第二十四話 海に来たなら
ソーニャちゃんたちとの依頼を受ける当日。私はいつものように日課をこなして、グランと共に店の前に立っていた。
「本当に任せて大丈夫?」
「はい。後でフィーリとフェイラスが来ますから、ご心配にはおよびませんわ」
にこにこと笑っているシャローテだけど、本当に大丈夫かな。うーん、でも彼女だって長く生きているし、そんなに心配するようなものでもないかな、と思い直す。
「……うん、じゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃいませ。皆様の無事を願っておりますわ」
シャローテに手を振って家をあとにし、私たちはミルスマギナの街を出る。
集合場所となっているリートゥスの村は、通常の移動手段で行けば半日がかりになる距離だ。しかし、私には通常ならざる手段があった。
街から少し離れた場所で私たちは足を止め、あたりに人影がないかを確認する。
「うん、今なら大丈夫かな」
「わかった。少し離れていてくれ」
グランの言葉に頷いて、少し距離をとる。私が十分に離れたのを見て、彼は人の形をほどいていく。
瞬く間に人から竜へと姿を変え、その美しく白い翼を広げる。
「ふふ、グランの背に乗るのは久しぶり。よろしくね」
「任せてくれ」
私が背に乗りやすいように身をかがめくれたグランに礼を言い、座り心地の良い場所に腰を下ろす。掴むようなところは特にないので、落下防止の魔法を使っておく。
グランも自身の姿が人に見えないように隠ぺいの魔法を使い、準備万端だ。
「では、飛ぶぞ」
「うん」
ばさり、と翼をはばたかせ、一瞬にして街が小さく見えるほどの上空へと上ったグランは、大きく旋回してから目的地であるリートゥスの村へ向かってくれている。
いつの間にか風除けの魔法が施されていて、頬に当たる風は穏やかだ。
「私たちが居た頃と景色が違うけど、きれいだねぇ」
「そうか?私にはよく分からないが、君がきれいだと言うのならそうなのだろうな」
眼下に広がる光景は、日常的に空を飛んだりしない私にはきれいなものに見えるが、竜であるグランにとっては見慣れたものだからだろう。景色が違っても、気にするような差異ではないのかもしれない。
「ミーフェ、村が見えてきた。少し離れたところに降りるがいいか?」
「あ、うん。さすがにそのまま行ったらソーニャちゃんたちがびっくりしちゃうし」
グランの問いかけに頷くと、彼は少し離れたところに足をつけ、私が背から降りたのを確認してから見慣れた人型へと形を変える。
ふう、と一息をついた彼とともに、リートゥスの村へと歩き出した。
*
「―あ、ミーフェさーん!」
村の入り口に近づいてくると、いつもの魔法学園の制服に大きめの鞄を携えたソーニャちゃんがぶんぶんと手を振ってくれている。
今日も元気いっぱいだなぁ、と思いながら、私は小さく手を振り返す。
「おはようございますミーフェさん!」
「おはようソーニャちゃん。今日も元気いっぱいみたいだね」
「はい!昨日はぐっすり眠りましたし、今日はミーフェさんと海で遊べますから!」
「……おい、遊びに来たわけじゃねぇぞ」
ソーニャちゃんの言葉に反応したのは、深い紺色の長い髪を無造作に結んだ青年―鑑定士のラースだった。
彼はギルドの鑑定士であるはずだが、どうしてここにいるんだろうか。
「なんで俺がここにいるのかって顔してるな。まあ、お前らと会うのはギルド内だから仕方ないが、俺は一応、魔法学園で教鞭を取っているからな」
「なるほど。ラースが彼女らの監督役ということか」
「そう言うことだ。とりあえず、課題についての確認ともう一人の助っ人冒険者を紹介する」
そう言って歩き出したラースさんの背を追い、私たちは宿屋へと案内される。宿屋の主人と二言、三言、言葉を交わしてから二階へあがり、一番奥の部屋へと通された。
「あれ、セラフィーヌさん?」
「ミーフェとグランじゃないか。なんだ、残りの冒険者は君たちだったのか」
部屋にいたもう一人の冒険者とは、セラフィーヌさんのことだったようだ。思っても見なかった人物に私の気分がちょっとだけ上がる。
入口で姿を見かけなかったルーファスくんは部屋に残って、私たちを待っていたのだろう。セラフィーヌさんと二人きりで緊張していたのか、私たちの姿を見てほっと息を吐きだしていた。
「知り合いなら特に紹介は必要ねぇだろ。さっさと課題の説明をするぞ。椅子を持ってこい、椅子を」
そう言ってラースさんは四角い机を置いて扉を真正面にとらえる位置に座り、ソーニャちゃんとルーファスくんがその対面に座り、私とグラン、セラフィーヌさんは空いている場所に座ることになった。
全員が座って、意識が向いたところでラースさんが何枚かの紙を机に広げる。
「ソーニャとルーファスにしてもらう課題の依頼は、海底遺跡の調査だ。昔からある遺跡で、ほとんどは冒険者たちによって調査されている。だが、最近になって魔物が増え始めた。駆け出しの冒険者でも倒せる程度のものだが、このまま増え続けていくのも良くない。
そこで、お前たちには海底遺跡に赴いてもらい、魔物が増えた原因を調査してもらう」
「ノイラート先生、その海底遺跡は確か夕方にならないと入口が開かない遺跡でしたよね?」
「ああ、そういう仕掛けになってるな」
「はい!じゃあ夕方までは遊んでもいいってことじゃないですか?!」
元気よく手をあげて発言するソーニャちゃんにセラフィーヌさんが苦笑をこぼしている。ソーニャちゃんにとっては、たぶん重要なことなんだろう。
「さっきも言ったが、遊びに来ているわけじゃねぇぞ?だが、ソーニャに大人しく時間まで待ってろというのも酷だからな。夕方までは自由時間とする」
「わーい!さすがノイラート先生!」
両手をあげて喜ぶソーニャちゃんに、今度はセラフィーヌさんだけでなく私たちも苦笑をこぼしてしまう。そんな彼女に忠告するのは、友人のルーファスくんだ。
「課題に支障をきたすほど遊ぶなよ。遊ぶのはついでだからな。課題をついでにするなよ」
「わかってるよー。じゃあミーフェさん、さっそく海に行きましょう!」
満面の笑みを浮かべるソーニャちゃんに手を引かれ、私たちは海へと連れ出された。
*
リートゥスの村からそれほど距離のない場所に、リートゥスの海がある。きれいな白い砂浜と青い海はこの辺りの村や街の人たちが観光に来るほど、人気のあるところとのこと。
ソーニャちゃんに手を引かれ、私を含む全員がこのリートゥスの砂浜へとやってきていた。意外にもラースさんやセラフィーヌさんも乗り気で、きっちりと水着を持参していた。
水着に着替えた私たちは海に潜ったり、砂浜で砂を固めて何かを作ったり、色々なことをしていた。途中で疲れたらしいラースさんは布製の日除けを立てて、その影の中で休んでいる。
私は休憩ついでに、何か飲み物でも買おうかと観光客向けの売店へと向かうことにした。
「わー、色んなものが売ってる……。うーん、どうしようかな。飲み物だけのつもりだったけど、他にも何か買おうかな」
街では見かけないものが多くて目移りしてしまうが、あまり長い時間ソーニャちゃんたちのそばを離れているのも良くなさそうと判断し、ひとまず飲み物と冷やし果実と名付けられているものを買う。
冷やし果実というのはその名の通り、魔法の氷で冷やしてある果物のことだ。よく見かけるものから、あまり見ない黄色い果肉のものまである。ぱくり、と一口食べれば甘酸っぱくて美味しかった。
戻ったらグランにも食べさせようと決めた私だが、後ろから声をかけられる。私以外に人はいなかったので私だろうと振り返れば、男が二人立っていた。
「お、かわいー。おねえさん一人?」
「一人で海に来ても楽しくないでしょ?俺たちと一緒に遊ばない?」
「いえ、一人じゃないですよ。友人たちと来ています」
「じゃあ、そのお友達も含めてさー」
やたらとぐいぐい来る人たちだ。こういう手合いはきっぱりと断って無視をするのが一番だとシャローテやフィーリが言っていたから、そうしよう。
「必要ないです」
「そんなこと言わずにさ、ねー?」
はっきりと言ったのにもかかわらず、男は諦めず私の手を掴む。少し後ろに引っ張られて、危うく冷やし果実を落とすところだった。ちょっとむかっときた。
「あなたたちとは遊びませんので、手を……」
離してください、という言葉を発する前に、男の手を掴んだ者がいた。力を込めていたのか、男は痛いと声をあげて私の手を離す。
「私の妻に、なにか?」
ぐっと私の腰を抱き寄せ、男に掴まれていた手に優しく触れるのはグランだ。いつもよりも鋭い目つきで、男二人を睨んでいる。
「な、なんでもないです!あ、あはは、俺たちはこれでー!」
睨まれた二人は冷や汗を流しながら、そそくさと去っていく。その背が見えなくなったところで、グランは大きく息を吐きだした。
「ミーフェ、海に入らないときは何か羽織るようにと言っただろう」
「あ、ごめんなさい」
海から出てそのまま売店に向かったから、すっかりその存在を忘れていた。グランは強引に薄手のカーディガンを着せ、下から上まできっちりとボタンを留める。が、少し悩んで、上三つのボタンは外してくれた。
「こちらの方がまだ視覚的には良いか。さ、みんなのところに戻ろう」
「うん。あ、待って。グラン、口開けて」
「ん、こうか?」
私が何かあげると分かったグランは少し身をかがめて、手が届きやすいようにしてくれている。ぱかりと開いた口の中に、黄色い果肉の果物を入れるとすぐに口を閉じて咀嚼し始めた。
「ん、これは……美味いな」
「でしょ?美味しかったからお裾分け」
「甘酸っぱくて、冷たいのがいいな」
「もう一つ食べる?」
「いいのか?」
「うん。はい、口開けて」
また口を開けたグランにその果物を与え、私は違うものを食べる。美味しいと言って催促する彼は珍しいので、買った分をすべて食べさせる。ちょっと餌付けしてるみたいだなって思ったのは内緒だ。
「ん、果物も全部食べたし、ソーニャちゃんたちのところに戻ろうか。二人だけの秘密だよ?」
「……そうだな」
くすりと笑いあって、私たちはソーニャちゃんたちのところへ戻る。全員分、買っておいた飲み物を渡し、私たちはしばらくの間、ラースさんの立てた日除けの下でのんびりと休憩をした。
そうして日が落ち始める少し前に、私たちは海底遺跡への入り口がある砂浜の端へとやってきた。ここから海に入り、光の線に従っていけば、目的の海底遺跡へとたどり着けるとのこと。
「さて、もうすぐ海底遺跡に向かう時間だが、準備はいいな?」
「はい!」
元気よく返事をするソーニャちゃんとルーファスくん。私たちは頷くことでラースさんの問いかけに答え、それを確認した彼も力強く頷く。
「……そろそろ日が沈む。行くぞ」
海中でも息が出来るように魔法を施してから、ラースさんが先導のために向かい、その後をソーニャちゃんたちが追う。その次に私たちが入り、彼女たちの後ろを泳ぐ。
ぼんやりとした光の線が底へと続いており、そのともすれば見失ってしまいそうな光をなぞるように進む。
やがて、私たちの目に灰色の四角い建造物が映る。ところどころ緑色の海藻や藻がくっついているが、あまりにも遺跡とはいいがたいようなものだ。
私は、なんだかその建造物に見覚えがあるような気がした。




