第十話 はじまりの竜が望んだこと
グラン視点。彼の想いがどういうものかの話。
見渡すばかりの星の海、秩序なき混沌。グランヴァイルス―私が生まれて、最初に見た光景だ。
未だ世界としての形を固めない中で、私はゆっくりと自分という存在と感情を得ていった。そして、長い年月の中で自己を固めていった私は、私以外の生命体が見当たらないことに気付いた。
「……我以外は、生まれていないのか……?」
疑問を口に出し、私は他にも生命体が生まれていないか探しに行こうかと考えた。十二の翼を広げたところで、ふと思いついてしまった。
もし、自分以外だれもいなかったら?この広大な星の海を探して、生命体を見つけられなかったら?自分以外に存在していないのだと、わかってしまったら?
誰も存在しないのではないか、という思考が頭を埋め尽くし、胸の中で漠然と広がるその感覚に広げた翼が動かなくなる。そうして、私は広げた翼をたたんだ。
「まだ……そう、まだ生まれたばかりだ。じきに他の生命体も生まれる」
自身を納得させるように呟いて、私は目を閉じる。まだ『世界』と呼ばれるほど出来ていないのだから、いずれ他の生命体も生まれるだろう、と。いないのではなく、未だいないだけなのだと。
胸の中に広がる感覚を抱えたまま、私はまどろみへと落ちる。いつか、いつか、と。
そうして、どれだけの間まどろんでいただろうか。不意に何かの気配を感じ、私は目を開けた。
ぼやけた視界が次第に鮮明になり、その姿をはっきりと見る。星の海に広がる闇色の長い髪、輝くように美しい真紅の瞳を持つ女神が、私以外に生まれた生命体であった。
ミーフェリアスと名乗った彼女に、誰にも告げることのなかった名を教える。彼女は私の名を呟いて、とても嬉しそうに笑みを向けてくれた。
いつのまにか、胸の中に広がっていた感覚はなくなっていた。
*
ミーフェリアスと出会った私は彼女と共に世界を形作っていった。彼女と同じ神というものは、星の海からぽつぽつと生まれていたが、私と同種の生命体は幾ら待っても生まれることがなかった。
私も彼女のように同種が欲しいと考え、翼と尾を割いて作ったらとても怒られた。というのも、今ではまあまあ良い思い出である。
そんなことをしみじみと思い出しながら、私は彼女が言う竜の体から人に近い体へと作りかえる。彼女に触れられるように、抱きしめられるように、傍にいられるように。
「……ふむ。なんとか、上手くいったか」
雪のように白い鱗の色は髪の色に、体はほどほどに引き締まった男のものに。変わらない青い瞳で作り変えた体を見下ろし、感触を確かめる。
構造的におかしな場所もなく、力を高めれば翼を生やすことも出来るとわかり、私は安堵の息を零す。この姿ならきっと、大丈夫だ。
「ミーフェリアスは……神界の自室か」
この頃には神界、竜界、魔界、人界と四つに分かれて住み分けがなされていたが、それぞれの住む世界に明確な壁があるわけではなかった。人界は別だが、残りの三つは比較的自由に行き来が可能であった。
私はひとまず魔力で衣服を形成してから神界へ向かい、ミーフェリアスの自室へと足を運ぶ。彼女の自室は神界の中央に作られた建物の、一番奥にある。
幸いにも誰とも会わずにその場所まで辿り着けた。
「ミーフェリアス」
「あれ?あなたがここまで来るなんて……え、と……?」
開いていた扉から中へ入り、彼女に声を掛けた。振り向いた彼女は私の姿を見て、戸惑ったように視線を彷徨わせる。
「分からないのも無理はないが、私だ。グランヴァイルスだ」
「……あ、本当だ。ちゃんとグランヴァイルスの気配がする。え、でもどうして人型に……?」
不思議そうに首を傾げる彼女の手を取り、力を入れすぎないように注意して握る。彼女に触れられるだけだった私が、自らの手で触れている。あたたかくて柔らかい。
「ミーフェリアス。こうして君と同じ人の形を取ることが出来るようになった。この姿なら君と共に歩んでいける。傍にいられる。だから、恋人になって欲しい」
私の言葉を聞いて、ミーフェリアスはぽかんとしている。驚いたように見開かれている瞳には、私が読み取れるような感情は浮かんでいない。
どういうことだろうか。まさか私の想いを冗談だと思っているのだろうか? 今まで好意を明確に言葉として発していなかったような気がするし、それも有り得る。
「好きだ、ミーフェリアス。はじめて会ったあの時からずっと、君が好きだ。他の誰にも君を渡したくない。好きだ、君が好きなんだ」
「……え、と…ちょっと、待って……。グランヴァイルス、私のことが好きなの?友人としてとかじゃなく?」
「ああ、違う。初めに言っただろう、私の恋人になって欲しいと」
「こいびと……」
上手く飲み込めていなかったらしいミーフェリアスは、私の言葉を聞いてようやく理解したようだった。彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めながら、私を見上げる。
「私も、グランヴァイルスのこと好き……。私のことを大切に思ってくれているのは分かってたけど、私が感じている好きとは違うと思ってたから、うれしい……」
「っ、ミーフェリアス……!」
胸の内に湧き上がる感情のまま、ミーフェリアスを抱き寄せる。柔らかなその体をぎゅうぎゅうと抱きしめてから、はっとして彼女を離す。衝動のままに加減なく抱きしめてしまったのに気付き、彼女がどこか痛めていないかを確認する。
「すまない…加減を忘れていた……痛いところはないか?」
「ふふ、これでも女神なんだから大丈夫だよ。それよりも、グランヴァイルス。これからもよろしくね」
「……こちらこそよろしく。ミーフェリアス」
こうして私、グランヴァイルスはミーフェリアスと恋人になった。
ぬくもりに触れ、抱きしめ、私は私の終わりまで彼女を手離さないと心に固く誓った。
*
ふっと意識が浮上し、私は目を開ける。どうやらミーフェと恋人になった時の夢を見ていたようだ。
いつも私より早く起きているミーフェはまだ隣で眠っており、愛らしい寝顔を私に見せてくれている。少しの悪戯心で頬をつついてみても起きる気配はない。
「かわいいな……」
何度もぷにぷにと柔らかい頬に触れるだけでは足りず、私は彼女をそっと抱き寄せる。
「……ん、ぅ……?ぐら、ん……?」
抱き寄せられて意識が浮上したのか、ミーフェが目を開ける。まだぼんやりとしているから完全には目覚めていないようだ。
その様子が可愛くて、私は軽く口付けを落とす。
「おはよう、ミーフェ」
「ん……おは、よ、ぅ……」
ミ―フェはそう言ってちゅ、と口づけを返してくれたが、まだ眠そうだ。落ちるまぶたをなんとか上げている状態の彼女を見て、私はシーツを掛け直しぽんぽんとその背を優しく叩く。
「もう少し眠っているといい」
「……ん、でも……」
「大丈夫。おやすみ、ミーフェ」
ぽんぽん、と規則正しく背を叩けば、ミーフェはすぐに眠りへ落ちていった。
あどけない表情で眠る彼女の頬にも口付けを落とし、身支度を整えてそっと寝室を出る。
「ふむ……まずは裏庭の水遣りに行かないとな。その後に朝食をつくって、それからミーフェを起こすとしよう」
そう決めて裏庭に向かう途中に、ふと夢のことを思い出した。ただひとりで星の海にいた私が、まどろむ前に望んでいたことを。
「……これから先、私が望むのはミーフェリアスが傍にいてくれることだ」
まどろむ前に望んだことは寄り添うもの。たったひとりでいた私と共に生きてくれる存在。その望みは叶えられ、今ではミーフェリアスが傍にいる。
私の女神。私の番い。私の唯一の、この命を掛けられる存在。
「……あまり昔のことを思い出しても意味はないな。うん、水遣りにいこう」
私は首を振って夢の事を頭から追い出し、彼女の日課である裏庭の水遣りに向かう。その後は朝食をつくって、少しだけ彼女の寝顔を眺めてから起こそうと決め、じょうろを手にとった。




