No.5 人が人を見捨てるとき
「一人の人間を置いていけ、だと?」
「いやな、私も封印が解けたばかりで力が足りないのだ。一人には私の糧となってもらう」
吸血鬼の吸血行為は目に余る残酷さがあると聞く。
その上運が悪ければ、血を吸われた人は血の従者にされてしまい、憎き宿敵と生涯を共にしなければならなくなるという。
ましてや吸血鬼がどんな魔物なのか、などという認識が古書でしか知り得ない俺たちには未知の輩でしかなく、ただただひたすらに恐ろしい。
そうなれば、誰も『仲間を救った英雄』なんて肩書きにとらわれることなく逃げ出すだろう。
「……ハ、ハハッ……俺たちはラッキーだな。ここにはちょうどお誂え向きの奴がいるじゃねぇか」
グレゴリーが独り言のように呟く。
アッシュも流されるままに淡々と答えた。
「そ、そうですね……。我々四人に比べ、需要のないシュウさんはうってつけの人選かと……」
「ほ、本気ですか……?」
「否定するんですか?ならあなたに、それ以上の名案があるとでも……?」
「そ、それは……」
それだけ言うと申し訳なさそうに、でもはっきりとカルラは俺を見据えた。
「……お前たちはそれでいいのか?」
「そう思っていなければ、こんなことは言わねぇよ」
「そうですね」
「………………」
少し前までまとまりのなかったパーティーとは思えない団結力だ。人間のクズとはこのことだ。
そうこうしているうちに四人は、さながら嘘つきが嘘と真が分からなくなるように、俺を見捨てる決意を強めていった。
「シュウ。俺はもとより、この攻略でお前がそれなりの活躍をしなければ、パーティーを追放すると決めていた」
「……そうか」
これまでの会話が聞こえていないつもりだったのだろうか。
……耳にタコができるほど丸聞こえだったっつうの。
だが、なぜそれを今?
「だがな、逆説的に考えろ。お前は活躍さえすれば追放されないわけだ」
「……そうだな」
話が見えない。
「そうだろう?だがお前の活躍の場は後にも先にも今しかない」
「………………」
なるほど、話が見えた。ステータスの視覚がカンストであるくらい見えた。
アーサーは仮にもパーティーリーダーという立ち位置なわけで、代表挨拶的な感覚で穏便な解決を求めてくれたのかと思っていたのだが……。
……どうにも違ったらしい。
お前もかよっ!どこかにいないのかよ!俺の味方は!
だが命がかかっているわけだし当然か……。やっとのこと手に入れた名声を捨てたくない気持ちは……まあ、分からなくもない。
自己中心的に発言するなら、『なぜここまで利己的な奴が集まったのか』という疑問は拭えないが。
「どうだ?決まったか?私としては、そこに突っ立っておる非力そうな奴がいいのだが?」
またもや視線が集まる。今日一日で何度目だろう。
「……ほら、ご指名だぜ?シュウ」
「良かったじゃないですか。女性からの申し出を断るべきではないですよ」
「あの……すみません」
「……みんなのためだ、シュウ」
アーサーが背中を押して、俺は数メートル吹っ飛ばされる。
「クククッ、人間の別れの挨拶とは洒落たものだな」
いったいどこに『オシャレ度』があるというのか……。
改まってアーサーは吸血鬼に頭を下げる。
「我々のような下等な者などに取り引きを持ちかけていただき感謝します。取り引き物の彼はシュウという名です。……では……」
「うむ、交渉成立だな。では、扉を開いてやろう」
「……御心に感謝します」
その言葉を合図に高さ約5メートルはあるであろう分厚く頑丈な二枚扉の双方が軋みを上げて開いていく。
そして去り際にアーサーは付け加える。
「シュウ……お前は伝説のパーティーを影で支えた偉大な冒険者であると語り継ぐよう努めるよ」
「おい……!待っ……」
ダメだ。声が出ない。
焦燥感か……いや、憎しみか……それも違うな。
恐怖……それも違う気がする。
これは……自暴自棄という奴か。それだけでもないな……呆れだ。
俺は自分の命に執着し、無感情で仲間を売った彼らに同情するのと同時に憐憫の目を向けているのだ。
ああそうか。これが本当の哀れみというやつか。
俺の頬に一線の涙が伝った。
「グスッ……本当に……人間とは愚かな生き物だ……」
俺は驚愕に目を見開いた。何事かと振り返ると、吸血鬼の少女も涙を流したのだ。
人間にこれから毒牙に犯そうとする奴が何を……。
人間とは不思議である。
俺はこんな状況なのに、目元に薄汚れた裾を当てるそんな敵であり、捕食者を純粋に綺麗だと思った。
敵同士が異なる理由で涙を流す、という不思議な光景がそこにはあった。