第三十話 私がやるべきこと
暗い世界に光が差し込む。見えたのは、私がミーフェリアスになる前の過去の記憶。
私はとある魔法使いの娘の代わりに生まれた人工生命だった。
多くの魔法使い巻き込まれた大規模な魔法事故にその娘は巻き込まれてしまった。遺体はなく、塵も残らず、深い悲しみの果てに代替品だった。
魔法使い―マスターは死んだ娘の代わりとして私に接していたけれど、次第に代替品としてではなく私個人として見るようになった。そして、時間をかけて娘の死を受け入れ、私をもうひとりの娘として迎え入れてくれた。
「……君を死んだ娘の代わりにしてきたけど、これからは違う。君は僕のもう一人の娘だ。だから、きちんとした名前を付けよう。
―君の名前は、リリィ。リリアじゃない、これから君はリリィだ」
「……リリィ。私の、名前……」
何度も名前を呟いて、私は私の名前をしっかりと刻み込む。この時の私は、きっと嬉しかったのだと思う。誰かではなく、私になれたから。
けれど、マスターとの穏やかな日々は長く続かなかった。
マスターの娘リリアは魔法事故ではなく、殺されたのだと知った。残っていないと言われた遺体は偽装され、どこぞに持ち去られたのだと、知ったから。
マスターはそれを知り、激しい怒りを抱いた。私もまた、マスターの愛していたリリアを殺されたと知り、怒りに身を燃やした。
リリアを殺した犯人を見つけ出し、私たちは復讐を果たした。あとはリリアの遺体を持ち帰って、静かな場所で眠らせるだけだったのに。
「―我らは世界を支配する!さあ、目覚めよ我らが造りし神よ!!」
リリアを殺し、遺体を持ち去った奴らは『神』という存在を作り出すことに傾倒していた。何千年と研究と実験を繰り返し、その片鱗すらも作れなかった奴らに、作れるわけがないと私たちは考えていた。
けれど、それは。
「お、おお、我らが神よ!そのお力を世界に示し、救済をもたらすのです!!」
「―示す……―救済……」
マスターと同じ青い瞳を奴らに向け、リリアは奴らに向けて手を伸ばす。その手をぐっと握れば、奴らは苦しげにうめき声を上げ始めた。
「ぅ、ぐぅ……っ!?な、なぜ、かみ、よ……!」
「―救済……―滅び……―死こそ救い……」
「リリア、止めるんだ!」
マスターの声を意にも介さず、リリアはそのまま奴らを絞め殺した。骨の折れる音が響き、奴らは石の床へと転がされた。
リリアはそれを一瞥し、手を天井に向けた。圧縮された力が放たれ、それと同時にリリアの姿が消えた。
「しまった、外に……!このままだとまずい、追わないと!」
リリアはもうマスターの愛した娘のリリアではなく、奴らの作り上げた神の意識だと言う。どういったものを作ろうとしていたのかは不明だが、作られた神は邪神と称すべきものである、と。
このまま野放しにすれば、世界は間違いなく崩壊するだろう、と。
マスターはそれを止めるために、色々なところに声をかけた。協会や組合に話を通し、彼女を止めるための力を集結させた。
それなのに、私たちは全滅した。力を蓄えている状態だったのに、大した力も振るえないはずだったのに。
「―ああ……君に任せることに、なってしまうね……」
重傷を負っているマスターに治癒魔法をかけようとすれば、それをやんわりと止められる。ノアド様、と声をかければ、ゆるく首を振られた。
「だめだよ……僕の治療を、していたら……リリアを、とめられなくなって、しまう」
分かっているはずだよね、と。マスターの言わんとしている事を、私は理解している。けれど。
「リリィ、僕の愛しいもう一人の娘」
耐え難い苦痛が苛んでいるはずなのに、マスターは、ノアド様はやわらかな笑みを浮かべて私に優しく声をかける。優先すべきことを迷っている私に、お願いを聞いてほしいと口にする。
「中身が違っても、やっぱりあの子は私の娘なんだ。大切な、私の愛しいリリアだ。だから、あの子がこれ以上壊してしまわないように……罪を重ねないように、止めてほしい。
きっと、被害は世界を滅ぼすような規模になるだろう。でも、たとえ世界が滅んでしまうことになっても、止めてほしいんだ」
ノアド様は私の手を握ろうと手を伸ばす。その赤く濡れた手を掴むと、今まで感じたことのない力が体を駆け巡る。暖かくて優しくて、でも力強いこれは。
「僕のすべてを君に託す。だから、頼んだよ」
精一杯の笑みを向けるノアド様に、私は頷いた。これがノアド様の最期のお願いで、望みで、命令だ。
私はノアド様を着ていたローブの上に横たえ、リリアの元へ向かった。
リリアとの戦闘は熾烈なものだった。ノアド様のすべてを託されていても厳しいものだったが、私はリリアを止めることに成功した。
「否……なぜ、どうして……私は、望まれたのに……滅びを望んだのに……なぜ……」
崩れ行く世界に落ちていくリリアに、私は何も言えなかった。ノアド様が居ればきっと彼女に言葉をかけただろうけど、この場にはいない。
リリアの姿は底に消え、残ったのは私だけ。ノアド様が危惧した通りに、リリアを止めるための代償は世界となってしまった。
ここにはもう誰もいない。作られた命である私へのノアド様のわずかな拘束力もない。
終わる世界に、私は一人きりになった。そして、私は。
*
気が付くと、私の顔を覗き込んでいるゼンが見えた。なんだかうまく頭が働かない私は、じっとゼンを見つめ返す。
「……おはよう……?」
「おう、おはよう。って言っても、ここは夢の中だけどな。こっちに引っ張ってくるのに苦労したんだが、まあそれはいい。なにがあった?」
「何がって……」
「暇つぶしにお前の家へ行ったら、重傷を負ったお前とそれを治療するグランたちの姿があってな。何があったのか聞いても答えてくれやしねぇし、強引に追い出されたから、こうやって夢の中で会いに来たんだ」
ゼンは私の顔を覗き込むのをやめ、近くで何かを広げた。何をしているのかと体を起こせば、花畑の中に白い布を敷いて、簡易的にお茶会が出来るように色々と並べている。どこから取り出しているのか、たくさんのお菓子が白い布を彩っていた。
「とりあえずこっちに座れ。菓子でも食いながら、何があったのかを教えてくれ」
いつになく真剣なゼンに従い、私は広げられた布へと移動して手近なクッキーを食べる。前の時も思ったけど、ここのお菓子美味しい。
私は三枚くらいクッキーを食べてから、こちらを見ているゼンへと視線を戻す。
「私にも、よくわからない……。リリア、そう、リリアが現れて……」
「あの世界の滅びを担ったリリアか?前のお前の世界にいた人工邪神の?いや、待て。お前、どうしてそれが分かった?」
「さっき、前の私のことを思い出したから」
「……そうか」
ゼンは少し苦い顔をしたけれど、首を振って私に続きを話すように促す。
「話を遮ったな。それで、リリアがいたんだな?」
「うん。姿が変わっていたけど、あれはリリアだったと思う」
私の言葉にゼンは眉間にしわを寄せる。顎に手を当てて考え込んでいるようだが、前とは違いお菓子に手が伸びていない。それほど真剣に考えているのだろうか。
「……ふむ、要素や記憶が世界に混ざっていることはあるが、滅んだ世界の命がそのまま別の世界へ移動することはほぼないが……可能性としてゼロに等しいゼロではないか……?」
「どういうこと?」
「稀にこういう事がある。神と呼べるに等しい力を持ち、世界の終わりまで存在し、強烈な未練を持ち、縁が繋がれていて、世界と共に滅んだのなら……。それでも起こりえない確率なんだがなぁ。んー……」
私の隣に腰を下ろしているゼンは、菓子に手を伸ばしながらその青い瞳でどこか遠くを見つめる。彼の視線の先を見ても何もないから、なんだろう。何か別のものを見ているのかな。
「―……あー、これは……俺の気まぐれが悪い方に働いたか……」
ぽつりとゼンはそう呟いて、ゆっくりと瞼を閉じて開く。こちらに向けた青空のように澄んだ瞳は、少し気まずそうな色を映していた。
「俺はお前の魂をこの世界に転生させたわけなんだが、器はそのままにしたんだよ。世界とともに消えていくのが良いと思って残したわけだ。
で、俺は世界の終わりまで見届けずにそこを去ったわけだが、どうやら残っていたリリアの意識がその器に入り込んだみたいなんだ。神を殺した器と殺された邪神のリリアは混ざり合い、そして繋がっている縁を辿ってここまできたんだろう」
元私の体を新しい器とし、器に残っていた力とリリアの力が混ざって、元であった私に引き寄せられてきたということらしい。
「ああ、そっか。姿が違うって思ってたけど、元私の体なら違うよね」
「元お前の体でも使いやすいように手を加えているだろうから、そこら辺も多少違うだろうな。それで、リリアは何をしようとしているんだ?今まで何の姿も見せなかった奴が出てきたんだ、目的があるんだろう」
彼女の目的。あの時、叶えなくてはならない願いがあると言っていた。そして、それを私は分かっているはずだと。
思い当たるのはあの事しかない。
「……叶えなくてはならない願いがあるって言ってた。私と混ざっているなら、世界が滅んでも止めるっていうのがそうだと思う」
「止めるって何をだ?」
「それはまあ、私が混ざってるから邪神のことだと思う。でもその止める対象がいないから、世界を滅ぼすだけになってそう」
「ふむ、なるほどな……」
それきりゼンは黙ってしまった。私からゼンに話すようなことは何も浮かばす、そのままお菓子を黙々と食べ続ける。
しばらくお菓子を食べる音だけが聞こえていたが、ふう、と小さくゼンは息を吐き出した。
「……ん、だいたいのことは分かった。それで、ミーフェリアス。お前はどうするつもりなんだ?」
「どうするつもりって、リリアを止めに行くよ」
私の答えにゼンははあ、と重く息を吐き出す。
「いまのお前はかなり弱いぞ。リリアを止めるなんて不可能なほどの、力の差がある」
「うん。だから力が回復してから行くよ。私だって死にたくないもの」
「そうしたとしても、お前がリリアを止められるかは五分五分だ。最悪、相打ちを覚悟した方がいい」
ゼンは私をじっと見つめながら、そう忠告してくれる。私がしようとしている行動を見透かしているかのような言葉だ。
「俺は基本的に中立の存在ゆえに直接的な手出しはできない。お前に力を貸すとしても全盛期までの力を渡すことと、リリアとの戦闘で生じる影響を緩和することくらいだ」
「それは、十分に手出ししてると思うんだけど……」
「最大限、手を出してこれだけだ。それでもお前は行くのか?」
「……うん、行くよ。これは私がしなくちゃいけない事だから」
これは『リリィ』の記憶を持つ私のしなくてはいけないことだ。この世界に生きる子たちには関係のない、リリイであった私がやらなくちゃいけない。
それに、いまならあの時の言葉に答えられるかもしれない。
「はあ、意志は固いようだな。なら、私は最大限の手出しをしよう。手を出せ」
「え、うん」
大きく息を吐いたゼンに手を出すと、ぎゅっと握られた。意外としっかりした手だなぁと思いながらそのままじっとしていると、急に奥底から力が沸き上がるような感覚に襲われた。
「えっ、なに、急に……」
「現実じゃお前に会いに行くのは難しそうだったからな、ここで全盛期まで力を渡した。目覚めればそれだけの力が回復しているだろう」
「……ありがとう」
「礼なんか要らん。お前にしてやれる事はこれぐらいだからな」
「ふふ、十分だよ。……じゃあ、そろそろ目を覚まさないと」
「そうだな」
花畑に敷いていた白い布ごと片付け、ゼンは私の頭をぽんぽんと撫でる。なんだろう、これは激励されてるのかな。悪い気はしないのでそのまま撫でてもらおう。
「会えるかどうかは分からんが、また向こうでな」
「うん。また向こうで」
花畑がゆっくりと閉じていく。夢の世界の終わりだ。私がいつ目を覚ますかは分からないけれど、向こうで目覚めなければ。
目を閉じて、浮遊感に身を任せる。小さく、名を呼ぶ声が聞こえた気がした。




