第二十九話 解呪と目覚めるもの
フェイラスにかけられた呪いを解いた上でなければ、ルーファスくんの呪いも完全に解けない。そう口にしたシャローテは目を伏せ、胸元でぎゅっと手を握る。
「フェイラスに害が無いからと、そこで安心して詳しく調べなかった私の責任です。あの時、もっとしっかりと見ていれば、今日に起きているようなことはなかったはずですわ……」
「シャローテ……。ルーファスくんの呪いはシャローテだけの責任じゃないよ。フェイラスの呪いが分かったのは、私とグランが眠った後でしょう?」
「それは、そうですが……」
シャローテは自身が聖巫女と呼ばれ、その名に見合う働きをすることを心掛けている。だから、おそらく聖巫女として呪いを見たのに、それを見抜けなかったことに責任を感じているのだろう。
でも、彼女が責任を感じる必要はない。
「私たちが眠った後なら、私からシャローテに与える力も小さくなっていただろうし、一緒に見ただろうフェリスも弱っていて確実には見抜けなかったはず。それに、もう過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がないでしょう?いま、出来ることをしよう」
「……は、い。はい、そうですわね……」
目元をぬぐって私に笑みを見せてくれるシャローテ。彼女の負い目を完全に無くすことはできなかったけど、少しは自分のことを許せるようになっただろう。
考えるべきは過去よりも現在だし、彼女もそれを分かっているだろうから。
「てか、フェイラスくんの呪いってミーフェちゃんなら簡単に解けるでしょ。だったらあいつの呪いも解けるわけだし、そんなに責任とか感じる必要ないと思うけどなぁ~」
「そういうのは簡単に割り切れるものじゃないんだよ。まあ、ヴィアには分からない感覚かもね」
「うーん、そうかも。まあ、ボクのことは置いておいて……フェイラスくんの呪いを解くならボクも見てていい?」
大抵のことに興味を持たないヴィアのこの言葉に私はちょっと警戒する。こういう時はだいたいよからぬことを考えていたりするものだ。
「なんにも考えてないよ~。ただあいつらが必死にかけた呪いを解くのが面白いから見たいだけ。それに、いまのミーフェちゃんを前に変なことしようなんて思わないよ」
「そう?私だって全快ってわけじゃないんだけど……」
「全快じゃなくたって今のミーフェちゃんから攻撃を食らうとめっちゃ痛いからねぇ。ボクだってできれば痛いことはしたくないから、本当に手を出したりしないよ」
いつも騒がしいくらい動く尻尾と耳がぴくりとも動かない。ヴィアは自分より強い相手に向かっていくのは得意ではないし、本当に見ていたいだけだろう。
まあ、見ているだけならいいか。
「邪魔をしないならいいよ。で、えーと……ルーファスくんには二日後って言ってるから……うーん、どうしようか?」
「ミーフェのお好きなように。私ではフェイラスの呪いを解くことはできませんから。ああ、もちろんお手伝いは致しますわ」
「ボクは手伝えることなさそうだし、いつでもいいんじゃないかなぁ」
私の女神としても力を使って解呪をするから、準備らしい準備はいらないけど……。全快ではないし、グランからいくらか力を貰っていた方が不安は少ないかな。
「ちゃんとした状態でしたいから、明日にしよう」
「わかりましたわ。では私からフェイラスに事情を説明しておきますが……ルーファスのことはどうなさいます?彼、あまり血縁のことを話したがらなかったですし、伏せておきますか?」
「……ううん、ちゃんと話しておいた方がいいと思う。あの子にもいろいろと事情があるだろうけど、知らせないままなのは良くないよ」
「そう、ですわね。わかりました、そちらもきちんと説明をしておきますわね」
「うん、お願いするね」
こうしてルーファスくんの呪いを解くために、フェイラスの呪いを解く運びとなった。シャローテは家に戻ってフェイラスに事情を説明し、ヴィアは翌日だからとシャローテについていき、私はグランにその経緯を話して少しだけ力を分けてもらった。
そして、翌日。
どこに人の目があるか分からないため、女神の力で解呪を行う場所を作り、そこへフェイラスとシャローテ、ヴィアを招き入れる。グランももちろん一緒だ。
そこはただ真っ白な空間が広がるだけの、本当に解呪のためだけの場所だ。
「俺の呪いがそんなことになってたとはなぁ。自分がしたことに後悔はないけど、そのせいでルーファスに害があったのはちょっと反省点だな」
「へ~、後悔とかないんだ?結局のところ、フェイラスくんのせいで子孫にあたるあいつに呪いがあると思うんだけど?」
「後悔するってことは、俺の行動や救った命は間違いだったっていうことだろ?それはやっぱり違うと思うんだよな。まあ、俺の所為っていうのは否定しないけどな」
「ちぇっ、つまんないの~。後悔してるんだったら罪悪感をあおって遊ぼうと思ったのに~」
「ははっ、そんな簡単に崩れるほど俺の精神は弱くないぞ」
からからと笑うフェイラスにヴィアはべーっと舌を出す。邪魔はしないと言っていたけど、精神的に揺さぶりをかけるのは彼女の中では邪魔ではないのだろうか。まあ、彼はそのくらいで揺れ動くようなやわな精神ではないけれど。
「えーと、そろそろ始めようか。で、確認なんだけど……フェイラスは呪いを解いたらそのまま祝福を受けたいんだよね?」
「ああ。いまさら普通の寿命で生きて、シャローテやフィーリと死に別れるのもさみしいしな」
「そっか、心変わりはないみたいだね。じゃあ、はじめようか」
フェイラスの意思を確認したところで、私は解呪を始めることにした。
人間としての体から神体へと戻り、少し心配なので魔法陣を補助として描いてフェイラスの手を取る。
「うーん……複雑に絡み合ってるね。ここを解いて……」
フェイラスの身の内にある呪いは、物凄く簡単に言えば糸が絡まって出来ている玉のようなものだ。何柱もの邪神の呪いの糸を少しずつ解いていくことで解呪を進めていく。
一つ解いては浄化していくが、まあ数が多い。
「えっと、これがこっちで……んん、これ違う……」
細かい作業は苦手ではないが得意でもない。調合師をしているから多少は得意寄りになりつつあるけれど、これは作業以上に精神が疲れてきた。
ほんと面倒な呪いを作るなぁ。邪神だし、フェイラスの力を削ぐためにしたことだから面倒なのは仕方ないだろうけど。
「大丈夫か?」
「うん。えーと、これで……よし、解呪完了っと。どう、体に何か変化はある?」
「んー……」
最後の呪いも浄化し終え、フェイラスの手を離して聞いてみると、彼はぐるぐると肩を回したり上半をひねって体を確かめる。
「よくわかんないけど、体が軽くなった気がする。あとなんかよく眠れそう!」
「元々、フェイラスに対してはそんなに害はなかったから変化もないのかもね。じゃあ後は私から祝福と加護を授けるね」
呪いの残滓が残っていないのをもう一度確認して、私はフェイラスに向かって腕を広げて目を閉じ、私が生まれた星の海を思い浮かべる。
「ミーフェリアスの名の元に彼の者へ永遠の祝福と加護を」
星の海の力を借りて、フェイラスへと祝福と加護を授ける。流れ出る力にそっと目を開けると、彼へ注ぎ込む淡い光が解けるように消えていくところだった。
「うん、これで大丈夫かな。もしかしたら私の祝福の影響で少し力加減が変わってるかもしれないから、そこは気を付けてね?」
「ああ、分かった。とりあえずしばらくは体を慣らすことにするよ。ありがとう、ミーフェ」
「お礼を言われるようなことじゃ……っ、わわ……」
不意に力が抜けて、その場に座り込む。そんなに女神としての力を使ったつもりはないのに、とても疲れた。
「大丈夫か?」
「う、ん……」
差し出されたフェイラスの手を取って立ち上がるが、なんだかくらくらする。いくら力を使ったからといって、こんなに不調が出るなんておかしい。
フェイラスにかけられていた呪いの影響か、それともヴィアが何かをしたのか、それを考える前に声が聞こえた。
「―ああ、ようやく……」
目の前に少女が舞い降りた。
穢れのない白雪のような髪を揺らし、薄い布を巻いただけのような風貌の少女は床に足をつけて、ゆっくりと瞼を上げる。
光のない、けれども吸い込まれるような赤い瞳をこちらに向けた。
「あぁ……。あなたは、私たちを殺しておいて、新しい世界で生きているのね……」
憂いを帯びたような声と共に少女が手を掲げる。そのの中に黒く禍々しい力が集まり、徐々に形を細長い棒状のものへと変えていく。
彼女の出現に行動を迷っていたフェイラスやグランたちが動き始めるが、禍々しい力は放たれる直前だ。間に合うか、あるいは防ぎきれるかは分からないが、やるしかない。
「フェイ、伏せて!」
「―死んで」
私の前に出ようとするフェイラスの腕を掴んで強引に身を屈ませ、私は何重もの障壁を作る。だが、少女の放った攻撃は易々と私の障壁を破壊していく。
どれだけ重ねようと薄紙のごとく破られ、気づいた時にはその鋭い先端が私の体を貫いた。
「ミーフェ!!」
「ミーフェ様!!」
貫かれた箇所が焼けるように痛い。でも、なんとか核は守ることができた。私たちの存在はこの核に依存しているから、少しの傷でも存在を危ぶむようなことになるかもしれないし。
「運が良いこと……。けれど、それじゃしばらくは動けないわね…」
「貴様……ッ!」
駆け寄って、倒れた私を片腕で抱えたグランは少女に向かって純粋な力を放つ。当たれば消滅を免れないほどの強力な攻撃を、少女は軽く払うだけで無力化させた。
「私、あなたには攻撃してないわよね。どうして私を攻撃するの?」
「私のミーフェに手を出しておいて何を……!」
「ボクたちの大切なミーフェちゃんを殺そうとしておいて、よくそんな事が言えるなー!」
グランやヴィアの射殺せるほどの眼光は少女に効果がないようだ。諦めたような息を吐き出し、少女は首を振る。
「わからない……。でも考えるのも時間の無駄だわ。私には叶えなくてはならない願いがあるのだから……」
「……ねが、い……?」
少女が口にした願いが何なのか、それを聞きたくて声を絞り出す。うまく声が出なかったが、それでも私の声は少女に届いたようだ。
少女はどうしてそんな事を聞くのか、という顔をこちらに向ける。まるで、その理由を私が知っているかのような。
「……分かっているでしょう。あの方の願ったことを、あなたは」
「……り、りあ……」
「また終焉で会いましょう」
口をついて出た名前に少女は薄く笑い、私の邪魔を出来るのはあなただけ、と呟いた。
この場所から去ろうとする少女の、にじんでいく背中に手を伸ばす。そうじゃない、違う、と何が違うのか分からないのに、私は言わなければいけないと感じた。でも私の口から声は出ない。
黒く狭まっていく視界の端に青が見える。遠くで私の名を必死に呼ぶ声がこだまして。
ぷつん、と私の意識は切れた。




