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第零話 はじまり


 ―どうかこの世界を終わらせないでくれ。そして、願わくばお前が幸福であるように。

 憂いをおびた、優しい声がして私は目を開ける。


「……ここ、どこ?」


 私の視界に入るのは見渡すばかりの星の海。見覚えがないはずのこの場所を私は知っていた。

 星の海と呼ばれる場所。秩序なき混沌が広がるはじまりの世界。


「星の海……世界を、作る場所。うん、私がここにいる理由はこれかも」


 ここで目覚める以前の記憶は雑音が混じったように思い出せない。

 だが、私に前世があることや今生は女神として生まれたこと、世界を存続させるという目的があることは分かった。

 ほとんど何も分かってないかもしれないが、目的が分かれば十分だろう。


「んー、とりあえずちょっと移動してみようかな」


 もしかしたら私以外に誰かいるかも知れないと思い、浮遊するようにふわふわと当てもなく移動することにした。上下左右の感覚があまりないので進んでいるのか戻っているのかよく分からないけれど。

 きょろきょろと見回しながら浮いている私の目に、白い何かが見えた。


「なんだろう……ここまで何もなかったのに」


 近づくにつれ白いなにかは物凄く大きなものであることが分かる。私の何百倍にもなる巨大さはまるで山のようだ。

 私は触れられるほどの距離まで近づき、それが生き物であることに気付く。真っ白な鱗が巨体を覆う生き物は、自分以外がいることに気付いたのかその体をゆっくりと動かす。

 丸まっていたらしく、体を動かせば十二の翼と五つの尾が動く。そうしてようやくその顔がこちらを向き―私の目に青空が広がった。


「……汝、は……」


 驚いたような、戸惑ったような声が聞こえ、私ははっとする。いけない、つい綺麗な青い瞳に見惚れてしまったが、初対面なのだからきちんと挨拶しなければ。


「えと、はじめまして。私はミーフェリアス、女神をしています。あなたの名前を教えていただけますか?」

「名前……。我は……我は、グランヴァイルス、だ」

「グランヴァイルス……良い名前ですね。これからよろしくお願いしますね」


 にこりと笑みを向ければグランヴァイルスも笑ったような気配がした。ひとまず敵対されることはないようだとホッとし、まず何から話したものかと彼の青い瞳を見つめた。


 *


 それから、たくさんの時間が流れた。星の海に私たち以外の存在が生まれ、大地を作り、人間が歴史を作るほどの時間が。

 色々と思い出す中で、グランヴァイルスことグランとはじめて会った時のことを思い返す。大きくて近付くのが難しかったり、知識の差異があったりと打ち解けるまで時間がかかったが、今では私の最愛の恋人だ。

 うーむ、人生…神生?何があるか分からないものだ。


「―ミーフェ、少しいいか?君に渡したいものがあるんだが」

「うん?いいよー」


 そんなことをしみじみ考えていると、私たち神が暮らす神界にある私室にグランが訪ねてきた。入室を促せば、私の大きさに合わせた人型を取った彼が入ってくる。

 何やら包みを持っているようだけど、なんだろう?


「少し用事があって地上に行っていたんだが、その時に見つけてな」

「私に……?」


 差し出された包みを受け取って開けてみると、中には白雪色の髪紐が入っていた。


「髪紐……?」

「君に似合うと思って。それに、贈り物をしたこともなかったと思ってな」


 私の手の中にある髪紐を持って、彼は私の髪を手に取り綺麗に結んでくれる。頭の横、耳の上で揺れる白色に彼はとても満足そうに頷いた。


「やはり、よく似合うな。君には白が一番似合う」

「……ありがとうグラン。大切にするね」

「ああ、喜んでもらえて良かった」


 彼は人間や私たち神、同種の竜とも違う感覚を持っているから、こんな風に何かを贈るという行為をしてくれるのはとても珍しい。だから私はとても嬉しくて、この胸の内に溢れる想いをそのままにするなんて出来なかった。

 後日、今度は私がグランの住処である竜界を訪れ、私の瞳と同じ色の紅い髪紐を贈った。彼は少し驚いていたけれど、とても嬉しそうに紅い髪紐で雪色の長い髪をまとめてくれた。

 その日からずっと私の贈った紙紐を結んでいたので、気に入ってくれたみたい。ふふ、色々と悩んだから喜んでもらえてよかった。



 **


 ―私は、ずっとこんな平穏が、あたたかくて優しい幸せが、続くと思っていた。思っていたかった。



 まるで世界の終わりだ。

 見上げる空は赤く染まり、大地は灰と黒に染まり、世界には昼も夜もなくなった。

 太陽も月も沈まない赤い空を見上げ、私は一つ息を吐き出す。


「神も竜も魔も人も、多くが死んでしまった。……これ以上は、世界そのものが終わってしまう。滅んでしまう」


 これほどの死者を出す争いのきっかけは、いったいどこからもたらされたものだったか。それを正確に説明できるものはいないだろう。

 争いの理由が明確でなくとも、善き者たちと悪しき者たちがすべての世界を巻き込んで熾烈な戦いを繰り広げ、甚大な被害が出ている。だが、やめる気配も、止まる兆しも、止める手立てもない。

 いや、ないはずだった。


「……成功するかは分からないけど、もうこれしか方法がないかな…」


 そう呟いて秘密の場所へと向かう。私が力を使って戦禍が届かないように、彼に見つからないようにした場所。

 其処には身の丈の倍ほどある石柱が円状にそびえたち、内側には複雑な紋様の魔法陣が描かれている。

 誰にも教えていない、私しか知らないはずの場所に人影があった。


「……どうして」


 人影は私のよく知る人物で、生まれた時から隣にいて、恋仲であるグランだ。

 彼は私の戸惑うような問いには答えず、一歩ずつ近付いて来る。


「どうして此処が……誰も、あなたにも気付けないようにしたはずなのに」

「君の力で隠しているなら、私が気付かない訳がないだろう」


 彼の言葉にはわずかに怒りが滲んでいた。何に対して怒っているか、なんて明白だ。


「君は、何をしようとしている?この場所には驚くほど濃密な君の力が満ちている。これを、何に使うつもりだ」

「それは……」


 怒っている彼にどう説明すればいいか悩み、それ以上の言葉が出てこなかった。納得させて追い返すことも出来ないし、かといって私がしようとしている事を話しても頷くとは限らないし。


「ミーフェ。君は何をしようとしているんだ」


 私のすぐそばまで来たグランはじっと私を見下ろす。その青い瞳に心配の色が濃くなってきたのを見て、私はすべてを話すことにした。

 この争いを止められないと思い始めていたときから、ずっと考えていたことを。


「……この世界が滅びに向かっていることは、あなたも分かってるよね。神も人も竜も魔も、多くが消えて、悲しみが生まれてしまった」

「……ああ、そうだな。たくさん、消えてしまった」


 私が静かに話し始めると、彼は悲痛な表情を浮かべて悲しみに目を伏せる。仲の良かった子や慕ってくれていた神……そのほとんどがこの争いで消えてしまった。


「どうすればこの世界が、あの子たちの創った世界が、命が、滅びないか考えたの。ずっとずっと考えて……世界を分けようと思ったの」

「世界を、分ける…?」

「うん。この地上世界と私たちの世界を。簡単に干渉できないように、地上世界に行けないように結界を張るの」


 私たちの世界はそれなりに繋がっているから分けることは難しいけれど、地上世界―人間たちの世界はこうすれば魔からの干渉がなくなり、今以上の戦禍になることはないはずだ。

 ただ、これは地上世界を覆う結界を張らなければいけないことや地上から神へ信仰が届くようにしないといけないことなど、調整すべきことがたくさんある。


「……君がやろうとしている事は、一柱の神の力を越えている。それを、分かって言っているのか」

「分かってるよ。分かってて、やろうとしているの」

「……そうか。君の考えている事は分かった。なら私たちは君に力を貸そう」

「……え?私たち?」


 彼が片手を上げて合図をすると、それまで二人しか居なかったその場所に多くの人影が現れた。それは私や彼を慕ってくれている人、神、竜の子たちだ。いつのまに……。


「思い悩んでいた君を心配している者たちだ。これだけ居れば君の考えを達成できるのではないか?」

「……気付かれないようにって思ってたんだけどなぁ」


 私は苦笑を零して彼らを見つめる。心配そうにしているものや怒っているもの、やれやれといった表情を浮かべているものなど様々だ。


「……みんな、心配させてごめんなさい。私に、手を貸してくれる?」


 私の言葉に、その場に集まった全てのものが頷いてくれた。

 

 *


 私の作り出した場所は、人間種が多く住む世界の中心にある。ここが最も彼に見つかりにくくて、私の力を蓄えるのに良い場所だったからだ。

 まあ、彼には見つかってしまったが、私が力を行使する場所としては最適であるのに変わりない。

 全ての準備を整え、私と彼は魔法陣の中央に立つ。


「……はじめよう。愛しき世界を続かせるために」


 私の言葉に集まった者たちは頷いて、魔法陣へそれぞれの力を注ぎ込む。彼らの多種多様な力は色彩となり陣を輝かせる。

 幾つもの光が魔法陣で絶えず煌いている中、ばち、と弾くような音共に数人が陣の外へとはじき出された。


「なっ、これは……!」

「どうして……?!」


 弾き出された彼らが指定された位置に戻ることは叶わず、陣の内側に居る私を縋るような目で見つめる。

 ああ、やっぱり。もしかしたら、と思って直前に組み込んでおいてよかった。


「…この魔法陣はね、あなたたちの力が少なくなると強制的に弾くようにしてあるの。そうしないと、命を懸けて、魂を砕くまで、私に手を貸してしまうでしょう?それは、私が望んでいることじゃないから」


 私の言葉に彼らは何も言わない。私の言葉の通りの覚悟を持って手を貸していて、自分たちが消えてしまっても構わないと考えていたからだ。


「きゃぁっ」

「そんな……!」


 一人、また一人と陣の外へ弾き出されていく。そうして残ったのは、魔法陣の中央に居る私と彼だけだ。


「……平気?」

「ああ。まだ大丈夫だ」

「そっか。もう少しだけお願いね」

「もちろん」


 極彩色の光は魔法陣の中心に集まり、柱となってその部屋を、空を、空間を突き抜けていく。

 その光は彼女たちの純粋な力だ。あまりにも強力すぎたのか、私が用意した場所は崩れ、赤い空の下に晒された。

 大きな光の柱は争いを続けていた者達の注意を引いたが、行動を起こす前に全てが光に飲み込まれる。


「ううっ、どうなって……」

「光が、広がって……」

「……っお二人は、お二人は無事なのですか?!」


 光の洪水に飲まれて意識を保っていたのは私と共にそれを行った者達だけだが、さすがに目が慣れるまでは時間が掛かるだろう。彼らは不安そうに見えない辺りを見回している。

 私は急激に遠のき始める意識を保ちながら、張れたであろう結界を探った。


「……上手く、いったかな。世界は、分かたれたね……」

「そうだな……。すまない、少し……この姿を、保てそうにない……」


 いまはまだ不安定ではあるが、世界は結界によって分かたれたようだ。

 安心した私は意識を保てなくなって、彼へと寄りかかる。だが私を抱きとめる彼もまた、その身を保つことが出来なくなっていく。

 彼の人としての輪郭がぼやけ、人ではないものへ変わって行く。純白の鱗に覆われ、二対四枚の翼と一尾を持つ―竜の姿へと。


「……お疲れ様、ゆっくり休んで。私も、少し……」

「……ああ、おや……すみ……」


 私たち二人は目を閉じて、意識を失い、眠りの底へと落ちていった。



 *


 世界は四つに分かたれたている。

 善き神々や神の高みまで上り詰めた精霊、神獣などが存在する『神界』

 悪しき神々や破滅へ導く悪魔などが存在する『魔界』

 数多の竜種が住む、竜種の楽園『竜界』

 人間種が多く存在し多種多様な生命が生きる『人界』

 

 遠い昔、世界の黄昏と呼ばれた大戦の折に分かたれたとされている。

 善き神々を生み出した『はじまりの女神』と数多の竜を生み出した『はじまりの竜』が、神々と竜と人とで成した偉業である。

 世界を分かつ大規模な結界儀式は成功したが、それによって女神と竜は深い眠りに落ちることになった。

 


 幾千と時が経ち、あらゆるものの盛衰も幾度となく訪れた。

 そうして、神話の中でしか語られなくなったとある時代。


 ―はじまりの女神とはじまりの竜は、目覚めの時を迎える……。



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