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第二十八話 邪神と呪いと


 夏の暑さも和らぎ、木々が色づき始める季節。

 私はよく来てくれる子たちに調合薬やお守りを売り、変わりない日を過ごしていたのだが。


「ミーフェちゃんミーフェちゃん~!あいつなんとかして~!」


 からんからんっと慌ただしくベルが鳴り、飛び込むように入ってきたのはヴィアだ。一直線に私へ向かってきて、思いきり抱き着いてきた。

 勢いのまま抱き着かれたが衝撃はなく、どうやらその辺りは配慮してくれたようだ。いつも配慮してくれるといいんだけどなぁ。


「ヴィア、あなたまた何かしたんでしょう?退屈だからってむやみやたらに誘惑するのはダメって言ったじゃない」

「ちーがーうーよー!誘惑するより面倒くさいのに絡まれてるのー!」


 そう言われても、前にも何回かこんなこともあったしいまいち信用できない。

 今回はいったいどんな人がヴィアに引っかかってしまったのか、と同情しながら待っていると、勢いよく扉が開かれた。


「―悪しきものめ、観念しろ。今日こそお前を叩き斬って、魔界へ送り返してやる……!」


 剣を手に険しい目を向けているのは、お店によく来てくれているルーファスくんだ。私に抱き着いているヴィアを見ると、その表情の険しさが増す。


「ほらほら、こいつだよ~!ボクを見たら斬りかかってきてさ~、ミーフェちゃんから言ってやってよ。ボク、最近は悪いことなんかしてないって!」

「悪事を働いていなくとも、邪神は存在そのものが悪だ!」

「極論だと思わない?ミーフェちゃん」


 ルーファスくんの言い分にヴィアは肩をすくめる。極論であるのは確かだけれど、人間にとっては正しい認識だとも思うのでなんとも判断が難しい。

 しかし、ルーファスくんはどうしてヴィアが邪神だと考えたのだろうか。彼女が自分で宣言するとは思えないし……。


「ていうかさ、ボクのこと本気で斬れるって思ってるの?こーんな未熟者に斬られるほど、ボクは弱くないし物好きでもないんだよねぇ~?」

「なんだと……!」

「わー!待って落ち着いて!ここで剣を振り回されたら私のお店がめちゃくちゃになっちゃうし、そもそもルーファスくんはどうしてヴィアを邪神だって判断したの?」


 ヴィアの煽るような言葉にルーファスくんが剣を構えなおしたので、慌てて仲裁に入る。その上で、ヴィアが邪神であるというルーファスくんにその理由を聞いてみることにした。


「それは……」


 言い淀んでうつむいてしまったルーファスくんだけど、意を決したように顔を上げて私の問いに答えてくれる。


「……俺が邪神殺しの血筋だからだ。特に俺は先祖返りが強くて、見ただけで邪神かどうかぐらい分かる」

「なるほど。先祖代々、邪神殺しを成してきてその特異性が血筋に現れてるってことかな。うーん、これはヴィアが大人しく斬られてくれれば丸く収まるんじゃないかな?」

「えー!ミーフェちゃんってばひどーい!こーんなに可愛くてか弱いボクに斬られろだなんて!それに、ボクを斬って困るのはその子だと思うよ?」


 ぶうぶうと文句を言うヴィアだが、斬って困るのはルーファスくんとはどういう意味だろう。斬った瞬間にこの街を滅ぼすような有害なものを発するつもりだろうか。それとも彼に呪いでもかけようとか……いや、ヴィアはそういうことをする子ではないし……。

 ヴィアの言葉の意味を考えていると、からん、と何かが落ちる音がした。


「あー、そろそろ時間だと思ったよ。まったく、何もかも真面目にやらなかったらよかったのにねぇ」

「……っく、うる、さい……!ぅ、ぐ……!」

「ルーファスくん?!」


 聞こえたのは剣が落ちる音だった。ルーファスくんはうずくまって痛みに耐えるように表情をゆがませている。

 苦しむ彼をこのままにしておけず、私は休ませるために二階へ連れていってソファーへ横たわらせた。


「ルーファスくん、何か薬とか持ってる?」


 返事ができないほどなのか、ルーファスくんは小さく頷いて懐から小瓶を取り出す。その蓋を取り、ゆっくりと飲んでいくと次第に彼の呼吸が落ち着いていった。

 小瓶を飲み干して、ほっと息を吐き出すと同時に意識を落とした。それほどの痛みだったのか小瓶に入っていた液体の効果かどうかは分からない。でも、安らかに眠っているように見えるから、このまま休ませておこう。


「……で、ヴィアはルーファスくんのこと知っていたみたいだけど」

「知ってるってわけじゃないよ。ボクは邪神だからね、呪いとかそういうのに敏感ってだけ。こんだけ血っていうか、血筋に根付いてる呪いはそうそうお目にかかれないからねぇ」

「呪いが珍しかったから見てただけってこと?」

「そーいうこと。ま、そのたびに見つかって追いかけられて面倒だったけど~」


 肩をすくめるヴィアは寝ているルーファスくんの頬を突いて遊んでいる。呪い自体に興味があったのか、ルーファスくんがその呪いによってどんな絶望を抱くのかに興味があったのか、彼女に聞いても笑うだけだろう。


「それで、ミーフェちゃんはどうするの?その子の呪い、解いてあげるの?少なくとも十柱の邪神は関わってると思うけど?」

「うーん、呪いだから解いた方がいいと思うけど、ルーファスくんの意思次第かな。たまに解いてほしくないっていうひともいるし」

「そうだねぇ。まー、その子は呪いに対して否定的だから、首を横に振ることはないと思うけどねぇ」

「分かるの?」

「分かるよ~。負の感情をわんさか感じるからねぇ」


 んふふ、と笑みを浮かべるヴィア。邪神にとって負の感情は美味しいものだから、そんな笑みを浮かべるのは分かるけれど私の知っている子に対してしているのは、ちょっとなんか……複雑な気分だ。


「ええと、ひとまず解呪の方向で動いていればいいかな。ルーファスくんがいつ目を覚ますか分からないけど、シャローテを呼ばないと」

「あれ、ミーフェちゃんがするんじゃないの?」

「調合師の私がすると色々と誤解が生まれそうだしね。シャローテの方が慣れてるだろうから」

「ふぅん……じゃあ、ボクがシャローテちゃんを呼んできてあげるね」

「うん、お願い」


 珍しく協力的なヴィアにお願いをして、シャローテを呼んできてもらうことに。ぱたぱたと軽い足音の彼女に手を振り、私は穏やかに眠っているルーファスくんの髪を撫でながらゆっくりと待つことにした。


 *


 ヴィアに連れられてやってきたシャローテに事情を説明し、まずは呪いを見てみようということになった。シャローテはルーファスくんの手を取り、その内にある呪いを見つめる。


「……血筋にまで影響するほどの強い呪いですわね。十……十六、でしょうか。この方のご先祖は邪神にとってさぞ邪魔な存在であったのでしょう。邪神がこれだけ集まって呪いをかけるなんて、そうある事ではありませんもの」

「まあ、ボクたちは協力とかしないからねぇ。利害関係の一致とかで仕方なく手を組むこともあるけど、用が済んだらその相手は殺しちゃうし~」


 あっけらかんと言い放つヴィア。魔界ではこれが常識らしいが、もう少し穏便に事が済まないものかと私はつい考えてしまう。そもそもの思考が違うから、考えても仕方のないことだけど。


「邪神が結託してかけた呪いとは分かったけど、解呪できそう?」

「そうですわね……血筋に影響しているとなると少し面倒ですが、出来ると思いますわ」

「そっか、よかった。あとはルーファスくんが起きてからだけど……」


 もう少し待つ必要があるかと思えば、ルーファスくんはわずかに呻いてゆっくりと目を開けた。ぼんやりと周囲の確認をしていたが、ヴィアを見て飛び起きた。


「お前……!」

「意外と元気だね~。でもちょっと落ち着きなよ。君のその呪い、解いてやってもいいよ~?」

「その手には乗らないぞ。そうやって、俺たちをだましてきたのが邪神だ」

「はっはー、言うねえ人間。ま、その呪いを解くのはボクじゃないけどね。そっちのシャローテちゃんだよ」


 ヴィアが指さした方向に視線を向けるルーファスくん。シャローテは小さく頭を下げて、にこやかに自己紹介を始めた。


「はじめまして、ですわね。私はシャローテ。フェリスニーア教の神殿にて神官の仕事をしていますわ。どうぞよろしくお願いしますね」

「あ、ああ……いや、フェリスニーア教の神官なら、こいつが邪神だって分かるだろう。どうして一緒にいる?」

「ヴィアは確かに邪神ですし、滅すべきと賛同は致しますが……今は悪行を働いてはいませんので。街へ来てもせいぜいひとをからかうかくらいですしね」

「うわ、シャローテちゃんひどーい!ボクを殺したって、第二、第三のボクが出てくるだけなんだからね!」

「その返しはどうかと思うけど……」


 べえっと舌を出すヴィアに呆れた視線を送り、私たちの会話に呆然としているルーファスくんに声をかける。


「えっと、ルーファスくん。私たちはルーファスくんの呪いについて知ってしまったんだけど……話してもいないのに勝手に知ってしまってごめんなさい」

「……いや、どうせそこの邪神が言ったんだろう。それに、ミーフェさんのお店に通っていたなら遅かれ早かれ話していたことだから、気にしなくていい」

「うん、じゃあ気にしないことにする。それで、ルーファスくんはその呪いを解きたい?」


 私の問いかけにルーファスくんは目を見開く。それから戸惑うような表情に変わり、視線がうろうろと移り始めた。驚き、困惑、不審、不安……そういったものが彼の中で渦巻いているかのような、複雑な表情だ。


「……先祖代々と続いて、誰も呪いを解くことはできなかった。当代一と言われるような力のあるものにも頼んだが駄目だった。そんな手記が残っているんだ。解くなんてできるわけがない」

「そう思うほどの呪いなのは分かってるよ。でも、私が聞きたいのはルーファスくんが呪いを解きたいか否か。それだけ」


 諦めたような言葉に私は再度、問いかける。私が聞いているのはルーファスくんの意思だから。

 彼はぐっと拳を握り、悲痛な声を上げた。


「解きたいに決まっている……!この呪いのせいで俺たちは長く生きられない!邪神から人々を守ることには誇りを持っている、でも、だからと言ってどうして俺たちが犠牲にならなければいけないんだ……!!」

「……うん、そうだね。犠牲になっていい人間なんて一人としていないよ」

「ええ。その長きに渡る呪いを、私が解きましょう」


 安心するように笑みを向ければ、ルーファスくんはぐっと堪えるような顔をして頭を下げた。

 よし。ルーファスくんの意思確認もできたことだし、さっそく解呪を進めよう。シャローテに視線を送ると、彼女はしっかりと頷いてくれた。


「さて、貴方にかかっている呪いの大本を見ますわね。手を」

「ああ……」


 ソファに座りなおしたルーファスくんの隣に腰かけ、シャローテは彼の手を取る。通常であればもっと大掛かりになるが、シャローテは力がずば抜けているので触れるだけである程度までは見抜けるのだ。


「我が神よ、悪しきものを見抜く力を」


 私が貸し与えている力の一部を使ってシャローテの目が一時的に神眼へと変わる。視線を手から心臓付近にへと移動させ、彼女は困惑したような声を出した。


「これは……。ああ、そういうことでしたの……これは、準備が要りますわね」

「あれ~、すぐに解けないの?」

「当たり前だ。なんの準備もなく俺たちの呪いが解けるわけないだろう。少しは考えたらどうだ」

「はぁ~ん?」


 ルーファスくんの少し馬鹿にしたような言葉にヴィアが突っかかっていく。ぶんぶんと忙しなく尻尾を振りイライラしているように見えた。


「ボクはねぇ、その気になれば君の呪いを強くすることだってできるんだよ~?それを、ふかぁ~い心で何もしないでやってるのにさぁ~?」

「うん、ありがとうヴィア。良識があって助かってるよ」

「ミーフェちゃんに感謝してよね!本当なら君みたいなちっぽけな未熟者、命なんてないんだからね!」


 こじらせると面倒なのでヴィアの頭を撫でで感謝を告げると、彼女はころりと機嫌をよくする。お手軽でとても助かるけど、だんだん邪神っぽさが薄れていっているような気もする。

 ルーファスくんとヴィアの応酬の区切りを見て、シャローテがぱん、と手を叩いた。


「ルーファス、申し訳ありませんが今日のところは自宅でゆっくりとお休みくださいませ。準備を整えますので、そうですわね……二日ほどお待ちください」

「……分かった。ただ、別に二日後じゃなくてもいい。俺はいくらでも待つから」


 希望とあきらめの入り混じったかのような表情を浮かべ、頭を下げてからルーファスくんは私の家をあとにした。その何とも言えない背を見送り、家の中に入ってからシャローテに問う。


「シャローテ。準備っていうのは何が必要?」

「ルーファスの手前、あのように言いましたが必要なものはありませんわ。物ではなく事……『行わなければならない事』があります」


 ふう、とシャローテは少しの悲しみが混ざった息を吐き出す。


「ルーファスに、いえルーファスの血筋にかかっている呪い……これは弾かれた呪いです。邪神にとって邪魔な存在である彼のご先祖にかけられた呪いの、一つ以外のすべてです。弾かれたことで変化したのか、もともとそのようなもだったかは分かりません。ですが、呪いの因果は繋がっています。大本の呪いを解かなければ、ルーファスの呪いを完全に解くことはできないでしょう」


 弾かれた呪い。邪神にとって邪魔な存在で、一つ以外のすべて。

 似た話を身近で聞いている。人々のために剣をふるい、邪神を滅ぼし、呪いをかけられたその友人を。


「ええ。ルーファスのご先祖は、神殺の勇者と呼ばれたフェイラス・ルスクリア。彼の呪いを解かなければなりません」



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