第十六話 崩された祝祭
花の祝祭も終わりに近づく夕暮れ。何処かではこの時間を逢魔ヶ時……魔と出会う時間だと言うのだとか。
祭りに来ていた人々は魔物を認識し、叫ぶ声でそれを知り、脇目も振らずに逃げ出して行く。私たちはその波に逆らって魔物が押し寄せているだろう方向へ向かうが、いかんせん人が多すぎる。
波に押され、セラフィーヌさんたちとも距離が空いてしまった。
「んん……、仕方ない―風よ 我が意に従え その自由なる姿を持って空を翔る翼を授けよ ゲイルウィング」
逃げる人々を巻き込まないように調整して風を起こし、ふわりと空に浮く。人込みから抜けたことであちこちを飛ぶ魔物や地上を駆ける魔物、それに対抗する冒険者たちが良く見えるようになった。
逃げ惑う住民や観光客を守りながら、ミルスマギナの冒険者たちはなんとか戦っているようだ。
「いや~すごいことになってるねぇ。大変大変」
「そう言う割には楽しそうな顔をしてるけど。まあ、ヴィアにとってはこの光景がさぞ楽しいものに映るんでしょうね」
「まあボクはそういう性質だからね!で、ミーフェちゃんはどうするの?セラフィーヌちゃんとゼンくんはずーっと先に行って戦ってるみたいだけど」
空飛ぶ魔物を撃ち落としたり、襲いかかろうとする魔物を斬り伏せたりと、せわしなく戦っているのがよく見える。うーん、私も加わるべきなんだろうけど、このごった返している人を放って向かうには守りが心許ない。
恐怖を紛らわすためか誘導してくれている冒険者を罵るような声も多いし、彼らの安全が保証される神殿までかなりの時間が掛かると想像できる。
「うーん、さすがにここを放ってはいけないかな。ゼンなら大丈夫だと思うし」
「ふーん?でもセラフィーヌちゃんのことは心配じゃない?ほら強いらしいけど人間だし!いまならボク、とーっても役に立つことしてあげられるんだけどなー?」
ふよふよと私の周りを浮いて耳と尻尾をぱたぱた動かすヴィア。妙に輝いている金色の瞳に何か良からぬ事を考えているのでは、と思い至るが、それはそれとして彼女の言う『役に立つこと』を聞いてみよう。
「色々と気になることはあるけど、役に立つことってなに?」
「ふふーん、なんとこのボクが!特別に!人間たちを安全な場所に誘導してあげるよ!もちろんちゃーんとフェリスニーアちゃんの神殿に連れて行くし、道中の魔物も倒してあげる!」
「……本当に役に立つことだった。んー、でも見返りとか」
「ぜーんぶ終わった後に、ボクのことたっくさん撫でてくれたらそれでいいよー。どう?どう?」
ヴィアにしてはとてもありがたい提案だ。見返りが物凄く安いのを除けば。
彼女の力を持ってすれば安全な避難が出来るのはもちろん、避難誘導に当たっている冒険者が魔物討伐に向かえるという点も大きい。うーん、まあ何かしら追加要求をされるのは私だからいいか。
「うん、分かった。ここはヴィアに任せてもいい?」
「もっちろん!」
私が承諾するとヴィアはぱあっと輝くような笑みを見せてから、眼下の人々に視線を落として声を発した。
「―ボクの声が聞こえる子は、み~んなボクの言う事に従ってね~。はぁい、綺麗に並んで並んでー、ぶつからないようにちゃぁんと神殿まで向かってね~」
ヴィアの甘い声が届くと同時に人々は一瞬だけ硬直し、すぐに動き出した。だれともなく整列しながら歩き出し、人を掻き分けて進もうとしていたものも、冒険者を罵っていたものも、すべてが異様なほど綺麗な形を成して進んで行く。
それを困惑した顔で見つめる冒険者が居ることから、彼女は魅了の声を逃げる人間に限定して使用したことが窺える。彼女にしては珍しく気が効いている。
「いつもこうならいいんだけどなぁ……」
「ほらほらミーフェちゃん、先に行きなよ。ここはボクに任せて」
「……うん、じゃあよろしくね」
心の奥底でヴィアが何を考えているのかは分からないが、魅了された人々が向かう先は神殿だし不穏な動きもないので、彼女に任せてセラフィーヌさんたちのところへ行こう。
一度だけヴィアの頭を撫でてから、私は街の中央部へと向かった。
「―さぁて、上手くやってくれるかなぁ?」
*
街の中央部では多くの冒険者が魔物と戦っていた。その中にセラフィーヌさんやゼンはもちろんのこと、フェイラスとフィーリの姿もある。
「空の魔物は任せてください。私の弓で撃ち落とします」
フィーリの手には光そのものが弓の形を成しているものがある。それを空に向け、矢をつがえる動作をすれば彼女の手の中に幾本もの光の矢が現れた。特に狙いを定めもせず彼女が手を離せば、その矢は翼を持った骸骨の魔物や蝙蝠の翼を持つねずみの魔物を貫いていく。
彼女の持つ光の弓は、神器ヴァルキュライズだ。多くの冒険者の前で神器を見せるのはまずいことになりそうだと判断し、限定解除の状態だがそれでも十分な威力を持っている。
「よし。リュミエラード、限定解除。出力制限九十九、輝きを放て!」
フェイラスが鞘から抜いた剣はわずかな光を放ち、刃全体に光が走る。それを認めてから彼は頷き、まずは目の前に居る黒いもやの魔物へと向かう。
「よっと!」
フェイラスを捕らえようとするかのように広がったもやは、彼の軽い言葉と共に斬り捨てられる。本体となるもやはすかさず攻撃を加えようと動き出すが、彼のほうが早かった。瞬きよりも早く本体の懐へと飛び込んだ彼は下から上に剣を振り上げ、真っ二つにした。もやの魔物は霧散するように消えていく。
「すごいな。さすが、ギルドが手放しで賞賛するだけはある」
「褒めてもらえるのは嬉しいけど、あんまりしがらみを増やさないでほしいんだよなぁ。俺たちは気ままに冒険者をして行きたいだけだし」
近くで二足歩行の黒い山羊を切り伏せたセラフィーヌさんの言葉に、黒く泡立つスライムを斬り捨てたフェイラスがそう口にする。その意味を理解しているのか、彼女は困ったように笑みを浮かべた。
「―……フェイラス、そういうのはあんまり言わない方が良いと思うよ」
「あれ、ミーフェ?なんでこっちに?」
「ミーフェ、途中で姿が見えなくなって心配していたが無事だったか」
二人の周りにいた魔物が少し減ったのを見計らって、その場所へ降りる。私が居ることに疑問を抱いていたフェイラスはセラフィーヌさんの言葉でおおよそ察してくれたようだ。
「あー、セラフィーヌと一緒に加勢しようってことか……。てっきりミーフェは神殿の守りに向かうと思ったから、グランもそっちにいるんだよなぁ。というか、ミーフェ、その服装での戦闘はまずい」
「あっ、確かに戦闘には向かないか……。うーーん、とりあえずローブ着てるね」
フェイラスの指摘で着ているのが祝祭の衣装だと思い出す。でも着替えている暇はないので、とりあえず白いローブを空間魔法で取り出して着ることにした。
そして、グランが神殿に居るということが分かる。うーん、ヴィアが逃げる人を連れて行ったけれど大丈夫かな?シャローテだけなら問題ないと思って任せたんだけど、何かしら衝突が起きそう……。
「ミーフェ、フェイラス。あまりお喋りをしている暇はなさそうだ」
「集まってきちゃいましたね。とりあえず一掃して他の冒険者と合流しましょうか」
「簡単に言ってくれるなミーフェ」
セラフィーヌさんの呆れたような言葉ににこりと笑みを向ける。
私は半円状に手を横に振り、魔力で作り上げた矢を背後に出現させた。その数が五十を越えるのを認めたセラフィーヌさんが驚いたような顔をしている。
「我に仇なす魔を貫け アローレイン」
大部分を省略した魔法を発動させる。私が発動させた『アローレイン』は属性の力を借りる魔法ではなく、自身の魔力を使って発動する魔法の一つだ。術者の魔力によってその威力が変わるこれは、私の女神としての力をちょっと加えたので威力は上級魔法級になっている。
私の詠唱終了と共に放たれた魔力の矢は、包囲を築いていた魔物に寸分狂わず突き刺さり消滅させていく。
「これで合流できますね」
「……そう、だな。ミーフェはその、意外と強いんだな?」
「これでもグランと一緒に居ますから」
「そうか……うん、よし。合流しようか」
セラフィーヌさんはそれ以上の事は口にせず、他の冒険者が集まっている方へと向かっていく。それを追いかけている最中に、フェイラスが苦い顔をして私に声を掛けてきた。
「ミーフェ、あんまり力使うとまたグランに怒られるぞ」
「大丈夫だよ。前より私の力も回復してるし、そんなにたくさん使うことはないだろうからまた倒れたりはしないよ」
「それならいいけど……何かあったらまず俺たちの力を使ってくれよ」
「何かあったらね」
フェイラスの言葉に私はそう返す。彼は少し納得のいっていないような顔をしたが、ここで言っても仕方の無い事だと考えたようで、そのまま会話が途切れる。
まあ迷宮の魔物があふれ出したことは異常ではあるが、私やフェイラスたちの力を使うまでもないだろう。私たちが居た頃の魔物が出たりとか、邪神が顕現しない限りは。
セラフィーヌさんの後を追って、他の冒険者が集まっているところまで辿り着く。すべての魔物が討伐されたわけではないが、全員が戦闘をしなければならない数ではないようだ。
「―東門の魔物はヴェラド魔宮の深層にいるやつだが、強さが格段に違う。もう上級冒険者のパーティがいくつも重傷を負って神殿に運ばれてる」
「そうか。だが誰もあの魔物を足止めしないわけには行かないだろう。幸い、私は深層のやつと戦ったことがある。私が行こう」
「そうか。そう言ってくれて助かる。……すまない」
知り合いらしい冒険者はそう言ってセラフィーヌさんの傍を離れ、中央部へと侵入してくる魔物を倒しに向かう。どうやらセラフィーヌさん一人が、東門に現れた巨大な魔物と戦わねばならないらしいと話の内容から察する。
「セラフィーヌさん」
「ミーフェたちはここで魔物の侵入を食い止めてくれ。私は向こうに行かなければならない」
「いいえ、私も一緒に行きます。お話し、聞こえていました。私も協力します」
「申し出は嬉しいが、駄目だ。君の魔法が強力なのは分かったが、あの魔物は一筋縄ではいかない。君を守りながら戦うのは難しい」
セラフィーヌさんが言うことは、冒険者になったばかりの人間に言うのなら正しいことだ。連れて行ったところで死体になるのは目に見えている。けれど、私は女神だ。まだ力の大半が回復していなくとも女神なのだ。
「自分の身は自分で守れます。駄目と言っても付いていきます」
「……はあ、分かった。だが、ミーフェは後方から魔法の支援をするだけだ」
「はい!」
「お、話まとまったか?俺も一緒に行くからな」
じっと見つめてセラフィーヌさんを頷かせたところで、静かに話を聞いていたフェイラスが入ってくる。一緒に行くと言う彼に何の抵抗もなく頷いていた。なんだろう、剣を使うもの同士のあれそれとかで連れて行ける力量だとか分かるんだろうか?
「お前ら、東門に行くのか?それなら俺も一緒に行くぞ」
「ゼン……まあ、君はオルネラから太鼓判を押されているし、大丈夫か」
「うん?行くならさっさと行かないと、あれが動き出してるぞ」
セラフィーヌさんの言葉の意味を良く分かっていないらしいゼンだが、彼の発言によって私たちは急いで東門へと向かう。
東門の方向へ視線を向ければ、確かに前よりはっきりと姿を確認できるようになっている。魔物を認識できるような距離にまで近付けば、その異様さが際立つ。
捩れて太い角は真っ赤に染まっており、体のすべてが黒い。蜥蜴のような上半身で下半身は山羊のような二本の足で立っていた。全体を黒い煙のようなものが覆い、禍々しさを放っている。
「あれが、深層の魔物……」
「ああ。イビルドラゴート、と呼ばれている」
かすかに記憶に引っかかる名前だ。何処で聞いたかを思い出そうとしていると、フェイラスがこっそりと教えてくれた。
「……同じ名前の奴、俺たちの時も居た。その時は作られた竜が上半身で、下半身は四足だった。そこにいるのはたぶん、質を落として作られたやつだと思う。それでも、この世界にとっては十分な脅威だけど」
「……そっか。うーん、フェイラスが居れば大丈夫だけど、一人で倒しちゃうとまた色々あるし……」
「ッ来るぞ!」
イビルドラゴートをどう倒そうかと考えていると、セラフィーヌさんから鋭い声が飛ぶ。意識をそれに向ければ、大きく開いた口から火球が吐き出され、その大きさは私たちの数十倍はありそうなものだった。
それに誰よりも早く行動を起こしたのはセラフィーヌさんだ。
「煌きを灯せ、スティラルクス!」
柄を叩いてその文言を口にしたセラフィーヌさん。それと同時に彼女の持つ剣が煌く光の粒をまとい、刃を覆っていく。
「はあああっ!」
気迫の声と共に地を蹴り、飛んでくる火球を剣で切り裂く。刃に触れたところから火球は粒子となって消えていき、瞬きの後には既に跡形もなくなっていた。
何の不安もなく地面に着地し、私たちの無事を確認すると彼女は魔物へと向かっていく。
「セラフィーヌさん、もしかして……」
「ミーフェ、いまは後にしよう。突っ込んで行ったからな、追いかけないと」
「うん、そうだね」
フェイラスに促され、すぐに彼女を追いかける。私は支援が届く後方で止まり、フェイラスとゼンは前衛としてセラフィーヌさんと共に剣を振るう。
「光よ その輝きを持って彼らに加護を与えよ シャインウォール」
私は支援の一つとして攻撃の衝撃から身を守る防御魔法を三人に付与する。セラフィーヌさんには私の力を少し込めたものを、フェイラスとゼンにはそれなりのものを与える。
フェイラスはリュミエラードにそういう機能があるし、ゼンは神と似たようなものなら必要ないし、気休め程度だ。
「闇を照らす輝きを槍に変え 悪しき魔を貫け シャイニングジャベリン」
私の背の高さくらいの光の槍でセラフィーヌさんに迫った蜥蜴の腕を貫き、攻撃を防ぐ。彼女はその隙を見逃さず、蜥蜴の腕を切り落とした。
その痛みでか残った片方の腕を振り回すイビルドラゴートだが、それもフェイラスのリュミエラードによって切り落とされてしまう。
両腕を失くし吼えるようないびつな声を上げ、山羊の足で大地を踏み鳴らす。大きく地面が揺れるが、私は少し宙に浮くことで回避し、前線の三人はそんな事を気にしないように地を駆ける。
「俺が拘束しておく」
「セラフィーヌ!」
「ああ!」
フェイラスの掛け声と共にセラフィーヌさんは足元へ向かい、もう一度剣の柄を叩く。煌く光の粒はその濃度を増し、光の粒で刃が形作られているように見える。
声をかけたフェイラスは踏み締めた大地に穴が空くほどの跳躍をし、頭上へと飛ぶ。
「リュミエラード!」
「スティラルクス!」
名を呼ばれた剣はその輝きと煌きを増し、空と地に二本の光の剣が現れたかのような姿に変わる。フェイラスはリュミエラードを振り下ろし、セラフィーヌさんはスティラルクスを振り上げた。
「うおおお!」
「せああ!」
光の剣はイビルドラゴートを切り裂き、二人の剣が交わる箇所で横一文字に薙ぎ払われた。苦悶と絶命の叫びすらなく、それは四つに分割され轟音と地響きと共に地面へ転がる。
「……とりあえず倒したかな。あとは迷宮から溢れる魔物をどうにかしないと」
戦闘が終わり、一息ついているセラフィーヌさんたちの傷を癒やすために彼女たちのもとへ向かう。私の無事を確かめるためか、向こうもこちらへ向かってきてくれている。
『―整った。供物は十分だが、贄が足らぬ……』
地の底から響くような声に私たちは互いに足を止める。何かしらが起こると警戒していたのに、まるで地面から滲み出るような黒く半透明の液体に私は捕らわれてしまった。多少、呼吸が出来なくとも何とかする術はあるが、この液体は魔力を吸い取る効果があるようだった。
「ま、ずい……っ」
体が普通の人間と変わりないからか、急速に力が吸われていく。
いまだ大半の力を失っている私では対抗する術がない。遠くなる意識を繋ぎとめておけず、私は容易く暗闇へと落ちていってしまった。
『贄だ、贄を寄越せ……我が名はゼヴェラドース。死と暗黒の風をもたらす神である。人間どもよ、助かりたくば生贄を差し出せ』




