓の縁に黒い小鳥が止まっていた。
「あらぁ、これは……フューネラルからねぇ」
魔女は椅子から立ち上がり、黒い小鳥のもとへと向かう。手を差し出せば小鳥はその上に乗り、ぱっと姿を手紙へと変えた。
「手紙なんて珍しいわねぇ……。んー……あらぁ、もうそんな時期なのねぇ……んん、それなら……」
魔女は手紙を読み終え、そこらに置いてある紙に返信をしたためる。その紙を折りたたみ、ふう、と息を吹きかけるとそれは白い小鳥へと姿を変えた。
小さく羽ばたく小鳥はそのまま窓から飛んでいき、魔女はそれを見送ってから動き出す。
「ふふ、ミルスマギナに行くのは久しぶりねぇ。あの子、私が来たらびっくりするかしら」
くすくすと魔女は笑い、何を着て行こうか、手土産を持っていこうかなどと呟きながら、小屋の奥へと消えていった。
*
秋も深まり少し肌寒く感じるこの頃。私は調合薬を入れるための瓶を買いに来ていた。
以前オルネラさんに教えてもらった調合師御用達の雑貨屋で、目的である瓶と数が少なくなっていた雑貨を購入し、私はお店を出る。
「瓶は落とすとまずいから鞄に入れて、と」
魔法で拡張済みの鞄に買った瓶を入れ、それ以外のものが入った紙袋は抱えて私は他にも何かあったかなぁと考えながら歩き出す。うーん、調合に関するもの以外はグランが買ってきてくれるから、補充しないといけないものはないかなぁ……。
「―あらぁ?あらあらぁ?もしかしてミーフェ様?」
行きつけの菓子店で新作のクッキーでも買おうかと足を向けたところで、後ろから声がかかった。聞き覚えのある声に振り返ると、薄紫から薄青紫に色が変化している長い髪を揺らす女性が居た。
細く編んだ三編みが垂れ、頭には特徴的な白い角が生えている彼女は、確か……。
「まあまあ、いつ目が覚めたの?体は平気?こんな街で会うだなんてまたお忍び~?」
「ええと、目が覚めたのは春頃だよ。力の戻りは遅いけど体は平気。あと、私はこの街に住んでるからお忍びじゃないよ、トロイメライ」
「あらぁ、人界に降りるなんてあの面々がよく許したわねぇ」
ところどころ間延びするような、ゆったりとした口調で話す彼女はトロイメライ。私が眠る前は奏での魔女と呼ばれていた魔族……ではあるが、現在の認識に合わせると天魔種と呼ばれるものになる。
天魔種は神々の黄昏の時期に私たち善神側についた魔族のことで、邪神側の魔族と呼び分けるために使われるようになった呼び名だと現在の常識を知るときに読んだ本に書いてあった。
そんな天魔種であるトロイメライは何かを思い出したようにあっと声を上げる。
「そうだわ。ミーフェ様、フューネラルとレクイエムを見てない~?」
「フューネラルとレクイエム?うーん……記憶にないから見てないと思う。あの二人、けっこう目立つし」
「そうねぇ。この辺りじゃないなら別のところかしら。まあ、あとで落ち合えばいいわねぇ。それじゃあミーフェ様、また」
「あー、待って待って。トロイメライ、私のことは様を付けて呼ばなくていいから。一応、その、色々と秘密にしてるから……」
「まあ……それならミーフェって呼ぶわぁ。他の二人にも言っておくわねぇ」
「うん、よろしくね」
はぁい、と間延びした返事をして、トロイメライは私の進行方向と逆に歩いていった。特徴的な髪色が人の波に消えるのを見送り、良し悪しに関わらず何かが起こりそうだなと思いながら新作のクッキーを買うために店へと向かう。
広い通りから少し狭い路地を行き見慣れた吊り看板を見つつ、売れきれてないといいなと思いながら店の扉を開けた。
*
菓子店で新作のクッキーはもとより、他の美味しそうなお菓子も無事に買うことが出来た私。そのままうちに帰ってお茶をしているけれど、この場には私以外の人物が二人いる。
灰色から黒へと変化している髪をツインテールにしている女性と、濃灰から淡桃に変化している長い髪を二つに結んでいる女性だ。
「あまり街に来ないけど、最近はこんな美味しいお菓子があるのね」
「……美味しいです。ミーフェ、甘いの好きです?こんど、夜薙のお菓子を持ってくるです」
美味しい美味しいとお菓子を食べているツインテールの彼女はレクイエム、夜薙のお菓子を持ってくると言う二つ結びの彼女はフューネラル。二人共、トロイメライと同じく天魔種と呼ばれるものだ。
行きつけの菓子店の店先で偶然にも遭遇し、色々と話がしたいと言われたのでこうしてうちでお茶をし、私が目覚めてから今日までのことをかいつまんで話をしたわけだが……。
のんびりとお茶を楽しんでいる彼女たちに私はトロイメライのことを思い出して問いかける。
「ええと、ところでトロイメライに会いに行かなくていいの?探してたみたいだけど……」
「ああ、いいわよ別に。どこにいるか分かるし」
「この街で合流するのを指定したのはトロイメライです。その理由を分かってるです。だから少し放っておいてもいいです」
トロイメライが探していた事を伝えればこう返ってきて、二人は何も気にすることなくお菓子を口に運んでいく。
ふと、どうして彼女たちはこうして集まっているんだろうと考える。昔、気まぐれに誰かのところへ向かうことはあると聞いていたけど……。
「そういえば、フューネラルたちはどうしてミルスマギナに……」
来たの?という言葉は、勢いよく開けられた扉とそれに取り付けてあるベルが鳴った音でかき消される。こんなに勢いよく入ってくる人は数人だけれど、その誰でもない人物が入り口にいた。
目を引く薄紫色の長い髪を揺らす女性と輝く金色の髪を束ねる女性の二人組。
トロイメライとセラフィーヌさんだが、どうして二人が揃ってここへ来るのだろう?
「と、トロイメライさん!そんな乱暴に開けたら壊れるから!」
「大丈夫よぉ、加減くらいしてるわ~。それで、お友達っていうのは……」
くるり、とセラフィーヌに窘められていたトロイメライがこちらを向く。セラフィーヌさんは慌てて私とトロイメライの間に立ち、一つ咳払いをした。
「ええと、彼女が私の友人の一人で、ここで調合師をしているんだ。とてもいい子で、ええと……」
「あらあら、セラのお友達ってミーフェだったのねぇ。―あらぁ?フューネラルとレクイエムじゃない。こんなところにいたのねぇ」
にこにことした様子のトロイメライは奥に視線を向け、のんびりとお茶を飲んでいる二人に近づいていく。
何食べてるの?なんて会話が聞こえる中、トロイメライさんの前に立っていたセラフィーヌさんが振り返り、戸惑ったような表情で私を見つめた。
「ミーフェは、トロイメライさんたちと知り合いなのか?」
「ええと……色々とありまして、知り合いですね……」
「あの三人は滅多に街へ来たりしないが、いったいどこで……」
「あら、私達だって街に行ったり神殿に行ったりするわよ。ミーフェとは偶然、神殿で会ってそこからの付き合だから、何もおかしくはないわ」
「そうです、おかしくないです。それより、セラは随分大きくなったです。いまいくつです?」
深く聞かれると答えようがないなぁ、と思っているといつの間にかレクイエムが近くに来ていて、私達の出会いについてを誤魔化してくれる。そこにフューネルも乗っかり、さり気なく話題をそらしてくれた。
「今年で二十歳になるよ」
「もうそんなになったのね。あの時、トロイメライからあなたの事を聞かされた時は、すぐに飽きるんじゃないかってちょっと心配していたのよ?」
「ああ……そうです。急に子供を拾ったなんて言って突撃してきて……」
当時のことを思い出したのかちょっと遠い目をする二人に、セラフィーヌさんは苦笑いを浮かべている。
うん?あれ、そういえばトロイメライとセラフィーヌさんっていったいどういう関係なんだろう?拾ったとか聞こえたけど……。
「だってぇ、人間と関わったことはあるけれど子供は分からなかったんだもの~。最初は気まぐれだったけれど~、いまはもう私の自慢のかわいい娘よぉ~?」
「娘?!」
「トロイメライさんに育てられたのは確かだし彼女のことを親のように思っているけど、血は繋がっていないから正しく娘ではないよ」
まさかの関係で驚きを隠せない私の言葉に、セラフィーヌさんは訂正を入れる。いや、互いを親と子だと自覚をしているのならそれは娘でいいんじゃないかな?
「もぅ~セラってばいつもそれよねぇ。私の名前を名乗っているのだから、もう娘でいいのよ~」
「それは、その……感謝しているけど……」
視線を泳がせて恥ずかしそうに口をもごもごと動かす彼女に、その心情をなんとなく理解する。たぶん、育ててくれた恩もあるし、気恥ずかしいといったところかな。
このまま攻防を見守っているのもかわいそうなので、私は二人の間に割って入ることにした。
「良かったら奥でお話しませんか?いまならお菓子もお茶も用意がありますし」
「あらぁ、じゃあちょっとお邪魔しようかしらぁ」
「すまない、助かるよ。……ありがとう」
奥へと向かうトロイメライをみやり、小さく礼を口にするセラフィーヌさん。それに微笑みを返して、私は二人分の椅子を用意し、お茶も新しく入れ直す。
ほんのりと花の香りがするお茶を用意し、せっかくなので秘蔵のお菓子を持って四人のいるテーブルへと向かった。
四人分のお茶を置いていくと、ふと思いついたようにトロイメライが口を開く。
「―ああ、そうだわ。ねぇミーフェ。一緒に世界樹を見に行かない?」




