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第三十四話 ゼンなるものとグランと私


 それは秋も深まるとある日。もう常連と言っても差し支えないゼンと、たまにお店に居るようになったグランが揃った時のことだ。

 客の入りも少なく、調合部屋に用意した椅子に腰を下ろして雑談をしている中、ふとグランが思い出したようにゼンへ問いかけた。


「あの時は詳しく聞くこともしなかったが、ゼンは何者なんだ?」

「んぇ?」


 ちょうどクッキーを口に入れたところだったゼンは間抜けな声を漏らして、きょとんとした顔をグランに向けている。


「あれ、てっきり知ってるものだと思ってたけど……」

「……んぐ、そういえば明確に口にした覚えはないな。んー、でもそんな俺が何者かって大事か?」


 ゼンの言葉にグランは私を見る。いつもと変わりない穏やかな青い瞳が見え、じっと見つめられた私はその意図が分からず首をかしげた。


「ほーん……?なるほど、自分以外にミーフェのことを深く知っている人物がいるのが嫌というわけか。心配しなくとも俺とお前との情報量の差はそんなにないぞ」

「そういう訳では……いや、そうか……?」


 自分の中にある感情をうまく表わせられないのか、少し悩むように腕を組むグラン。ゼンは彼の抱く感情を分かっているのか、にまにまとした笑みを浮かべている。


「感情というものは複雑だからな、納得する答えが見つかるまで悩むといい。で、俺が何者かって質問だが……そうだな、分かりやすく言うのなら観測者だ」

「観測者?」


 復唱する声にゼンは頷く。

 私が聞いた時は『全であって全ではなく、一であって一ではない』と答えていたけど、さすがに曖昧過ぎると思ったのかな。まあ私も観測者というのは初めて聞いたんだけど。

 ゼンは私が不思議そうにしているのに気づいて、こちらを指さした。


「お前は無条件で俺の言葉を信じるからあの言い回しで良かったが、グランはそうではないからな」

「無条件で信じるって……あー、まあゼンがしたことを考えたらそうなるかな……」


 ゼンは私を転生させた張本人だから、そう考えると彼の言葉を疑う必要はほとんどない。まあこの考え自体も無条件で信じる類にはいるのかもしれないけど。


「ある意味、親のようなものだからな。んで、なんで観測者って言ったかだが、俺の役目が世界のはじまりからおわりまで見続けることだからだ。ほら、観測者ってかんじだろ?」

「観測者という割にはずいぶんとこの世界に関わっていると思うが……」

「まー、さすがにあの一件での干渉は小言を言われたが、それ以外では許容範囲だぞ」

「小言って……ゼン以外にもいるの?」


 小言を言うということは、ゼンと同等か上の存在がいるということになる。今までそんな話を聞いたことがなかった私は疑問が口を突いて出る。


「あー、お前にも言ってなかったな。俺みたいなやつは他にもいるぞ。正確な数は知らないが、世界を見守るものとしての役割を果たしている」

「へぇー……」

「まあ、そんなわけで近いやつらに『結果的には良かったがもっと考えろ』とか言われた訳だ」


 結果が良かったんだからそれでいいだろ、とゼンは付け加え、マドレーヌを頬張る。小言を言われた時のことを思い出したのか、少しむっとした表情だ。

 その小言の一端は私が担っているので少し申し訳ない。


「ミーフェが悪いわけじゃないから気にしなくていいぞ。手を貸すと決めたのは俺だし、グランにお前のことを迎えに行かせたのも俺だ。全部、俺が自分で決めてしたことだ。それでも申し訳ないと思うのなら、こうして菓子を振舞ってくれればいい。俺にとっては何よりの報酬だ」

「……うん、ありがとう」


 にこーっと満面の笑みを見せてくれるゼンに私も笑みを返す。私の重荷にならないように言ってくれたのだから、それを受け取って返さなければ。今度、少しお高いお店のお菓子をあげよう。


「んで、グランは俺のことを納得したか?」

「信じがたいことではあるが、君が嘘をついたとて利益はないだろうからな。そういうものもある、と思っておく」

「おー、それがいい。別に全部を理解する必要はないからな。俺という存在がいて、同じ街に暮らしていて、ちょっと色々なことができる奴だと思っていれば」

「……そうだな」


 色々なことが出来るのはちょっとじゃないだろう、という言葉を飲み込んで肯定を示すグラン。何かを言うのを諦めたというよりかは、これがゼンというものだと思うことにしたのだろう。

 まあ、ゼンのことは理解しようとするのが難しいし、グランにとってはそれがいいだろう。


「ん、理解を得られたところで、俺はお暇するかな」

「あれ、もう行くの?」


 いつもよりも短い滞在に少しの寂しさを混ぜて私が言えば、ゼンは頷き神妙な顔をして口を開いた。


「オルネラとラースとの約束を忘れていた」

「ええ?!」

「それは……まずいのではないか?」

「いや、まだ約束の時間じゃないからな。いまから行けば間に合う……はず」


 顎に手を当て、ここから約束の場所まで行く最短距離を考えているゼンにそんなにのんきにしている暇はあるのか、と思ってしまう。

 オルネラさんはともかく、ラースさんはギルドで鑑定士をしているのもあって時間には厳しいと言われている人だ。なるべく急いだほうがいいのでは、と考えた私は立ち上がったゼンの背を押す。


「はず、じゃだめでしょ。もう、ほら早くいかないと!」

「あー、分かってる分かってる。あ、残った菓子貰ってもいいか?」

「あげるあげる」


 だめって言うと面倒そうだからゼンの言葉に頷き、机に残ったお菓子を魔法を使って包んでその手に渡す。それを受け取った彼はにこにこと笑みを浮かべて玄関へと向かった。


「よし。じゃあ、またな」


 大事そうに収納空間へ入れ、ゼンはようやく私たちの家から出ていく。窓から見えた彼の背はゆっくりと歩いているように見えて、大丈夫かと心配してしまう。


「そんなに心配しなくともゼンなら何とかするだろう」

「んー……まあ、そうかも」


 ゼンなら遅刻しないように何かしらするだろうし、仮に遅刻したとしてもオルネラさんとラースさんをなだめることもできるだろう。んー、ちょっと心配しすぎだったかな。

 とりあえずゼンのことは大丈夫だろうと考えて、私たちは穏やかなお茶会を再開した。


「そういえば最近のギルドの様子はどう?もう落ち着いてきた?」

「ああ、いまは元通りだよ。冒険者の中にはまだ不安に思っている者もいるみたいだが、気にするほどではなくなったな」

「そっか。よかった」


 それからはギルドの様子や依頼内容の変わりようを聞いて、もうほとんどが元通りになっていることを知って安心する。さすがにギルドの上層部はまだ警戒をしていると思うけど。


「私もそろそろギルドの依頼を受けようかな」

「ふむ、それなら……」


 グランから提案された依頼の話を私は二つ返事で頷いた。

 依頼当日、恵みの湖での採取は問題なく済み、その後は湖でデートを楽しんだ私とグランだった。



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