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第三十一話 終わりの始まり


 ミーフェリアスを瀕死に追いやった邪神リリアは、優雅に魔界を歩いていた。

 魔界は勝者が支配者という強さが絶対の場所である。強いものが多くの領域を持ち、またそれを広げるべく大なり小なり争いが起きている。

 そこにぽっと出の新顔邪神がそこらに居ようものなら、叩き潰して服従させるか消滅させるかのどちらかだ。

 邪神リリアが通っている場所は、邪神ザゲイルとその配下が支配している地域だ。ザゲイルは不遜な新顔にその邪悪な力を振るうが、彼女はまるで虫を払うかのような動作する。

 彼らはその軽い動作で文字通り潰した。一瞬、あるいは感知する間もないほどの時間だっただろう。何が起きたのか、何をされたのかすら分からない。

 邪神リリアはその叩き潰した邪神を一瞥し、何かを思いついてそれに手を伸ばす。


「……私は滅びを、成さなければ」


 成すべきことのために彼女は全てを利用することにした。向かってくるものは叩き潰し、見ているだけのものは放置して、進む。進んで、進んで、辿り着く。

 魔界の底、神界の端、竜界の末と呼ばれる、三つの世界に隣接する創生の地――星の海へと。

 

「……さあ、さあ。もう一度……終焉を、はじめましょう」


 *


 それは、突如として世界を襲った異常だった。

 手を出さなければ暴れることのない魔物が狂暴化し、各地に存在する祭壇迷宮で急速に魔物が増え始めたのだ。迷宮から溢れるほどの魔物は、ミルスマギナで起きた邪神顕現の事例を受けて強化された結界のおかげでなんとか押し留められている。

 しかし結界内だからといって魔物を放置するわけにもいかず、祭壇迷宮を管理している各ギルドは特級冒険者に声をかけ魔物の討伐を依頼することになった。



 ミルスマギナも例にもれず、街に在住している特級冒険者に声をかけ討伐隊を編成することになっていた。

 本来、冒険者になって一年も経っておらず、中級であるグランには声がかかる事はない。だが邪神顕現時の活躍を考えれば、招集がかかるのも想像ができる。

 しかし、いくら力があろうと一年未満の冒険者のうえ中級をお願いという名の要請で招集するには問題がある。そこでギルド側は『自ら赴かせれば良い』と考えた。


「――それで私が交渉役という訳だ。グラン、どうだろうか?」


 ギルド側が交渉役として派遣したのはセラフィーヌだった。ミーフェと仲が良く、グランとも何度か一緒に仕事をしたこともあるためだろう。

 一階の奥まった場所、いわゆる調合部屋に通された彼女はここに至るまでの経緯を話し、グランへ参加の有無を問う。


「……セラフィーヌはミーフェと仲良くしているし、手を貸してやりたいが……すまない。いまは彼女の傍を離れたくないんだ」

「いや、謝らないでくれ。少し前からミーフェが眠っているのは知っているし、グランがその傍を離れたくないのも分かっている」


 セラフィーヌがそれを知ったのは、件の日より三日ほど経った頃だった。一日以上閉めていることのない調合屋が、ここ数日閉まっているのを不思議に思って訪ねた際に、ミーフェが体調を崩して寝込んでいることを聞いたのだ。その時はまだ落ち着いていないから、と顔を見ることはできなかった。

 ただ体調を崩しているだけなら五日ほどで良くなるだろうと考えていたセラフィーヌだが、その予想に反しミーフェは十日以上眠り続けている。何か大きな病気か呪いでも掛けられているのではないか、という彼女の問いにグランはすべて否定し、体の異常もなくただ眠っているだけだと答えたのだ。

 眠り続けるミーフェを悲痛な面持ちで見つめる彼に、それ以上何が言えようか。


「うん。ギルドには私が話しておくし、君は心配せず彼女の傍に居てあげると良い。じゃあ、私はこれで……」


 討伐隊の準備などがあるためセラフィーヌは早々に立ち去ろうとしたのだが、二階からばたばたと荒々しい足音が響いてくる。何事かと二階へ続く扉を見やるとそれが勢いよく開き、金色の髪を揺らして少女が飛び出してきた。


「姉様がっ、姉様が……!!」


 金色の髪の少女―以前ミーフェの妹と紹介されたフェリスの言葉に、グランとセラフィーヌが慌てて立ち上がる。二階につながる階段を駆け上がり彼女が眠っているはずの私室へ向かうが、寝台のシーツが少し乱れているだけでその姿はどこにもなかった。


 *


 ゼンとの夢から目が覚めたミーフェリアスこと私は、彼らに何も伝えずに行くことにした。どう説明したらいいのか分からないし、話せば止められてしまうだろうから。

 ゆったりとした衣服を袖なしのブラウスと青いスカートに着替え、正面から出ると必ず見つかるだろうから私室の窓から飛び降りることにする。

 気付かれないように神の力や魔力を隠蔽し、無事に自宅の外へと出ることができた。


「前はグランに気付かれちゃったから、今度はちゃんとしないと」


 私のものとは分からないように力の残滓を別のものに変え、念入りに気配も隠蔽して私はゼンの家へと向かうことにする。前に教えてもらった場所を思い出しながら通りを進んでいくと、小さな一軒家が見えた。

 青い屋根に石造りの家の前にゼンは私を待っていたかのように佇んでいた。


「ひとまず中へ入ってくれ。グランが執念でお前を見つけかねないからな」

「あー、うん。お邪魔します」


 手招きをする彼に促され、家の中へ入る。中は意外にもしっかりと調度品が揃っており、さり気ないお洒落さを感じた。

 客室らしいところへ通され、互いに腰を下ろしたところで私は口を開く。


「私ってどのくらい眠ってたの?その間になにかあった?」

「俺が重傷のお前を見てから今日が十三日目だ。この間に人界では祭壇迷宮の魔物が外に溢れるほど増殖したぞ。結界のおかげで一定の範囲外には出ていないから街に被害は出ていない。近々、討伐隊が組まれると聞いている。

 神界には特に何も起こっていないようだが、魔界では力のあった邪神が消滅して混沌としているみたいだ。あと、星の海が異常に活発化している。これはわりと真面目にどうにかしないといけない問題だぞ」


 その言葉に私も表情を引き締めて頷く。

 世界が出来上がった時点で星の海はその活動のほとんどが止まっている。気まぐれに動き出し神や邪神を生むことはあるが、それも最近では少ない。

 そんな星の海が、異常に活発化しているのだ。新たな生命が生まれているわけでもなく、ただ活発に動き出しているということは世界にとってよろしくない事態が引き起こされる可能性が高い。


「星の海は世界の始まりと終わり。活発に動くのはその二つだけ」

「そうだ。星の海は終わりに向けて活動を始めている。いままでまったくそんな兆候はなかったのに、急にそうなったということは……」

「リリアが関係している、ということ」


 私の答えにゼンは真面目な顔をして頷く。彼も同じ考えに行きついたのだろう。

 だって彼女は終焉で会いましょうと言った。邪神である彼女には星の海が終焉の始まりである事を知っている。なら、彼女はきっとそこにいる。


「俺が把握してるのはこの程度だ。今のところは大きな被害も重大な異常も見受けられないが、それも時間の問題だろう」

「そうだね、ゆっくりはしてられない。……リリアを止めに行かなくちゃ」

「一応、確認するが、一人で行くんだな?誰の協力も得ず、何も告げず、お前だけで」


 私はこちらを見つめる青空のように透き通った瞳を見返す。彼は私に起こりうる事態を憂いて、確認と称して問いかけているんだろう。本当にそれでいいのか、と。


「うん。夢でも言ったけど、これは私がやらなくちゃいけないことだから。リリアを止めるのは他の誰でもない私の役目。その先に何があっても後悔はしない、つもり」

「……つもり、か。まあ、ある程度の覚悟は決まっているみたいだから、これ以上は何も言わない。まあ、もしもがあった場合には言付けくらいは頼まれてやってもいいぞ」


 俺としてはそんな事態にならなければいいと思っているが、と呟いて、ゼンは立ち上がる。私も彼と同じように立ち上がり、体を完全な女神の姿へと変えた。現状確認が終わればあとは向かうだけだから。

 私の変化を見届けたゼンは頷き、こちらへ手を差し出す。


「お前でも星の海まで直通では行けないからな。俺が連れて行ってやる」

「それは助かるけど、それも手助けのうち?」

「さてな」


 ゼンの手を取りながら問いかける私に彼は曖昧に答え、転移を開始する。光の粒子が私たちを包み、それらで覆いつくされた次の瞬間、転移は完了した。

 本来なら穏やかな水面である星の海は見る影もなく、うねり、渦巻き、荒れ動いている。


「ミーフェリアス。俺はお前の、お前たちの幸福を願っている。それをくれぐれも忘れてくれるな」

「……うん。ありがとう、ゼン。行ってくるね」


 ゼンに背を向け、荒れる星の海の手前に佇むリリアの元へ向かう。

 私が来たことに気づいた彼女は閉じていた瞼を上げ、その光のない赤い瞳をこちらに向ける。


「あぁ……私の邪魔をするのね」

「うん。私はこの世界が大切だし、あの人はこんなこと望んでいないだろうから」

「……のぞむ……あのひと……?何を言っているの?私はただ私のために壊すのよ」


 私の言葉を、彼女は心底理解できないというような顔をした。その表情に偽りはない。

 初めて会った時、彼女はある程度の記憶は保有していたはず。私のことを分かった上での発言もしていたけれど、いまの彼女はそれすらも覚えていないように見える。


「……リリア。もう何も、心に引っかかることはない?」

「ふふふ、何もないわ。そう。私はそうであれとつくられた。だからその通りにするだけ。壊し、滅ぼすだけよ」


 そう答える彼女の赤い瞳に暗い光が灯る。

 消えかけた魂と体が混ざりあい、かろうじて生き残った彼女。不完全なそれは必要のないものを消していったのだろう。滅びを求める彼女にとって、記憶というものは不要だから。

 話をしたところで意味はなく、もう人間によって生み出された邪神となったのなら。


「あなたが一番強くて邪魔になるから、最初に滅ぼさないと」

「そう簡単にはやられないよ。今度こそ穏やかな眠りにつかせてあげるから」


 そうすることが、きっと私たちのためだろう。それを成すために私がどうなってしまっても。

 私はその覚悟を決めてきたのだから。



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