カリフォルニア1969
2020-08-08「Pixiv」にて投稿した作品を転載する。
今や銃器は、なくてはならないものとして存在している。
学校までの通学の電車の中で、僕は頭に空っぽの酒瓶を載せた男に遭った。
朝っぱら、しかも寝不足で、頭蓋骨にドリルをぶち込まれるような痛みがあったが、やらなければならないことなので致し方ない。
空っぽの酒瓶の男に向けて、背負っていたカラシニコフを下ろす。もっと上の「クラス」ともなれば、ワルサーやらH&Kやら、一昔前のシューティングゲームで人気のものも扱えるようになるらしい。
けれど基本的に、銃器を担う人間にとってはカラシニコフが一般的だった。
紛争地帯で活躍する、安価なベストセラーと呼ばれたこの銃は、今や平和の象徴だ。軍隊とも異なる、戦いを想定しない秩序の中では、特に。
酒瓶の男はこちらに気づいているのか、はたまたどうでもいいと思っているのか、ぼんやりと壁にもたれて立っている。頭に空の酒瓶を載せていること以外、普通の人間だ。
でも普通ではない。空の酒瓶だからだ。
周囲に被害を与えないようにしつつ突撃銃を発砲するのは、並大抵の作業ではないと思う。少なくとも僕にとってはそうだ。
シューティングゲームの敵ならば、フルオートでぶっ放してもなお敵が押し寄せてくるかもしれないが、普通、人間は撃てば死ぬ。至近距離から突撃銃を三発喰らって死なないとなると、人間かどうかを疑うところから始める必要がある。
そんなわけで、他の乗客の迷惑にならないように気を付けて、構える。
初めての時、目を瞑って引き金を引こうとして、指の力ではびくともしなかった。中指と薬指を押し込むようにしてみると、今度はがっちり指に食い込み、火薬の臭い、次々と吐き出される薬莢、そしてマズルフラッシュとが合わさってしっちゃかめっちゃかになりパニくった。
あれほど重たく感じた銃身すら反動で持ち上がり、ターゲットの正中線を沿うようにして天井にまで風穴を空けた。ため息交じりに手本を見せた講師の、銀色のルガーが輝いていたのを思い出す。
その時のことを思い出したわけでもないけれど、いつも以上に引き金に気を付けた。けれど、無意識に憂さ晴らしを求めていたのか、指を離すのが遅れた。
酒瓶の男は壁に叩きつけられ、弾けた。初めから何もなかったかのように煙と共に失せ、支えを失った空の酒瓶が床に落ちて割れた。それが代わりの断末魔だったのかもしれない。
学校で、クラスメイトに会った。
誤解を招く表現かもしれないが、何となくいつもと違う気がして、ああ、自分は今学校に来ているんだな、とようやく実感した。
彼女はセーラー服のスカートの上からガンマンのようなベルトを巻き、ホルスターを二つ、左右に備えていた。
彼女は鼻歌交じりに、竹刀入れじみたバッグからバカにでかい狙撃銃を取り出した。隣の席に座る人間のことなど構わず、机からはみ出した自分の相棒を嬉々として愛撫していた。
「楽しそうだね」
もちろん、という返事。
「報酬が入って、この子にも色々と特注の整備ができるようになったから」
そう言って持ち上げた銃身が僕の顎を蹴り上げた。ひっくり返った僕を見て、彼女がけらけらと笑った。
例え銃が日常に溶け込んだとして、教育制度が変わることはない。なんせ戦争を経ても制度そのものが揺るぐことがなかった傑物だ。
僕らは昔の大人たちと同じように人生をなぞる。現国、数学、生物、世界史、倫理に英語。
真面目に聞いている人間もいる。寝ている人間もいる。授業妨害に精を出す人間もいて、違う教科の『自主勉強』を行う人間もいる。
そして教師たちはそんな生徒たちに、読経のような教科書の音読を聞かせる。僕は一応教科書に目を通しているが、一向に頭に入ってこない。紀元前だとか南北朝時代とか、そんな昔のことがよくわかるものだと思う。
それはあくまでも僕個人の意見だ。同意する人間もいれば、現代の学者たちの努力を讃える人間もいるかもしれない。
しかしながら、ただ一つ。ここに共通認識がある。
それは、仮に覚えたところで実生活ではまったく役に立たないということだ。
三年間かけて社会で全く使わない知識を丸暗記して、その記憶もやがて実生活によって埋没していく。贅沢な無駄遣いだ。
そんなことをぼうっと考えていると、僕は自分が、この場からどんどん離れていくような錯覚を覚える。何も考えられなくなり、教科書の文字が抽象的な形として浮かび上がり、自分の頭に蜘蛛の巣が張り、自分が空洞になっていく気がする。
目の前で起きている授業こそが、非現実的に思えてくる。
席が後ろということもあって、教室全体を見渡す。皆が地平線の彼方へ、教室ごと消えてしまったのに、隣の彼女だけが僕と仲良く座っている。
彼女は「ロンドン橋落ちた」の鼻歌を歌いながら、自分の机に立てかけていた狙撃銃の銃口を握った。引っ張り上げるようにして宙に浮かせたそれを、キャッチして構える。
銃口が、僕の方に向けられた。
吸い込まれるようにして彼女を見つめる。狙撃銃特有の長い銃身がこちらに突きつけられていて、僕はそこから発射されるであろう銃弾に刻まれるライフリング・マークが見えるような気がした。
そして、彼女の視点から、僕自身を見つめる。多分ぼんやりと銃を見つめている僕の顔を。
銃声が響き、沈黙が下りた。
全員が起こった出来事を目視し、そして元凶を振り返った。全員の予想通り、彼女の銃口から煙が立ち上っていて、彼女は達成感に満足げな顔をしている。
彼女は振り向きざま、教師の胸をぶち抜いていた。
たたらを踏み、けれども体重を支えるだけのエネルギーを奪われていた教師は、そのままポン、と花火と共に爆発し、彼の頭の上にあったであろう空の酒瓶がゆっくりと落下して、教壇の上で砕けた。
担任が消えてしまったので、午後の授業は自習になった。早々に自分の学習に見切りをつけた僕らは屋上にいた。いわゆる「狙撃ポイント」としては絶好の場所だ。
「これ」
投げ渡されたのは双眼鏡だった。標的を探せとでも言いたいのだろう。
だが、よくよく考えれば、住宅街はそれ自体が遮蔽物になっていて、見渡したところで獲物を見かけることもない。
「クリア?」
自分でも間の抜けた声が漏れた。彼女は銃を下げると、小さくため息をついた。
「せっかく、追加報酬がもらえると思ったのに」
「追加報酬?」
「ほら、担任の分と、それにプラスで」
彼女は尻もちをつくようにして座ると、足を投げ出した。
「何なら、学校側にせびってみたらどうだい? 口止め料代わりに」
「ナイスアイデア」
そう言って、彼女は笑った。
僕は、特に理由もなく持ってきたカラシニコフを傍に置き、ぼんやりと考える。
何のために、僕らは空の酒瓶を載せた人間を殺しているのか。
そのまま疑問として伝える。彼女は小さく肩をすくめる。
「スイスの鳩時計でも買ってあげよっか?」
「はい?」
「昔の映画」
そう言われてもさっぱりわからない。どんな映画かと問えば、彼女は肩をすくめて覚えていない、と答えた。
「モノクロの映画で、二人の男が観覧車に乗るの。そして一人が、『もしここから見える人間、点のように見える人間を一人殺せば、大金をもらえるとしたらどうか? いちいち理由を考えるか?』みたいな疑問を投げかけるってわけよ」
それが現実になっただけ、と彼女は言って、スコープ越しに標的を探し始めた。
撃った空の酒瓶の人間は消える。銃は一部の人間に匿名のまま送られてくる。自動車学校ならぬ訓練所で、三か月指導される。
空の酒瓶の人間については、誰も教えてくれない。標的としてだけ教わる。
銃を持った人間は、その人間たちを始末するように言われる。人数をカウントされ、報酬は電子マネーとして個人アカウントに振り込まれる。
すべては匿名のまま、秘密のままに終わる。
確かに彼女の言うとおりだ。
銃という特権。莫大な報酬をもらえる特権。
何より、撃っても相手は煙のように消えるだけだ。
手元のカラシニコフに視線を落とす。
最初に送られてくるのがハンドガンではなく突撃銃なのは、自殺に使わないようにという配慮なのだろうか――その後の人生も安泰になるだけの報酬を得る可能性を蹴る人間が、そう多いとも思えないが。
むしろ、憂さ晴らしで一般人まで撃とうとする人間が出てくる脅威の方が、よほど深刻なものに思えてくる。
けれど、そんな話は聞いたことがない。
仕組みそのものがよくわからないことと同じで、誰も疑問を持っていないのかもしれない。
あるいはみんな、『ペナルティ』を恐れているのかもしれない。普通の人間を撃つことで、被害を発生させて、特権を失うことを。
銃を持てるという特権、
合法的に撃てる特権、
報酬を得られるという特権。
「でも、気になるっていうのが人情じゃないのかな」
僕は問う――同じ訓練を受け、同じように銃を持っていて、同じ特権を享受する彼女に。
彼女は小さく肩をすくめた。呆れた、と言わんばかり。
「だったら、誰か撃ってみたら? 空の酒瓶を載せてない、普通の人間を」
その時、学校中にチャイムが鳴り響いた。それを待っていたかのように、生徒たちが下校していくのがわかる。
何となく僕は、カラシニコフを引き寄せた。屋上の縁へと近づいて、突撃銃で狙撃を試みる。
弾がバラつくとかいう悪評のある、この銃で。観覧車からと違って点に見えない、無数の「動く標的」を。
「誰を狙う?」
彼女は面白そうに囁く。僕の隣で同じようにグラウンドを見下ろしながら。
僕は彼女の頭に空の酒瓶がないのを確認して、ゼロ距離からぶっ放した。
彼女は信じられないという表情で、銃弾を受けた。しかしその表情も一瞬のことで、全身を穴だらけにする銃弾の嵐に、少しずつ体が後ろへと下がっていく。僕に向けて伸ばされた手は、届くこともなく届かぬ距離へと彼女自身の体を運んでいき、体を支えられなくなった彼女はそのまま地面に倒れた。
銃が間抜けな音を立て、薬室も弾倉も空だと告げる。撃ち尽くした後、無意識に引き金をもう一度引いていたらしい。撃針が舌打ちのように虚しく響く。
彼女は倒れた。空の酒瓶たちと違って、彼女は消えることもなく、その場に横たわっていた。その場に倒れ、自分が存在していることを証明している。自らの死によってだ。
そんな彼女とは真逆で、僕は自分こそ空っぽのような気がした。自分がここに立っていて、存在しているという事実そのものが、不自然な現実として僕を襲っていた。
次の瞬間、彼女の体はテープを巻き戻したように、あるいはばねのように勢いよく飛びあがった。
再び自分の足でコンクリートを踏みしめた彼女は、狂喜に目を輝かせていた。
「やった! とうとう、やった!」
彼女は僕の手を取り、ぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいる。幻覚のような光景に後ずさりしかけた僕を、彼女はしっかりと握って離さない。
「ほら、見てみて!」
彼女はそう言って指差す。今まさに下校しようとする、無数の生徒たちを。
僕はあっと息を呑み、反射的に、自分の喉に手を伸ばしていた。
「ようこそ! 現実の世界へ」
生徒たちはみな、頭に空の酒瓶を載せていた。
反射的に頭に手を伸ばす。
僕の手は空を切った。彼女の頭と同じように、そこには何もなかった。