第九話 剣術訓練のおはなし
「もう反応は無いみたいね、あれでおしまい」
ミリィはそう言っていた。
少しだけ暗くなりそうな気分を振り払うかのように、残りの洞窟内を回る。
発見したのは幾つかの宝箱。ラットはその前に屈んで、その鍵穴を調べていた。
「あ、あたし知ってるわ! ナイフとロックピックでがちゃがちゃやる奴でしょ!」
見ていたエイミィがそんな事を言い出すが、ラットは笑いながら首を横に振っていた。
「いんや、このくらいならそんな事をするまでもないぜ」
そして首に提げていた鍵を鍵穴に突っ込んで回す。すると宝箱の錠はかちりと開いた。
「え、なんで鍵なんて持ってるの? どこかで拾った?」
目をまるくするエイミィに、指先で鍵をくるくると回してみせる。
「へへ、実はな、現在流通してる錠前ってのは、5パターンくらいしか無いのさ」
ラットはそう言っていた。
既成品の錠前は5パターン。しかも、その中身も実のところ殆ど変わらない。
鍵を回らなくするための出っ張りの位置が違うだけとすら言える。
なので、全ての鍵を見比べ、全ての切り欠きを備えた鍵を作れば、万能合鍵となってしまう。
「それがこの盗賊の鍵ってわけさ。実家で既成品の錠前使ってるなら気を付けた方がいいぜ」
自慢げに言ったラットだが、そんな彼を眺めるエイミィとミリィの目は妙に白けていた。
「……なんか、それちょっとずるくない?」
「っていうかその鍵あったらラットさん要りませんよね?」
口々に言いつつ鍵を取り上げようとして来るエイミィとミリィ。高くそれを差し上げ、二人から必死で鍵を守りつつ、ラットは叫ぶ。
「待った! これだって盗賊ギルドでしか扱ってないし、だいぶ値が張るんだぜ!? それに一点物の鍵だったら俺はちゃんとピッキングだってしてみせるって!」
そしてそんな騒ぎを横目で見つつ、カイルは宝箱に入っていた金目のものを次から次へと自分のリュックに放り込んでいた。
洞窟内に居た時間は恐らく2時間もなかったのだろう。
未だ頭上にある太陽を眺めながら帰路につき、ギルドに討伐証明を提出して報酬をもらったペンギンズは、夕方と呼べる時刻にもならないうちに冒険者の宿へと入る事が出来ていた。
そこで、ラットはずっと考えていた事をエイミィに切り出す。
「なあ……剣って、教えてもらえるか?」
「……どうしたのよいきなり」
何か悪いものでも食ったのかと言うエイミィだが、ラットがどうやら真剣らしいという事が分かってからは喜んでそれを承諾していた。
そして、翌日の昼。
何度目かも分からないほど地面に引き倒され、その首筋に木製の短剣を押し当てられて、ラットは青い空を眺めていた。
「あー……勝てるとは思っちゃいねえが何もわからねえ」
ぐったりと脱力しながらそう言うラット。その前に顔を寄せ、日光を遮って笑いながらエイミィは言う。
「最初よりは良くなってると思うけどねえ、受けた時あんまりバランス崩さなくなってるし」
流石に彼女もコボルト相手の時のようなガチな戦い方はしていない。
一撃目は必ずこちらの武器を狙って打ち、何度か剣を打ち合わせる中でこちらが態勢を崩したらとどめに持ち込まれる、という流れを守ってくれていた。
だがまあ、それでも良く分からない。自分が上達しているのかさえも。
「でも、左ダガーは当分やめた方がいいかもね。刃物で刃物を打ち払うのって難しいから」
そんな事を言われて、左を盾にしてみると、更にわからなくなってくる。
いや俺、元々ダガーが使いたかったんじゃなかったっけ、などと。まともに前衛を張らなければならない場合、やはりリーチが欲しいと思って曲刀を買ったが、それは今も冒険用の装備品袋の中にしまいっぱなしになっているものだ。
この戦い方で俺は本当にいいのだろうか、と不安になってくる。
だが、エイミィとのこの訓練は楽しかった。
自分の戦闘スタイルに対する不安さえ考えないようにしてしまえば、打ち倒される事すら楽しく、ラットは再び首筋に短剣を押し付けられながら青空を眺めていた。
「……しっかしよぉ、なんであんた、そんなに強ぇんだ?」
ふと気になってそんな事を聞く。エイミィはラットの隣に寝転がり、それに答えていた。
「あぁ……あたし、ずっと兄さんたちと剣で遊んでたから」
貴族とは言っても下級貴族など農民とそう変わらない。
狭い領地に村一個の徴税権を持っている彼女の家は、まあマシな方と言えようか。
それでも徴税官としてだけでは食って行けず、自身も野良仕事に出なければいけない、そんなものだ。
そして貴族教育というやつは、何処かへ行けば受けられるというものではなかった。
各家がそれぞれで行うものだ。よって、親が知っている事しか基本教えられない。それ以上を望もうとすれば、やれ王家の乳母だの公爵家の侍女だの、そういった者を家庭教師として雇わなくてはならない。
それには当然莫大な金がかかった。ゆえに彼等の教育レベルはその爵位と財力によって、代が変わろうともほぼ固定化されていた。
そんな中で、あまり金を掛けずに出来ることというのが剣だ。貴族の嗜みの一つではあるが、戦争においてそこまで重視されるものでもなし。
だがそんな、飽くまで嗜みであるそれに、下級貴族は妙に凝る――という傾向があった。
エイミィは、そんな風に剣に凝った、親と二人の息子が編み出す技の数々を受けては破る、そんな標的役をずっと演じてきたのだという。
そら強いわけだわとラットは呆れたような笑みを浮かべた。
「よっしゃ、幾つかその技、見せてもらってもいいかい?」
立ち上がるラット。木製の盾と剣を持ち上げ身構える。
「……それには、今のルールで一回くらいはあたしを負かして貰わないとねえ」
エイミィもそう言いながら立っていた。木製の剣と短剣を両手に構える。
そして、ラットはまたまた十秒持たずに地面へと叩きつけられていた。
無理くせぇ、少なくとも今日中には絶対無理だわこれ。
「……何やってるんですか、あなた達」
掛けられた言葉にそちらを向くと、割と真顔でこっちを見ているミリィが居た。
「何って、剣術の訓練だけど」
「見ての通りよ?」
大の字になって寝転がったまま言うラット。ラットの首に押し当てていた木の短剣を振るエイミィ。
「見てもわからなかったから聞いたのよねぇ……」
ミリィはそう言って、後ろに流したその金色の髪を掻いていた。
全く、と。ミリィはその場を離れながら面白くなさそうに顔をしかめる。
彼女は歳の近いエイミィの事を妹のように思っていた。危なっかしい、手のかかる妹だ。
その戦闘力が高いのも、それはそれとしてあまり良いことではないと思っている。
もし妙な事が起こっても大体何とかなるだろうと、エイミィはそう思っているように見えるのだ。警戒心が薄い。腕っぷしだけで何とかなることなど少ないというのに。
ラットのことにしても、あんなノラ犬拾ってきて、などと思っていた。
今更元いたところに返してきなさいとは言えないし、そもそも拾ったところに自分も居たのだし、そこで了承してしまったのだから仕方がない。
あの時は自分もカイルを拾っていたから、というのがあったのも……まあ、そうだが。
ともかく、自分が気を付けねばならないとミリィは思い直していた。
ラットのことだけではなく、それ以外についても。