第四話 木曜日 「紅羽 百合(くれは ゆり)」
「だって、これ以上大きく踊ったら、『シオ』にぶつかっちゃうでしょ?」
「別にぶつかったっていいよ!シオに気を使って小さく踊る『ユリ』のダンスなんて全然カッコ良くない!」
ワタシの名前は 紅羽 百合。そして、ワタシと言い争っているのが、ワタシの大親友 用賀 しほり(ようが しおり)。
そう、ワタシは今・・・大親友と喧嘩しちゃっている。
今日は前々から練習していた曲を5人で合わせてみた。練習場所がちょっと狭いこともあって、5人で踊るとギリギリなんだ。
ワタシのとなりで踊るのはモモとシオ、なんと2人とも身長170㎝。つまり手足が長くてダイナミックに踊るんだ。間に挟まれた私は、無意識だったけど・・・2人にぶつからない様にほんの少しだけ小さく踊った・・・かもしれない。
シオにはそれがとても気に入らなかったみたい。
全く・・・ワタシがうまく調整したからぶつからずに踊れたっていうのに・・・。
人の気遣いに気付きもしないで、堂々と指摘してくる・・・。
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いや、分かってるんだ。シオの言ったことは正しい。
ワタシ達がやってるのはダンスなんだ。表現することなんだ。流れ作業とか軍事演習なら、ぶつからない様にうまくかわすのは正解かもね。
でもダンスでは正解とは限らない。周りに気を使って表現力に制限をかけているようじゃ、見る人をあっと言わせるようなパフォーマンスはできないだろう。5人で踊ってるんだ。5人の中で一番目立ってやろう!くらいの気持ちでいかなければ、本気で踊っている皆にも失礼だ。分かってる。解っているんだぁ・・・本当は・・・。
シオとは小学校からの付き合いで、そのころから一緒にダンスもやっている。
気が強くて体も大きいシオは言いたいことはしっかりと口にする。
だから昔からよく喧嘩もしたよ。
性格的に争いごとが得意じゃなくて、ついつい譲ってしまうワタシが唯一本気で喧嘩できる相手なのかもしれない。
「・・・大丈夫かな? あの二人」
今日もしっかり出席している金木先輩がボソッと言ったのが聞こえた。
「あぁ、あれ?大丈夫や、これくらいいつものこと」
「はいはい、喧嘩しないの、それじゃもう一回行くよ!」
ユズに促されて、喧嘩は一旦中断、なんとなく気まずい気持ちのままダンス練習は再開された。
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集中できない。次は絶対文句言わせない!そんな感情もあって本気で踊ろうとしているのに・・・気まずい感情が胸の中に居座っていてなかなか離れない。
あっ・・・!!!
「ちょっと・・・ユリ・・・」
集中力を欠いたワタシのダンスは、ちょっとよろけて今度は本当にシオにぶつかってしまった。
「あ・・・あの ごめん ちょっとジュース買ってくる」
ワタシは逃げ出しちゃった・・・。
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「ユリちゃんちょっと待って!」
追いかけてきたのは・・・意外にも金木先輩だった。
「あ、金木先輩、ごめんね、なんだかみっともないところを見せちゃったね。でもワタシとシオはいつもこんな感じだから・・・心配しないで。 それと、流石に今はちょっと・・・ほっといて欲しいかな」
「まぁまぁ、そう言わないで、困った時こそ神様の出番だ。ちょっとこっちを向いてくれるかい?」
天才でイケメンでも空気は読めないのか・・・。あっちへ行ってもらおうと思って振り返った瞬間、目の前にスマホの画面をかざされた。
両目の視界全てが小刻みに光る虹色に浸食されていく、同時に聞いたこともない奇妙な音が不規則に脳内を駆け巡る。ワタシではない何かがワタシの脳内へ押し込まれていく・・・。
宙を見つめたまま立ち尽くしているワタシに金木先輩は言った。
「インストール完了だ。今、君の脳にシオちゃんのダンスをインストールした。喧嘩っていうものは相手の気持ちを理解できれば、解決できる」
・・・・あぁ・・・脳内でシオのダンスが再生される。ワタシの手、足、全身にそれらの情報が行きわたる。踊れる・・・。ワタシの大好きな、シオのダイナミックなダンスが今ワタシの中へ入ってきた。ワタシは今、やっと理解したんだ。シオの言っていたこと。言葉ではなく体で、いや心で分かった。
「金木先輩、ワタシ戻らなきゃ!」
「あぁ、それがいい」
走って戻る途中、声をかけられた。
「ユリ!!!」
シオだ。
「あの・・・えぇと・・・」
「「ごめんね」」
それは、ワタシ達二人の口から同時に発せられた。
「「フフッ・・・ははははっ」」
あまりにぴったり合ったのでなんだか笑えてしまった。
「ユリ、ごめんね。ちょっと強く言いすぎたかもしれない。でもね、シオはユリのダンスが大好きだから・・・だからユリが気を使って小さく踊るなんてすごく嫌だったの」
「こっちこそ、ごめんね。ワタシが小さく踊ったのなんて自分でも気づかないくらいの些細なこと。そんな小さなところまで見てくれてるのはシオだけだよ。ありがとう。ワタシもシオのダイナミックで元気なダンスが大好き。もう間違えない。だからみんなのところへ戻ろう」
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ワタシ達の連携に、今日も乱れはない。きれいに揃った動きの中にそれぞれの個性が光る。だだ、今日のダンスはいつもと違う。さっき指摘された箇所が確実に修正されていたからだ。無意識に小さく踊る姿はもうそこには無い。むしろ全員がいつもよりダイナミックさを増している。
ワタシ達はこうやって上達してきたんだ。
悔しかったり苦しかったり泣いてしまうこともあるのに、それでもダンスを「楽しい」と思えるのは、多分今日みたいな日があるからなんじゃないかな。
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「ユリちゃん、お疲れさま。いいダンスだったね」
部活あがり、一人になったワタシへ話しかけてきたのは・・・予想通り、金木先輩だ。
「あぁ、金木先輩。皆はパズドラの玉龍杯を観戦しに、eスポーツカフェへ行ったよ。先輩もそっちへ行ったら?」
「・・・・ダンス一辺倒なイメージが強かったんだけど、意外に皆、多趣味なんだね」
金木先輩が何しに来たのかは、皆から聞いてだいたい知ってる。
「話を聞きに来たんでしょ?全知全能の神様さん」
「お、そこまで伝わっているなら話が早いな。まずは率直に神様のアプリを実体験してみた感想なんか聞きたいな」
「うん、すごかった。シオのダンスが理解できたら、シオの気持ちが理解できた」
「気持ち・・・か。それは意外な回答だな。僕がデータを書き込んだのは脳なんだ。心という不確かな領域へアクセスするのは、科学的にはまだ難しい」
「そんなことないよ。ワタシは確かに心を動かされた。揺さぶられた。ワタシが勝負事が苦手だったり、周りに譲って前に出られないのは、ひとえに『自信』が無かったから。よく考えたらおかしな話だよね、ワタシのダンスはワタシにしか踊れないのに、誰かと比べて自信を無くしてた。シオのダンスを理解したことで、そんな簡単なことに改めて気づいたの。金木先輩、ありがとう。ちゃんとお礼が言えてなかったよね。だから今日はここで待ってたの。お礼を言うためにね。ワタシは自信を手に入れた。だからもうシオのダンスをアンインストールしてほしいんだ」
「・・・それは大丈夫、人間の脳は覚えたことを簡単に忘れる。つまりこのアプリも個人差はあるけどだいたい2日くらいで効果を失うよ。ただ、何でわざわざアンインストールしたいんだい?」
「それは、ワタシがこれからもみんなのライバルで居られるために必要なことなんだ。誰かの真似をしているうちは表現者として半人前。もちろん半人前の自覚はある。でもね、一人前を目指しているの。志しているの」
「そうか・・・それは残念だ。初めてこのアプリについて肯定的な意見をもらえたと思ったのに。結局は君もこのアプリを要らないのか・・・」
「先輩がこのアプリを世界へ広めようとしていることも聞いたよ。でもね。それはもうちょっと待ってほしいなぁ」
「なんでだい?このアプリがあれば学業や職業において落ちこぼれはいなくなる。全人類が等しく天才なんだ。それならいじめや貧富の差など社会のいろいろな問題も解決できるかもしれない」
「先輩はすごいね。本当にすごい。もし本当に社会のいろいろな問題を解決できたら、それは本当に素晴らしいことだと思う」
「だろ!やっとこのアプリを肯定してくれる人に会えたよ」
「でもね。もう少し待ってほしいんだ」
「??なぜ??」
「先輩は今日で4日間もワタシ達とダンスしてきたよね。どうだった?踊ってみて楽しかった?ワタシ達のダンスを見て、楽しかった?」
「・・・・・・」
「だよね。先輩は、ダンスを全く楽しんでいない。それが本当に悔しいんだ。ワタシ達の全力のパフォーマンスが4日も一緒に踊っている人にすら届かない。先輩がそのアプリを世界に広めると、たぶんしばらくの間はダンスがつまらない時代が来てしまう。そうなる前に、何とかして先輩にダンスを楽しいと思わせたいんだ」
一呼吸おいて続ける。
「もし、そうすることができれば、先輩はそのアプリを世界に広めるのを・・・やめるかもしれない」
「なぜそう思うんだい?」
「だって、ダンスが楽しいと思っている人が、ダンスをつまらなくするようなことをするわけがないでしょ?多分もう少し、もう少し時間があれば先輩にダンスを楽しいって言わせて見せる。世界を変えるのは神様の仕事とは限らない。ちょっと待っててくれれば、ワタシ達のダンスが先輩の世界をもっと楽しいものに変えるかもしれないよ
だから、
この紅羽百合を、もうちょっとだけ 待ってて お・ク・レ・ハ (^▽^)/ 」
・・・自信を手に入れたという言葉には、偽りはないようだ。・・・控えめな印象から一変、攻めてきたね。
金曜日へ続く