第三話 水曜日 「桃井 りんね(ももい りんね)」
「さて、それじゃダンスバトル始めるで~」
あたしは 桃井 りんね(ももい りんね)。
ミカヅキ君とは、実は幼馴染やね。ちょっと前まで兵庫に住んでてな。隣の家のかっこいいお兄ちゃんがミカヅキ君やったね。ミカヅキ君は幼少期からすでに天才で運動もできて、よく大人に褒められとった。
あたしが東京へ来たのは親の仕事の都合。東京へ引っ越してきて、ミカヅキ君とは離れ離れになったかと思ったら、なんかミカヅキ君もこっちへ来た。なんでも世界一の天才高校生ともなると、大学が研究をサポートしてくれるんやと。そんで前々から声がかかっていた東京の大学に世話になることにしたんやと。
そんな訳で、ミカヅキ君とは長い付き合いだ。腐れ縁といってもええね。
そういえば、ミカヅキ君は関西弁を使ってへんやろ。ミカヅキ君、東京に来たら関西弁をサクッと捨てて標準語になってしまった。東京の人達と話すんは、標準語の方が都合がよいと考えたのかもしれんね。あたしもこっちに来てから少しずつ関西弁が抜けてきて標準語と半々くらいになってきた気がする。
ミカヅキ君とは小さいころからいろいろ遊んでるけど、彼がダンスに興味を持ったことは、確か・・・一度もなかった。
だから彼がこの部活へ遊びに来たんはほんまにびっくりやった。
ダンスに興味ないもんがダンス部に来る理由ってなんやろ?
もしかして・・・ダンス部に気になる子でもおるんやろか???
そういえば、昨日も一昨日もうちのメンバーと何やら密会しとったみたいやけど。
いくらイケメンで天才だろうと、うちの子らに手ぇ出したとあったら、ただじゃおけんね。
まぁ、今日あたり一言いってやろう。
そういえば、ミカヅキ君はイケメンやし天才やから昔からモテてたけど・・・特定の誰かとくっついたとかって話は・・・これも聞いたことない。なんでやろか?
「ルールは簡単、あたし達5人が一人1回ずつダンスする。持ち時間は約1分、多少前後しても特にペナルティはなし。ミカヅキ君はあたし達のダンスの後に各1回の、合計5回ダンスを踊る。それ以外はなんでもあり」
簡単な説明の後、
「まずは、あたしからやね」
あたしの武器は、手足の長さとしなやかさ。女の子にしては高身長の170cmから繰り出される手足の動きは表現力において威力を発揮する。軽快なリズムに合わせて踊るのはヒップホップ。ストリートダンスとしては超絶メジャーなジャンルやね。
約1分の持ち時間で持てるステップの限りを繰り出し、フィニッシュはカッコよくポーズ!!!
「行くよ、りんね」
ミカヅキ君が最初のバトルに選んだのは・・・ロックだ。
激しい動きから突然ピタッと止まるところがまるでロックされたように見えるところから『鍵』という意味のロックと呼ばれるこのダンスもストリートダンスでは定番だ。鍵をひねるような手首の動きも印象的だ。なるほど・・・しっかり勉強してきたようやね。
小刻みなフットワークの後にこちらへ向けてポイント。指差しによる挑発だ。
なかなかやるやない!ミカヅキ君。
あたしらのメンバーはその後続けて ヒップホップを主軸にロック、ジャズ、テクノ、アクロバットなんかもちょっと交えてダンスを披露。
対するミカヅキ君は ロックで始まってからの2戦目は「アニメーション」つまりロボットダンスやね。なかなかマニアックなところを突いてくるやないか。理系人間のミカヅキ君にロボットダンスというのはなんだかとてもよく似合っているように見えた。
3戦目には「ブレイク」 ブレイクって言ったらダンスの中でもかなりの難易度、言ってしまえば曲芸に近いジャンル。ウィンドミル、ヘッドスピンなど圧巻のパフォーマンスを見せつけられた。
やばいと思った4戦目、ミカヅキ君の選んだジャンルは・・・・
あたし達全員が一瞬キョトンとした。・・・これは・・・阿波踊りだ!
確かに・・・ストリートダンスではある。ジャパニーズストリートダンスだ。何でもありのルールだけど・・・なんでここでそれを選ぶんや?ただ、最近の阿波踊りは流派にもよるが、結構カッコいいストリートダンスになっている。ミカヅキ君もその手のタイプの今風の阿波ダンスを入れてきた。
そして、最後の5戦目・・・これは・・・多分初めて見るタイプのダンス。
「・・・あのミカヅキ君、これは・・・何???」
「日本舞踊だ。いろいろなダンスのデータを見てきたが、中でも個性的なものをピックアップしてみた。どうだい?」
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部活が終わってから、あたしは ミカヅキ君と一緒に近所のローソンへアメージングチョコモ~モ~THE SECONDを飲みに来ていた。
「いやぁ、しかし、あそこで日舞は無いやろ、ミカヅキ君」
最後のダンスは皆で爆笑してしまった。日本舞踊をちゃんと見たことはないけど、あまりに綺麗にコピーしてきたので、それが逆におかしくてしょうがなかった。
「そうなのか?僕にはダンスのジャンルってのが今いち解らない。僕から見たら全部音に合わせた体の座標更新の繰り返しなんだ。だからできるだけ個性的なやつを選んでみた」
「そりゃ、ダンスやっとらん人から見て、ロックとヒップホップの違いは判らんと思うで。でも日舞は違いすぎるやろ。違いすぎてダンスバトルには向いてないって感覚的に分らんかなぁ」
「いや、全然判らないよ。そして、結局勝敗についてはどうなったんだい?」
「勝ち負けの判断ができんような原因作ったんは間違いなくミカヅキ君やで。ミカヅキ君が変なことするから、どっちが勝ちかよう判らんくなってしもうたんやないか。まぁ、ダンスバトルって勝負がつかへんことはよくあるんやで」
「そうなのか?」
「勝敗なんて関係ないねん。相手のダンスがカッコよかったら、そこは褒めたたえるのがスポーツマンシップやな。勝負がつかなかったらそん時は、お互いハイタッチでたたえあっておしまいや」
「それでいいんだ・・・。バトルなのに?」
「そんなもんや、ダンスってのは結局エンターテイメント。勝つか負けるかより、楽しいかどうかや」
「なるほど・・・りんねも他の皆に負けない立派なダンス論を持っているんだね」
「あ、それやそれ、ミカヅキ君、たしかダンスに興味は無かったはずやろ?それが一体どういう風の吹き回しや?突然現れたと思ったら、昨日も一昨日も何やら怪しい動きをしとる様やない?」
「怪しいってのはちょっと人聞きが悪いな。皆のダンス論を聞かせてもらっていただけだよ。やましいことはこれっぽっちもない」
「へぇ、ミサとユズとは初対面やよね?幼馴染のあたしは3番手ってのはとても光栄やわ」
「まぁそう言うなよ。僕はこう見えて君のことをとても大切に思っている。ダンス部に来たのも君がいたからだ」
「はいはい、そういうことにしときます。で、いったい何を企んでるん?本気でダンスに目覚めたってわけやないんやろ?」
「あぁ、残念ながらダンスに目覚めた訳じゃない。神様のアプリの話、覚えてる?」
ミカヅキ君は昨日と一昨日にミサとユズに話した内容をゆっくりと語ってきた。
「ははは・・・なるほどねぇそりゃぁ二人とも怒るやろ」
「なんでなんだい?君達だって科学の進歩に多大なる恩恵を受けているだろ?また一つ科学は進歩する。もう願うだけで夢は叶う。そんな未来にたどり着くんだよ」
『夢は叶う 願い続けていれば いつかきっと 必ず』
「あたしたちは確かにそんな感じの歌とか物語とかが好きやね。ただし、この言葉の意味を勘違いしてもらっちゃぁ困るんよ」
「勘違い?」
「そう、勘違いや。ミカヅキ君は勘違いしとる。 ミカヅキ君、君は勘違い野郎や」
・・・大事なことなので3回言った。
「願い続けるってのは、心の中で思ってるだけで何もしない。っていうのとは違うんや」
「どういう事?」
「アフリカには『祈るなら行動もしろ』っていう意味の諺があるらしいで。つまり願い続けるってのは夢に向かってしっかり行動もするってことやね。ダンスの練習をやり続ける。この行為はとても強い気持ちが必要なんや。できないことをできるって言えるようになるまで悔しくても苦しくてもやめない強い心。これのことを言っとるんや」
一呼吸おいて続ける。
「神様のアプリなんて嘘や。あたしの知る限り、祈っただけで願いを叶えてくれるような奇特な神様は世界中のどこの宗教にもおらんね。願いを叶えるためには、お布施が必要だったり、厳しい修行を課されたり、日ごろの行いがよいことを条件にするタイプもあるな。つまり、そのアプリも神様とか言うといてきっと何かある。封印されとったのがその証拠やね。誰かが良くないと思ったから封印したんや」
「科学教の神様は違うよ。神を信じる者も信じない者も等しく救済し、未来を明るく照らす。ご利益はとても目に見えやすく、理解しやすい。君達が夜を明るく暖かく過ごせるのもその一つ。そして、ここから先はもう祈る必要すらない。人々が願うであろうことを先回りして事前に叶えておくことができる。君達はこの技術への理解が曖昧なだけ。使ってみれば、きっとすぐに分かる、判る、解る」
ミカヅキ君も3回言ってきた。きっとこれはミカヅキ君にとってとても大事なことなのだろう。
「20時23分17秒。現在の時刻だ。
時計アプリを脳にインストールした。時計を見なくても現在時刻が秒単位でいつでもわかる。アラーム機能も付いている。人々は寝坊することがなくなる。
カレンダーもインストールしてある。君の今年の誕生日は『先負』だね。人々は予定をすっぽかすことがなくなる。
地図アプリもインストールした。ここから君の家まで最短ルート1.2㎞。徒歩なら14分で帰れる。人々は道に迷うことがなくなる。
体重50kgの人間が14分のウォーキングにより消費するカロリーは約23.3kcal。ごはんで言えば多めに一口で回収できる。人々は太ることも痩せることもなく健康体重を当たり前に維持できる。
ダンスだけじゃないんだ。人々の願いはもう、叶っている」
ミカヅキ君はまるで自分が神様になったとでも言わんばかりだ。
「それじゃまるで、全知全能な神様みたいやね。科学って神とか悪魔とかそういうもの信じてへんのじゃなかった?」
「長い間空席だった科学教の神様は今、降臨したんだよ。宗教があるというのはとても良いことだ。全ての悩みから解放される」
「・・・科学者が一番言わなそうな言葉やね・・・。
君、本当にミカヅキ君だよね?」
「あぁ、僕は君の幼馴染の金木水火月だ。ただちょっと、全知全能なだけ」
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ミカヅキ君と別れて1.2㎞の帰り道をとぼとぼと歩いていた。
この速度だと14分では帰れんね。
ミカヅキ君は、変なアプリのせいで変わってしまった。
いったい何が起きたんや?
「・・・・・・これは、ミステリーです」
なんか・・・そんなことを独り言。
木曜日へ続く