つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
電車で一緒になった後輩が心なしか嬉しそうな件について「先輩は、おっちょこちょいです」
三月末。
高校の卒業式はだいぶ前に過ぎた。
電車に乗ると、知った制服を着た女の子がいた。
「おはようございます先輩」
「あれ、帆野夏」
「そうです。帆野夏です」
久々に元部活の後輩に会った。
「今日は……部活?」
「はい。部活ですよ部活」
「楽しくやってる?」
「やってますよー」
窓の外を見て帆野夏はのんびりと言った。
どこか、窓の外を流れる景色が速すぎると思ってるのかな、とそんな帆野夏を見て思った。
「……寄せ書きとマグカップ、ありがとな」
「あ、はいっ、ちゃんと使ってくださいねマグカップ」
「使ってるよ」
卒業式はごたごたしてて時間がなかった。
そんなことを予期してか、僕たちの代は、卒業式準備の日に、寄せ書きと名前入りのマグカップをもらった。
帆野夏からのメッセージも、水色のペンで書いてあった。
それを思い出しながら、僕は言った。
「帆野夏って字、綺麗だよね」
「そんなに綺麗じゃないですよ。先輩へのメッセージは、とってもとっても丁寧に書いたから綺麗なのです」
「そっか。ありがとう」
電車が揺れた。僕は帆野夏の捕まっているつり革の隣のつり革につかまった。
「先輩……は、あの、北海道に……」
「北海道? ああ、北海道の大学に行きたいって話したっけ?」
「はい」
「ああ、それで北海道が出てきたのな。ま、結局北海道には行かないよ」
「え、そうなんですか?」
「そう。落ちちゃったからな。後期で受けた地元の大学に行くよ。今日も、そこに入学手続き資料を出しに行くところなんだ」
僕はかばんから封筒を少し出して見せた。
「あ、そうだったんですね」
「部活でもおっちょこちょいキャラだった僕らしいよな」
帆野夏は一瞬、笑ってから封筒から慌てて外に目を移したように見えた。
僕も帆野夏と同じ方向を見る。
遠くを見ると景色の流れる速さは遅くなる。
当たり前だなあ。
そんな当たり前なことを帆野夏も考えているのだろうか、と帆野夏を見ると、やっぱり少し笑っている。
「先輩は、おっちょこちょいです」
「そうだな」
「でも、先輩は頑張りました。わたしも頑張ります」
「うん」
帆野夏はしっかりした後輩ってイメージだからすでに頑張ってると思うけど。
「……ふー」
何かを言いかけた帆野夏は、息をはいた。
少し沈黙の時間。電車は高架の上に登って速度を上げた。
速度は上がったけど、高いところを走ってるので、遠くまで見える景色はさらにゆっくり動く。
「ま、方面が一緒だしまた時々会えそうだな」
帆野夏の持ってるつり革がぴょこんと動いた。
「はい」
帆野夏は短くそう返した。
高架の上に造られた駅。
帆野夏の高校、そして僕がこの前までいた高校の最寄り駅だ。
「あ、じゃあ、降ります」
「うん、じゃあな」
ドアがリズミカルなメロディと共に開く。
その音に、後押しされたかのように、帆野夏は唐突に言った。
「先輩、また会いたいです」
「おお、飯でも行けたらいいな」
「は、はい喜んで」
少し慌ただしい会話と共に、帆野夏は他の何人かの乗客と共に降りた。
ドアが閉まる。
電車は発進し、また景色が流れ始めた。
ふと、カバンの中の封筒を眺めてみる。
この入学手続きの書類を書いていた時は、正直まだ第一志望の不合格を引きずっていた。
けれど。
僕はもう一度外を見てみる。
いつの間にか、降りる直前の帆野夏の笑顔が、頭の中を占めていることを自覚した。
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