No.4 吸血鬼という存在
「コイツは……この生き物は……」
「フンッ、貴様ら程度の生物にそんな汚物扱いされる覚えはないわ」
まるで水面に一滴の水滴を落としたとき、水が弾け飛ぶ効果音のように澄んだ声が響いた。
「これはこれは……このミノタウルスも、ようやられたものだ」
影の中から溶け出すように現れた銀髪の少女は素手のままミノタウルスに触れた。
厄災に素手で触れるなんて、普通に考えれば恐れ多い話なのだが、なぜだかその少女がミノタウルスに触れることは当たり前のことのように思えた。
そう、自然の摂理のような、そんな感覚。
「くっ……!?」
「あ、あれは……どうしますか……!?」
「S級の……超災害に分類される……」
「そうだ……あれは、“吸血鬼”」
吸血鬼。
ミノタウルス同様に王都に登録された魔物であり、その階級はS級。ミノタウルスの一つ上の、危険度MAXとされる存在だ。吸血鬼の特徴とされる吸血により相手の生気を吸い尽くす姿から冒険者然り、人ならば全員が揃って彼らに恐怖する。
そしてこの出会いは、人類にとって二度目のことだった。
「逃げるぞ……」
低く静かな声が聞こえた。
しかし視線が吸血鬼に集中していて、小さな声では誰が言っているのかは分からない。
「おい……逃げるったってよぉ……。フロアボスの間に入っている時点でダンジョンはスタートしているんだぜ?」
「つまり……攻略進行中は扉は開かない、ということですね」
「そ、それなら……転移結晶を使えば……!?」
四人の視線が俺に集まる。
「そうだ!転移結晶!それがあれば脱出ができる!!」
「馬鹿……!聞こえーー」
アーサーが指摘したときには、もう手遅れだった。
「ほう、転移結晶……。今の時代にはそんなものがあるのか?面白いな……」
ーーバァンッ…………!!!
洞窟の中に破壊音が鳴り響き、そこらに転がる岩や石は粉々に砕け散った。
「な、何!?」
「逃げる?いや、逃げきれませんよ……。眼力だけで空間を歪ませるなんて……人のどうにかできるレベルではない」
「シュウ……。早くしろ」
「何をしているんですか……!あなたの手に全員の命がかかっているんですよ?」
あれほど使えないことを主張しておいて、重要なときに責任を押し付けられたものだ。
だがまあ、実際俺の手に握られているのも確かだし、否定すればまた罵られるんだろう。……一応従っておこう。
(スキル《収納》を起動。転移結晶を5つ)
「へっ……へへ……やればできるじゃねぇか」
「早くよこしてください……!!」
「シュウ……」
「シュウさん!ここは急ぐべきです!!」
口々が思うがままに叫ぶ。
吸血鬼はその様子を見ながら、甲高い笑い声を上げた。
「アッハッハ……!人間とは過去も未来も、正確には過去も現在も醜いものだ。私とてお前たちと一緒にいたいわけではない。むしろ消えて欲しいくらいだ」
「ならば、この扉を開いてくれ。そうすれば俺たちは出ていくことができる」
さすがは伝説のパーティーをまとめるリーダー格。アーサーは勇敢にも吸血鬼に意見する。
「私が貴様らを殺してもいいのにか?」
一瞬複数の視線が俺に向いた気がした。
「いえ、ではどうすれば逃していただけますか?」
「正しい判断だ。弱者が強者にできることは取引をお願いするくらいだからな。……はて、私は貴様らをどうしようか……」
吸血鬼は顎に手を当てて思考を始める。
そんなとき、またもアーサーのスキルが発動した。
『シュウ……。今のうちに転移結晶をよこせ』
くそっ……。なんなんだこいつは!
それこそ逆に、強者は弱者に命令できるということか……!
いや、待て。俺には道連れにする権利があるのではないか。
いや、待て。王都に帰れた場合、味方を危険に晒したという罪を着せられるのではないか。
これは仕方ないことなのか。
必然なのか……。
あれこれ悩む俺に吸血鬼は意図してか、俺にとってはありがたいことを言う。
「ああそれと……言い忘れていたが、転移結晶を他の誰かに渡した時点で皆殺しは確定だ。そもそも出した時点で私が破壊するから変わらんがな」
それを言われれば為す術がない。
なぜこの瞬間にそこまでのことが思いつく……!?
「よし、決まったぞ!貴様ら覚悟をしておくなら今のうちだぞ?」
吸血鬼は嬉々として叫んだ。
その言葉に俺たちは息を呑んだ。
「ならば一人……一人の人間を置いていけ」
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