第二十七話 二人きりの湖
いつもと変わらない時間に目が覚めた私は、日課の水やりをするために庭へと向かう。扉を開けると夏らしい空気が肌を撫でた。
もう本格的な夏になってきたなぁ。
「んー……今日も暑くなりそうだなぁ」
じょうろに入れる水を多めにして、植えてある植物へ撒いていく。乾いた土に水が染み込んでいくのを確認し、いつものように採取をしていく。
「ミーフェ」
「あ、グラン。おはよう」
「おはよう」
庭ですることを終わらせて道具を片付けていると、グランが私を呼ぶ。そばに行くとぎゅっと抱きしめられ、朝の挨拶として口づけを落とされた。
「……ミーフェ、昨夜のことを覚えているか?」
「ん、昨夜……?えっと、一緒に行きたい場所があるっていう……」
「ああ。少し遠いが、あまり人が立ち入らない湖があると聞いてな。私はあまり分からないが、最近は暑くなってきたとフィーリやラースが言っていたし、君が良ければ少し涼みに行かないか?」
「湖かあ……」
確かに最近は暑くなってきたから、涼みに行くのはいいかも。ソーニャちゃんたちと遊んだり泳いだりした海も楽しかったし、それに……グランと二人きりなのは魅力的だ。
「……うん、行く」
こうして、私とグランは少し遠いという湖へ遊びに行くことになった。お腹が空いた時のために軽食を作り、湖で遊ぶこともあるかもしれないので水着と、もしもの時のための着替えを持って。
*
ミルスマギナにある永樹の森とは違う、少し離れたところにある森。グランの言う湖は、その森の奥深くに存在した。
移動のために竜の姿へ戻ったグランの背から、白と青の花が湖の周りに咲き誇る綺麗な場所が見える。彼はそのままゆっくりと地面に降り、私も彼の背から地面へと足をつけた。
「すごい……なんだか幻想的で綺麗だね」
「気に入ってもらえたなら良かった。さて、私は水浴びをするが、ミーフェはどうする?」
「えっと、どうしようかな……。グラン、今日はずっと竜姿なんだよね?」
「そのつもりだ。こちらの姿でも君と触れ合いたいと思ってな」
鼻先を寄せて私にすり寄るグランを撫でる。私は本来のグランだって人型のグランだって大好きだから、触れてもらえるのは嬉しい。
うーん、水浴びをするグランと一緒なら、やっぱり水着がいいかな。
「んー、グランと一緒にいたいから水着に着替えるね」
「そうか。ではその場所を作るとしよう」
そう言ってグランは近くの木に布を括り付けて広げ、簡単な着替え場所を作ってくれた。誰も見ていないとはいえ、少し恥ずかしかったからこれはとても助かる。
器用にもきちんと布を張ってくれたグランに礼を言い、私は中で着替えることにした。
「ん……変なところとかないかな……」
鏡がないのでくるくると回って、おかしなところはないか確認する。とりあえずは大丈夫そうだと判断し、私はとりあえずカーディガンを持ってすでに湖へ浸かっているグランのもとへ。
「お待たせ。湖、気持ちいい?」
「ああ。ミーフェもおいで」
グランに頷いて、持っていたカーディガンを濡れないような位置において、湖に足をつける。ひんやりとしていて、海とはまた違った感触だ。
「ん、ちょっと冷たいけど気持ちいい。海とはまた違って良いね」
「そうだな。ああ、ミーフェ、私の方まで来ると深くなっているから気を付けて」
「うん」
足が浸かるくらいの深さで止まって、鼻先を寄せてきたり尻尾を動かして甘えるようなグランと一緒に過ごす。そのうち珍しい鉱石や花が採取できると彼が言うので水中に潜ってみたりと、二人だけの時間を楽しむ。
そして、小腹がすいてきたので私は湖から上がり、軽食の入った籠を二つ持って来て湖のふちに腰かけた。
「グラン、口開けて」
「……やはり君の作るものは美味いな」
「そう言ってもらえると嬉しい。今のグランには物足りないかもしれないけど、たくさん食べてね」
人型と違って今のグランの体は大きいのに、人型の時と同じ量を作ってしまった私の馬鹿。慣れってこわいなぁ。
「ミーフェ、もう十分だよ。ご馳走様」
「もういいの?」
「ああ。竜姿でも食べる量はそんなに変わらないからな」
「え、そうなんだ。いつもと同じ感じに作っちゃったから、足りないかと思ってた」
グランが食べたのは籠一つ分と少しだから、確かに人姿の時とそんなに変わらない。物足りなかったらどうしようと思ってたから良かった。
私は残った軽食を食べながら、この後は何をしようかなぁ、と考えていた。
「ミーフェ、私は湖から出て少し休憩しようと思うが、君はどうする?」
「うーん……私も一緒に休憩しようかな。ちょっとだけ疲れちゃったし」
ざぱあ、と湖から出たグランは、布をかけただけの簡易更衣室のすぐそばで体を丸めた。私は彼の後に続き、カーディガンを羽織ってから彼の柔らかな腹あたりに背中を預ける。
「っ、ミーフェ?」
「……だめだった?」
「いや、駄目ではないが……休むのには向かないだろう」
「木にもたれかかるよりは良いよ」
「……それは、そうだな」
木に寄り掛かるよりは、と渋々ではあるが納得してくれたようだ。私はグランのぬくもりに身をゆだねて目を閉じる。湖で冷えた体が彼の体温であたたかくなり、緩やかに睡魔が迫ってきた。
それは耐え難いもので、私はすぐに眠りのふちへと落ちていった。
*
ふっと意識が浮上し、私は目を覚ます。もう少しぬくもりに擦り寄っていたいけど、あれからどのくらい眠っていたのだろう。
いつの間にかグランも眠っていたようで、彼を起こさないように気を付けて傍を離れる。
「んー……お昼時を少し過ぎたくらいかな。とりあえず、グランを起こそう」
気持ちよさそうに眠っているから起こすのは忍びないけど、せっかく二人きりなのだから眠ったままなのもさみしいし……。私はグランの頭付近に近づいて、控えめに声をかけることにした。
「……グランー?」
「ん……ミーフェ……?」
控えめだったのに、彼の意識を浮上させるのには十分だったようだ。ゆっくりと目を開けて、そのきれいな青い瞳に私を映す。
緩やかに体を起こし、鼻先をすりすりと寄せてきた。
「ミーフェ……」
くるくると喉の奥が鳴り、甘えるよう擦り寄ってくるグラン。可愛いなぁと思いながら、私は彼を撫でる。
「ふふ、寝ぼけてる?」
寝起きの良い彼がこんな風になるのは珍しいので、存分に堪能しながら撫で続ける。しばらくするとグランの動きが止まり、ゆっくりと離れていく。
「……すまない」
「ううん。グランが甘えてくる事ってあんまりないから、私は嬉しいよ」
恥ずかしそうに顔を背ける彼が可愛くて、私はついくすくすと笑ってしまう。そんな私を見て、彼は居住まいを正すようにごほんと咳払いをした。
「……そろそろ、帰らないとな」
「ふふ、そうだね。グラン、今日はありがとう」
「君が喜んでくれたのなら良かった」
背けていた顔をこちらに向け擦り寄ってくるグランをひと撫でして、私は帰る準備を始める。服を着替え、籠や布などは収納空間へ入れ、竜姿のグランの背に乗って湖をあとにした。
少しずつ夕焼け色に染まる空を少しだけ散歩して、私たちの家へと帰る。
そうして、その日の夜。
たくさん遊んで疲れているから、とただ寝台でいちゃいちゃとしている時のこと。
「……私は、やはりこちらの方がいい」
グランがそう言いながら私を抱きしめる。もちろん、本来の姿ではなく人型のグランだ。
何に対しての「こちらがいい」なのか分からず首をかしげると、彼は私の額に口づける。
「本来の姿で君と触れ合うのもいいが、君と同じ人型の方がなんの気負いもなく触れられる。だから、こちらの方がいい」
「そっかぁ。私は竜姿のグランも好きだけど……んー、たしかにこうやって抱きしめられるのはいいかもねぇ」
大きな竜の姿では抱き締められないから、こういうところは良いなぁと思う。ぎゅうっと抱き締めたら抱き締め返してくれるし。
愛しい体温と匂いに包まれて、その安心感から私はゆっくりと眠りに落ちていった。




