第五話 金曜日 「用賀 しほり(ようが しおり)」
「お!!金木パイセン!!今日で一週間、皆勤賞だねっ!」
金木パイセンが遊びに来たり、喧嘩なんかもしちゃったり・・・いろいろあった一週間も、ついに週末金曜日だ。
金曜日っていいよね?あとちょっとで土日ってところが。あ、別に学校が嫌いなわけじゃないんだ。皆に会えるからむしろ好きな方。ただね。土日は土日で好きなんだよね。
「用賀 しほり(ようが しおり)」。しほりと書いてしおりと読む。歴史的仮名遣いってやつだね。
「一週間も参加したってことは、もうこれ正式に部員ってことでいいんだよね?初の男子部員ってのもなんだか嬉しいし頼もしい」
「・・・ごめんよ。ダンス部へ来るのは、多分・・・今日で最後だ」
「えぇっ?なんでなんで?」
「貴重なデータがたくさん集まった。いろんな意味でね。とても感謝しているよ」
「何それ、データとか言ってまた天才ぶって・・・つまんない。
そりゃ、あれだよ。パイセンが変なアプリでずるしてることとか、そのアプリをユリとミサに勝手に使ったこととか、そういうの・・・はっきり言って、怒ってるよ!!!
でもね、パイセンはここで一緒に踊っているときは、いつも熱心だった。本気だったよね?その姿勢を見ているから、そういうの一旦水に流そうと思ってるよ。
あと、パイセンのことちょっとかっこいいなとかも思ってたのに・・・残念」
「ありがとう。でもね。もう決めたんだ」
「そう・・・。それじゃ最後に6人で合わせて動画を撮ろうよ。このダンス部に一週間だけ在籍した幻のメンバーとして語り継いであげる」
「でも6人コンビネーションのダンスなんて作ってないだろ?」
「大丈夫、そんなの5人のやつをちょっとアレンジすればできるよ。パイセンは一回見れば全部覚えられるんでしょ?それなら楽勝だよ」
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シオ達は6人で踊った。
一糸乱れぬシンクロダンスに、個性豊かなソロパート、と思いきや、全てのソロパートに金木パイセンを入れて、パイセンは全員と2人パートを踊れるように構成した。軽快なステップ、豪快に腕を振ってジャンプ、キレのある動きもしなやかな動きもこの5日間で一緒に踊った全てが詰まった濃密な時間だった。
「気が変わったらまたいつでも遊びに来てね。金木パイセン!この動画はGチューブにあげておくから、見といてねっ!」
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部活あがり、練習部屋で一人になる。
「ここで待ってれば、必ず来るって思ってた」
部屋の真ん中で仁王立ち、傍らにスポンジで作られたバットのおもちゃを携えて、現れた金木パイセンへそう言った。
「・・・それは期待に添えた様でよかった。何か怒ってる?」
「怒るかどうかは、パイセンの返答次第だね。いろいろ話したいことがあって待ってた。
あ、その前に 最初に言わなきゃいけないことがあった・・・」
「??何だい?」
「皆はねこねこ日本史の劇場版を見に、映画館へ行ったよ。パイセンもそっちへ行ったら?」
「あ・・・ああ、それね。日本史もいいけど、歴史的仮名遣いをその名に持つシオちゃんの話を聞きたいな」
「うん、返しは100点だね。ありがとう。それじゃ、まずは、今日のダンス。どうだった?楽しかった・・・かな?」
「・・・とても有意義だった」
「・・・その有意義って言葉には楽しいって意味も入ってるのかな?」
「・・・」
「まぁ、いいか。5日間も一緒に踊ったんだから、そんなこと質問しなくても実はわかっているんだ。普通だったらさ、美女5人と5日も一緒に踊れたら、『一生忘れられない思い出になった』とかそういう感想をくれてもいいのに」
「・・・すまないね。全知全能になってからというもの、簡単には感情が起伏しなくなってしまった」
「そう・・・でもね。 シオは すごく楽しかった!
月曜日、ダンス教えるのってこんなに楽しいんだ、って思った。
女子部員ばかりの部活だったし、男子の前でカッコよく踊りたいとかそんな感情もあって、なんかドキドキしたんだよ。
火曜日、パイセンが突然うまくなって、びっくりした。うちの部も活動を始めてから半年、ちょっとマンネリしていた練習が、ピリッとした瞬間だった。皆悔しかったんだね。それがいい刺激になって皆結成当初みたいな本気を取り戻した感じがした。
水曜日、パイセンが変な踊りするから、皆で大爆笑したよね。
木曜日、後で聞いたけど、パイセンがユリに変なアプリを使ったこと。すごくイライラした。ユリが怒らないでっていうからそうしたけど、本当はすごく怒っていた。
金曜日、皆で踊った動画をGチューブにあげてみて、いいね がついたら、すごくうれしいよね。
すごく、すごく楽しかったんだよ」
一呼吸おいて続ける。
「だからさ、神様のアプリを世界に広めるのを、やめてほしい」
少しの間沈黙したのち、金木パイセンは答える。
「・・・このアプリは、君達からダンスの楽しさを奪ってしまうかもしれない。でもね。それと引き換えに、君達は全知全能となる。学力や技術力、あらゆる面で君達にとっても有益になると思うんだ。君達だけじゃない。人類は他者と比較されて落ち込むことはなくなる。まさに争いのない平等な世界だ。それとも、君一人のわがままで世界の平和をなかったことにするべきかい?君一人が幸せになれればほかの全てが不幸になっても構わないかい?」
「・・・わかってるよ。パイセンのやろうとしていることが、すごいことで、世界の平和につながるかもしれないことくらい、分かってる。でも・・・」
金木パイセンの正論に威圧されて言葉に詰まる。
「・・・シオは・・・世界の平和なんて・・・どうでもいい・・・。
シオが幸せになるためなら・・・ほかの誰かが不幸になっても・・・いいよ」
・・・・・・・・・・ ぽた・・・ぽた・・・。
あふれ出るものを必死にこらえながら続ける。
「ひどいよ。なんでこんなこと言わせるの!!!シオ、最低じゃん!!!こんなこと言いたくないよ!!! シオは、ただ夢を追いかけてるだけなのに!!!ダンスがうまくなりたいだけなのに!!!
もう怒った!!!パイセンなんて大っ嫌いだ!!!
くらえ!! シオのフルスイング!!!!」
バットのおもちゃを強く握り直し、殴り掛かかった。
パシッ!!!
金木パイセンは片手でそれを受け止める。
「ごめんよ。護身用に、10種類ほどの拳法をインストールしてある。武力行使はお勧めできない」
「パイセンだって世界一の天才高校生になるためには、すごく努力したはずでしょ!!苦しかったり悔しかったりをいくつも乗り越えてやっとそこまでたどり着いたんでしょ?そのアプリを使ったら、パイセンが努力している間、昼寝したり遊んだりしていた人たちが同じ天才になっちゃうんだよ!そんなの嫌でしょ?シオたちの気持ち、分かるはずだよ!!」
「すまない。さっきも言ったけど、全知全能になってから、悔しいとか苦しいという感情がどうも理解できなくなってきている」
「だったら、人間だったころの記憶を検索してみて!きっとそこに、悔しいも楽しいもあるはずだよ。人間は苦しいけど、全知全能より楽しいよ!!!」
「・・・夢というのは、残酷だね。人間を強制的に勤労させ、勝者と敗者を作り出す。敗北したものへは何の配慮もない。まさに世界へ争いを生み出す元凶だ。君達を苦しめる夢という不確かなものから、僕が解放してあげるよ。もう、決めたんだ。今度の日曜日、僕はこのアプリを使って世界を全知全能にする。君の涙もその時には止まる」
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金木パイセンは日曜にアプリを使うと言って帰っていった。
どうしよう。このままじゃ、シオたちの世界が、壊されてしまう。
泣いている場合じゃない。シオたちはこれから全知全能の神様と戦わなきゃならないのだから。
涙をぬぐうと、両頬をバシッとたたき、気合を入れて叫ぶ。
「よいしょぉぉーーー!!!」
叫び声は、夜空へ遠くこだました。
土曜日へ続く