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第十四話 花酒作り


 花の祝祭が近付くとある日のこと。


「そうそう、その調子よ。琥珀色になったら、このアーネルデの花びらを入れるの」

「……もうけっこうかき回してますけど、あとどれくらいで……?」

「んー……もうちょっとよ。ほら、周りが琥珀色になってきたわ」


 アーネルデというのは永樹の森に群生している花のことだ。花弁は薄桃色で手のひらほどの花を咲かせ、その花はあらゆるものへと使われているらしい。

 オルネラさんに教わりながら私はぐるぐると釜をかき回し、透明だった液体がようやく琥珀色になり始めた。彼女はは釜の中の色を見て頷いてから、まるでふたをするかのようにアーネルデの花びらを大量に入れる。


「はい、手を休まずにかき混ぜて。ここが一番大事よ、花酒の美味しさはここで決まるんだから」

「がん、ばります……!」


 かき混ぜる棒が重くなるがなんとか回し、花びらを琥珀色の液体の中へ沈めて行く。わずかに漂い始めたお酒の匂いと甘い香りに、完成が近づいているのだろうと分かる。


「……うん、いいわよ。これで花酒の出来上がり。少し力が要るけれど、そんなに難しくないでしょう?」

「はい。教えてくださってありがとうございます、困っていたので助かりました」

「ふふ、そうだろうと思って会いに来たの。作り方は難しくないけど、初めて作るのは大変だから。さ、あとは瓶に入れて保存しておきましょうか」


 オルネラさんに頷いて、用意していた瓶へと花酒を注いでいく。琥珀色の液体の中に花びらが浮かんでいるが、それらは沈むことなく液体のほぼ真ん中で留まっている。


「わー……きれいですね」

「あら。初めて作った花酒で、こんなに綺麗に真ん中に花びらが集まっているなんて……ミーフェって調合の腕が良いのね」

「ありがとうございます。腕が良いなんて初めて言われました」

「まあ、普通の人には調合の腕が良いかどうかなんて分からないから、仕方ないわね。ほらほら、たくさんあるのだからてきぱきと瓶に入れていきましょう」

「はいっ」


 長く調合師をしているオルネラさんに褒められたことが嬉しくて、私は少し鼻歌を歌いながら出来上がった花酒を瓶へ入れていく。用意していた二十本の瓶の内、十八本分の花酒が出来上がった。

 それらを保管するための箱に入れ、ふう、と私は一息つく。


「お疲れ様。あとは祝祭まで毎日、頑張って作ってくれるとありがたいわ。と、言っても商会から作る数を言われているでしょうけど」

「そうなんです。百四十本、作るようにって」


 私がオルネラさんと調合釜に向かっていたのはこれが理由だ。商会から祝祭用に花酒を作るように依頼があったからである。

 花の祝祭で振舞われる花酒は調合師しか作れないらしく、街にやって来るひとや住人たちに満遍なく行き渡らせるために、ミルスマギナに住むすべての調合師へ通達されているとか。


「ふうん……祝祭まではあと八日だし、二十本を毎日作れば十分に間に合う数ね。まあ、さすがに商会といえど無理な数は依頼しないわよね」

「私一人でしていたら出来なかったですよ。オルネラさんのお陰です。本当にありがとうございます」

「もう、お礼なんていいわよ。それより、少し聞いてもいいかしら?」

「あ、はい。なんですか?」


 聞きたいこととはなんだろう、と思いながら、オルネラさんの言葉に頷くと、彼女はきょろきょろと辺りを見回してから、私のすぐ傍まで来て小さな声で問いかけてきた。


「……あなた、愛の秘薬は調合できる?」

「愛の秘薬って……媚薬とか惚れ薬とかのことですよね。調合したことがないので、なんとも……」

「そうよね、まだ調合師になって一年も経っていないのだから、したことないわよね。……ええとね、ミルスマギナでは祝祭の時期になると、愛の秘薬を作って欲しいって依頼が調合師に直接来るのよ」


 オルネラさん曰く、祝祭を深い仲へと至るためのきっかけにするひとが多く、それらを成功させるために愛の秘薬を用いようとするものたちがいるとのこと。そして、ギルドで依頼として出すには気まずいらしく、調合師へと直接、お願いに来るひとが大半だという。


「そうなんですね……でも、それって倫理的に大丈夫なんですか?」

「昔は効果が強すぎて色々と問題になったりもしたけど、いまはかなり弱めたものしか調合していないから一応は大丈夫よ。ちょっとそういう気分になるな、っていう程度だもの」

「ああ、それならよかったです。……で、その、私も調合できたほうが良いんですか?」

「調合できるようになっておいて損はないわよ。愛の秘薬を作って欲しいって言ってくるひとたちは、口止め料も含めてかなりの報酬を支払ってくれるし」

「んん~……まあ、私に依頼してくるひとはいないかもしれませんが、調合できるようにしておきます」


 かなりの報酬という言葉ににつられて、私はそう口にする。慎ましく暮らせればいいと思ってはいるけど、現状、お金のことではグランに頼りきりだし。一緒に居る時間を増やしたいと思って冒険者登録もしたけれど、ずっとお店を閉めてるわけにもいかないしなぁ。

 オルネラさんは私の言葉に頷いて、持って来ていた鞄の中から数枚の紙を取り出した。


「じゃあこれ、作り方。まだ時間はあるし、これを見ながら作ってみるといいわ」

「わ、ありがとうございます。なにからなにまで手を貸していただいて……」

「いいのいいの。後進を育てるのも必要なことだしね。ほらほら、さっそく作ってみましょう!」

「はい!」


 花酒から愛の秘薬の作り方まで、色々と教えてくれるオルネラさんには頭が上がらなくなりそうだ。次に会うときには、彼女が好きそうなものを用意して贈らなければ。

 私はそんな事を考えながら、彼女から渡された愛の秘薬作りに取り掛かった。


 *


 結果的に、なんとか愛の秘薬を調合することができた。が、私とオルネラさんは調合釜の前でへたり込んでいた。あまりにも問題が起きすぎて。


「な、なんとかなったわね……。まさか調合釜から火柱が立つなんて……家に燃え移らなくてよかったわ……」

「はい……。ほんとに、びっくりしました……ものすごく甘い匂いが充満したのも、ちょっと……」

「……そうね…すぐに風を通したからよかったけど……うん、考えるのはやめましょうか」

「そう、ですね……」


 私たちは深く考えるのをやめ、荒れてしまった調合釜の周りを片付けていく。幾つか焦げてしまった材料を泣く泣く処分し、ちょっと焦げてしまった壁はオルネラさんが魔法で直してくれた。


「ふう、これで終わりですね。オルネラさん、ありがとうございます」

「私がしようって言った事だし、気にしないで。でも、今後は誰か一緒に居るときじゃないと危ないわね。さすがに愛の秘薬作りは難しかったのかしら……」

「そうかもしれません……」


 難しいというよりも、この家自体が原因のような気もするが私は何も言わないことにした。神妙に頷いてそういうことにしておく。


「んー、それなら今年はその依頼を受けないほうがいいわね。色んな調合をすれば慣れるでしょうし、私もいつも付いてあげられるわけでもないしね」

「はい、今回はやめておきます。花酒の調合に専念しますね」

「それがいいわ。じゃあ、そろそろ帰るわね。またね、ミーフェ」


 オルネラさんを見送って、私は小瓶へと詰めた愛の秘薬を手に取る。ほんのり桃色の液体を見つめ、さてこれをどうしようかと考える。

 ずっと保存できるものではないし、かといって誰かにあげられるものでもない。


「……んー、グランに使っても効果ないだろうしなぁ……」

「じゃあボクが効くようにしてあげよっか??」


 すっと手が伸びてきて、私が持っていた小瓶を摘む。それを追って視線を後ろに向ければ、宙に浮くヴィアが小瓶の中に何か黒い液体を注いでいるのが見えた。


「え、ちょっとヴィア、何を入れて……」

「えー?魔界産の精力増強剤だよー。これならグランくんにも効くでしょ」


 明らかに全部は入らないだろうはずの量の液体を小瓶に入れ、上下に振って混ぜるヴィアに私はなんとも言いがたい目を向ける。


「ヴィア、私は別にグランに使おうと思ってたわけじゃなくて……」

「うんうん、分かってるよミーフェちゃん。いつもと違うグランくんが見たいんだよねー。優しさだけが愛じゃないもんねー?大丈夫大丈夫、ボク分かってるから!」


 ぜんぜん分かってない。今の状態では何を言っても聞きそうにないので、私は諦めて小瓶の液体が変貌していくさまを見つめるしかない。ああ、どんどん黒くなっていく……うかつに捨てることも出来なくなってしまった。


「はい!これを摂取させればグランくんもイチコロだよ!」

「……うん、はい。ええと、どうも」


 にこにこと輝く笑顔のヴィアに小瓶を返された。綺麗な淡い桃色だった液体は、無残にも真っ黒く変えられてしまっている。強い粘性を持つようになったそれは、なぜか表面が泡立っている。

 これは大丈夫なのか、と思って、私はその小瓶のふたを開けた。


「え、あ……あれ……?」


 仄かな甘い香りを嗅いだ途端、なぜか体から力が抜けて、私はその場に座り込んでしまう。小瓶は私の手から離れて床を転がり、黒い液体が零れて広がった。

 次第に体が熱くなり、お腹の奥が疼くような感覚が湧き上がってきた。これは、まさか……。


「……まさか、ヴィア……」

「待って!心外だよ!!ボクは本当にグランくんに効くようにしただけなんだよ!そりゃ、魔界産だからミーフェちゃんにも効くだろうけど、でも匂いだけで効果が出るなんで思わないじゃん!ボクは無実!」

「それは……そう、かも……?」


 もやがかかったように頭がまともに働かなくて、ヴィアの言い分が正しいように聞こえてくる。彼女は善意からしてくれたのだし、責めるのは違うかも、しれない……?

 ヴィアは私の傍へ降りてきて、視線を合わせるように床へ膝をつく。


「ミーフェちゃん、まだ完全じゃないんだねー。こんな媚薬が効くくらいだし……ねえ、ちょっと触ってもいい?」

「…っ、だめ…」


 今は平気だけど触られるとどうなるか分からないので断ると、ヴィアは金色の瞳を細めて私を床へ押し倒した。前もこんなことあったなぁ……。


「だめって言われても触るのがボクだよー。ふふーん、えいっ」

「ひゃっ、ヴィア……!」


 ヴィアは私の胸をつつき、反応を楽しんでいる。やめさせたいのに体が上手く動かない私は、もうされるがままの状態だ。

 そうしてしばらく私の胸をつついていたヴィアは、何かを考えるように顎に手を添える。


「んー……ミーフェちゃんの触り心地を確かめたいけど、そろそろグランくんが帰ってきそうだしなぁ。うーん、ひと揉みだけしていくか……?」


 わきわきと手を動かしながら、私の胸に手を伸ばすヴィアが不意に入り口を見て固まった。私からは何も見えないが、おそらくグランが帰ってきたのだろうと分かる。彼以外で彼女がこんな風になるのは知らないし。


「やっば、ボク帰るね!じゃ!!」


 ヴィアの行動は早く、すぐさまその場から消え去った。何処にも気配がないので本当に帰ったのだろう。

 私はなんとか体を起こし、ヴィアのせいで溜まり始めた熱を静めるように息を吐き出す。


「はぁ……」

「ミーフェ、大丈夫か?」

「……う、ん……」

「まったく大丈夫そうに見えないが……ミーフェ?」


 息を吐き出す程度で静めることは出来ず、熱は私の思考を溶かす。グランに触れたくて堪らなくなった私は、かがんでくれた彼に抱きつく。少し驚きながらも、彼は抱きしめ返してくれた。


「グラン、私……」

「……ミーフェ」


 抱きしめる腕を離して見上げれば、食むように口付けられる。私はただそれが気持ちよくて、何度もねだるように唇を寄せる。

 不意に合わさっていた唇が離れた。


「ぐら、ん……?」

「……続きは、寝室でしよう」

「……ん」


 もっと考えなければいけない事はあるはずなのに、私はグランに抱えられて寝室へと運ばれた。

 どうなったかというと、とても疲れてよく眠れたとだけ。


 *


「ああ、やはり媚薬か。なんとなくそうだろうとは思っていたが、私を積極的に求めてくれるのが嬉しくてな。これはこれで良いが、次は君自身の言葉で求めて欲しいな」


 そんな事を翌朝の寝台の中で言われ、私は小さく頷いておいた。そして、今後もし愛の秘薬を作ることがあるのならヴィアには絶対に邪魔されないようにしようと、心に固く誓った。


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