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第十三話 春花の湖


 ミルスマギナにはこの街特有の祭事がいくつか存在する。その中でも街中を色鮮やかな花で飾りつけて行う『花の祝祭』というものが有名だ。

 王国中からその祭りを見に人々が集まり、とても賑やかになるそうだ。

 どうしてこんな話をしたかというと、その花の祝祭が行われる日が近付いているからだ。街は祝祭の準備一色に染まり、ギルドの依頼もそれに関するものばかりが増えている。

 今日は私とグラン、フィーリ、フェイラスでギルドの依頼を受けに来ていた。


「えっと……露店の設営、祝祭で使う備品の準備、運営補助、祝祭で使う花の採取……うーん、この中では花の採取が良さそうかな……?」

「そうですね。採取場所も春花の湖近辺で、危険もないと思いますし」


 依頼板に掲載されている依頼を読み上げ、その中で自分に出来そうなものを呟けば近くにいたフィーリが頷いて賛成してくれる。


「じゃあ、これにするね。……でも、私はこういうのでいいけど、フィーリたちは退屈だったりしない?」

「そんな事ないですよ。迷宮に潜って魔物討伐ばかりしてますから、たまにはこういうのんびりした依頼も楽しいですよ」

「そっか、それなら良かった」


 依頼受諾窓口で依頼を受け、フィーリと一緒にギルドの入り口へと向かう。出入りをするひとにぶつからない様に歩き、邪魔にならない位置で待っているグランとフェイラスを見つけ、声をかけてからすぐ傍へと足を運ぶ。


「グラン、フェイラス!待たせちゃってごめんね」

「それほど待っていないから大丈夫だ。それで、依頼は何にしたんだ?」

「祝祭で使う花の採取だよ」

「あー、それなら春花の湖近辺?あそこ、一年中色んな花が咲いてるもんなー」

「そうなんだ、それはちょっと楽しみかも」


 色んな花が咲いているならきっと綺麗だろうな、と考えつつ、思い出すのは夢で見た花畑だ。あそこも、まあ夢の中だけあってとても綺麗な場所だった。


「ふふ、あの湖はとても綺麗ですから楽しみしていてください。恋人とのデートスポットとしても、最近は有名なんですよ」

「へー……じゃあ時間があったらグランと少し歩いてみるね」

「はい、ぜひ」


 輝くような笑みを浮かべるフィーリに少し苦笑を零しつつ、私たちは春花の湖へと行くために一番近い北門へと向かった。


 *


 ミルスマギナ近郊に広がる森は街の人から『永樹の森』と呼ばれ、親しまれている。そして、その中には特徴的な四つの湖が存在し、恩恵を受けている。

 多種多様な魚や木の実、きのこ、果実が実る『恵みの湖』

 異常なほど周囲の気温が低く、解けない氷雪と湖面の『氷結の湖』

 その昔、竜が休息を取るための場所だったと言われている『竜の水浴び場』

 一年中、花が咲き続け、その周囲だけ温暖な『春花の湖』

 

 私たちは祝祭に使う花を採取するためにこの湖の一つ、春花の湖へと向かっていた。北門から街を出て、整備された道を西寄りに進むと目的の湖へと辿り着く。

 色鮮やかな花の咲く春花の湖は、夢で見た花畑に勝るとも劣らない光景だ。


「わあ……!すっごくきれい……」

「気に入って下さったようでなによりです」

「うん。一周したいくらいだけど、今は依頼をこなしてからにしようか」

「そうですね……。じゃあ、私はフェイラスと一緒に向こうで採取しますから、ミーフェさんとグランさんはあっちでお願いします」


 この光景を楽しむのは依頼をしてから、と私が提案すれば、フィーリは頷いてフェイラスと一緒に採取に向かうと口にし、そのまま彼を引っ張って湖の西側へ向かっていってしまった。


「え、あ、行っちゃった……」

「あの二人が危険な目に会うことは早々ないだろうから、私たちは私たちで花の採取をしよう」

「うん、そうだね。えっと、かご一杯にすれば良いんだよね?」

「ああ。それほど大きいかごではないし、すぐにいっぱいになるだろう」


 手のひらほどの大きさしかないかごを持ち、私とグランは咲いている花を手折って行く。小さな花をつける可愛らしいものから、折り重なる花びらを持つ花など色々な種類の花をかごに入れていけば、数十分でいっぱいになった。


「……よし、このくらいでいいかな。グランは……えっと、あれ?」


 採取のために屈んでいた私は顔を上げ、周囲を見回すがグランの姿が見えない。立ち上がってもう一度見回しても、彼の姿は見えない。あれもこれも、と採取をしている内に、彼から離れてしまったのだろう。


「影も形も見えないし、けっこう離れちゃったのかな。えっと、湖の入り口は……どっちかな……?」


 とりあえず入り口に戻ればグランに会えるだろうと考えたけども、入り口がすでに分からない。見渡す限り花と湖しか見えず、目印になるようなものも存在しない。

 ううーん、と唸る私の肩を、ぽん、と誰かが叩いた。


「よ、こんなとこで突っ立ってどうしたんだ?」

「ゼン、と……セラフィーヌさん?」

「やあ、久しぶり。元気そうで何よりだよ」


 振り向いた先にいたのは思っても見なかった組み合わせだ。どうして一緒にいるのだろう、という疑問が顔に出ていたのか、セラフィーヌさんが苦笑しながら答えてくれる。


「彼は迷子だよ。入り口に戻れなくて困っていたところを私が通りかかってね。その案内の途中に君がいて、もしかして君も迷子なんじゃないかとゼンが言って、声をかけたというところさ」

「そうそう。なんかきょろきょろしてたし、俺と同じかもって思ってな。で、どうなんだ?」

「……うん、まあ、そうだよ。目印とかなくて、どっちに行けばいいのか困ってたところ」


 私の答えにゼンはにっこりと笑みを浮かべる。おそらく、仲間がいたという笑みだろう。しかし、私はともかくとしてゼンは迷子になったりしないと思うんだけど……。


「ミーフェも迷子だったのか。なら、一緒に案内するよ」

「お願いします」


 セラフィーヌさんの厚意に甘え、案内を任せることにした。何度か来ることがあるだろうし、それまでに自力で入り口まで戻れるようにしないとなぁ、と私は頭の隅で考える。


「春花の湖はほとんど景色が変わらないからな、初めのころはよく迷うんだ。何度か訪れるうちに自然と入り口までの道が分かるようになるから、それまではあまり奥まで行かないほうがいい」

「気をつけます。今日みたいに運良く誰かが声を掛けてくれるとも限りませんしね」

「そうだな、気をつけるとしよう」

「素直に話を聞いてくれて助かるよ」


 なんとなく疲れた笑みを見せるセラフィーヌさんに、彼女にも色々と苦労があるのだろうなと思い至る。今でこそ女性冒険者の地位というか、そういうものは上がってきたとフィーリは話してくれたけれど、それでもまだ色々とあるのだろうなぁ。

 なんとなく沈黙してしまい微妙な空気が流れ始めた。


「あ、えっと、そういえばセシリアさんとセーナちゃんは元気ですか?」

「ああ……君には話してなかったな。二人は故郷に戻ると言って、七日前くらいに街を出たんだ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。たしか、姉が大事な役目につくからその手伝いをするとか言っていたな」


 ご家族のためならば仕方ない。でも、故郷へ戻ってしまったのか……。関わったのは少しだけだったけど、ちょっと寂しいな。


「まあ、彼女たちはエルフだから。またいつか、どこかで会えるさ」

「……そうですね」


 少し沈んでいた私を慰めるようにそう声を掛けてくれるセラフィーヌさん。初対面の時は少し冷たい感じのする美人さんだったけれど、こう声をかけてくれるところからも彼女の本質はあたたかくて思いやりのある優しいひとなのだと感じる。まだ長く付き合っているわけでもないし、数回会った程度だけれど。


「お、ミーフェ。迎えだぞ」

「え?あ、グランだ」


 手を振って呼びかけると、グランは明らかにほっとした様子でこちらへ向かってくる。先導してくれていたセラフィーヌさんは気を遣ってくれたのか、私の前から退いて彼から見えるようにしてくれた。


「ミーフェ……良かった。君の姿が見えなくなって、心配していたんだ」

「離れちゃっててごめんなさい」

「いいんだ、君が無事で良かった」


 ぎゅう、とグランに抱きしめられる。私が居るということを確認したいのだというのは分かっているので、私からもぎゅっと抱きつく。

 そうしてしばらく抱きしめあっていると、後ろから戸惑うような咳払いが聞こえてきた。


「んん、ごほんっ、年頃の女の子が簡単に触れられるのは良くないぞ。うん、良くない。そしてその子を抱きしめるグラン、君も良くない。君は結婚しているだろう」

「ふむ、確かに結婚しているが問題ない。私の妻は彼女だからな」

「………そうなのか?!あ、いや、あの時は気にする余裕がなかったが、確かに君はミーフェの家に居たな?!」


 私とグランの関係を聞いて、セラフィーヌさんは円を描くようにうろうろと歩き始めてしまった。確かに話しに聞いていた通り、特徴はあっているけど、いやいや……、というような呟きも聞こえる。

 私はグランと抱きしめあうのを止め、セラフィーヌさんを観察するが……どうやら随分と混乱しているらしい。


「まあその混乱が分からんわけでもないがな、セラフィーヌ。ああ見えてミーフェも成人している歳だし、グランだってあの性格だ。心配するようなことでもないだろう」

「それは、そうだが……。いや、そうだな。すまない、少し取り乱してしまって……。なんというか、まだ数回会っただけだが、ミーフェの事を妹のように思いはじめていたから、つい」


 隣に居たゼンがセラフィーヌを諭し、彼女も落ち着きを取り戻す。恥ずかしそうに謝罪をし、私を妹みたいに思っていた、と。出会いはあまり良くなかったけれど、私に対して親愛を抱いてくれていたということだろうか。それは、とても嬉しい。


「いえ、大丈夫です。それより、妹みたいに思ってくれているなんて嬉しいです」

「そ、そうか。妹と言うと子供扱いしているとよく言われていたんだが……」

「うーん、そういう風に見られるのが嫌なひともいますけど、私は気にしないので。妹でもなんでもいいですよ」

「心が広いというのかなんというか……いや、まあいいか。ひとまず、君には迎えが来たようだから案内はここまでだな。ゼンはどうするんだ?」


 妹扱いされるのは新鮮なので構わない、と言うと、セラフィーヌさんはなんだか安堵したような笑みを浮かべて、本来の目的だった案内についてゼンへと問いかける。

 まあ私はグランが来たから、フェイラスやフィーリと合流して街へ戻るし。案内は必要ないもんなぁ。


「依頼に必要なものは集まったから街へ戻る。セラフィーヌもどうせ戻るんだろ?そのまま一緒に行こうか」

「そうか。じゃあミーフェ、グラン、また」

「またなー」

「お気をつけてー」


 湖の入り口へ向かう二人に手を振って、さて、とグランを見上げる。


「フェイラスとフィーリのところに行かないとね」

「ああ、二人は必要な分が集まったからと先に街へ帰ったよ。あとはデートでもしているといい、と言って」

「そうなの?んー、それなら二人に甘えてデートしてから帰ろうか」


 せっかく二人が作ってくれた時間だし、と私はグランと手を繋いで、湖の周りを歩くことにした。たくさんの花を眺め、湖を覗き込み、他愛のない話をする。

 広い湖の外周を半分ほど歩いたところで少し疲れたので、休憩することにした。


「……あれ、グランなにしてるの?」

「ん、いや……」


 座って休み始めてからグランが何かをしているのに気付き、声をかけると言い淀むような言葉を返される。手元が見えないように少し背を向けて座っているので、そっと覗き込むと。


「……花冠?」

「っ、ミーフェ、いや、これは……」


 珍しく慌てているグランの手元には、摘んだ花を編んで作った花冠があった。すこしいびつに見えるけれど、花冠としての体裁は整っている。


「どうして花冠を……?」

「……花を採取しているときに、ふと思い浮かんで……。君に、似合うと……だが、こんないびつなものでは、君には……」


 グランはあまり手先が器用なほうではないし、花冠の作り方も戯れ程度に聞いていただけだろう。それなのに私のために頑張って花冠を作ってくれた。その心が嬉しくて、いろんな種類の白い花を使って編んでいるそれを、私はそっと彼の手から取って頭に乗せる。


「グラン、どう?あなたが思っていた通り、似合ってる?」

「ミーフェ……ああ、私が思っていた通りだ。君には、白が良く似合う」

「ふふ、ありがとう。こんなに素敵な花冠を作ってくれて。大事にするね」

「……ミーフェ」


 グランは私を抱き寄せ愛おしげに見つめる。手を伸ばして頬を撫でその指が唇に触れると、ゆっくりと口付けられた。啄ばむように何度も繰り返し、求めるように舌が入ってくるのに気付き、私はぐっと彼の胸板を押す。


「は……っ、ここ、そとだから……っ」

「……すまない」

「お、怒ってるわけじゃないよ?でも、その、いろいろ、ね?」

「そうだな。私が考えなしだった。続きは戻ってからにしようか」

「えっ、あ、うん……」


 なんとか口付けだけに留め、私たちは残りの外周の半分を歩いて入り口まで戻り、来た時と同じ整備されている道を通ってミルスマギナの街へ戻る。

 日が傾き始めた中、ギルドで依頼された花を渡し、報酬を貰って自宅へと辿り着く。

 その日の夜は言わずもがな、甘くて愛しい時間を過ごしたのでした。


 ちなみに。

 グランの作ってくれた花冠は私の部屋に、品質保存の魔法をかけて飾っている。後に彼が練習を重ねて、綺麗に作れるようになった花冠と交換されるまで。



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