第七十三話 監視塔のおはなし
トアは定期的に軽い魔力探知をかけながら歩いている。
彼の所在をギルドの耳目でも捕捉出来ないのであれば、盲点や忘却、暗殺者のほうでは隠面化や単に気配遮断などとも呼ぶが、そういった心理的迷彩の効果を持つ魔術を彼が使用している事はほぼ確定と思えたからだ。
だが、実際そうやって探してみて、街中などではあまりにそれが多い事――人の目を避けながら行動している魔術師が多い事に、トアは閉口していた。
要らぬ揉め事を避けたいと思うのはわからないではない。
トア自身としてもうっかりとベティに捕まって冒険者の真似事をしているわけだし。
だが、それならば。日常生活でさえも自分の存在を隠すようであれば、街になど住まなければ良いではないか。そうトアは思ってしまう。
実際、村外れに住む呪術医じみた魔術師や、洞窟や遺跡などに本当に隠れ住んでいる黒魔術師ほどその手の魔術を使わない。
そもそもとして人との接触を避けているのであるから、わざわざそんなものに魔力を割かない。
街の通りにごちゃごちゃと入り乱れて残る魔力の痕跡。
それらはまさに、不便さを受け入れがたく、街に住みながらも不要な関わりは絶ちたいという魔術師たちの思考をそのまま表しているようにトアには思え、微かな苛立ちのようなものを彼女は感じる。
妙なものだ、とトアは思った。
そんな、自分と直接関わりのないものに、自分が僅かとはいえ感情を動かすとは。
「あの……」
そんなトアに、アリサは声をかける。
「なんだか、たまにぴりっとした感じがするんですけど……もしかしてトアさん、魔術使ってます?」
言われて、トアは驚いたような目をアリサに向けていた。
走査検知の魔術を使っていたのか。いや、その様子からして彼女は無意識にそうしているのか。
「何故、私だと?」
トアがそう言うと、アリサは困ったような顔をする。
「あ、すいません……結構前から時折あったので……」
その状況で常に側に居たのは、そしてそのような事をしそうなのはトアくらいという訳だ。
トアは軽い溜め息を吐き、それを認めていた。
「いえ、こちらこそ。……人を、探しているものですから」
それが、自分が旅をしている理由だとも言ってしまう。
あてがある訳でもないため、どちらへ行きたいといった希望は無いということも。
「ふぅん。探してるのは魔術師ってわけね。どんな人なの?」
ベティにそう訊かれ、そちらには流石にトアは沈黙していた。
まさか、あなたの義兄だなどと言うわけにもいくまい。
「まあ、言いたくないなら別にいいけど」
ベティはそう言ってすぐに興味を失ってくれた。
こういうあっさりとした所は好ましく思う。でなければトアも、すぐに姿をくらましていたろう。
そして、気付いたものを告げる気にもなれていた。
「それで……なのですが」
トアは言う。自分が探している相手とは違うのだろうが、後ろから付いて来る者が居る、と。
「……何だって」
驚いたように後ろを見るリック。そんなものに自分が気付かなかったという事が信じられないとでもいうように。だが、ちらりと眺めた程度では見つけ出すことができない。
「本当に、いるのかい? そんなもの」
言ったリックに、アリサも探知魔術を使い、うなずきを返す。
「はい……確かに、後方に動体反応があります」
「そう。こっそり尾けてくるだなんて、あまりいい趣味とは言えないわね」
ベティはそう言いながら立ち止まる。はっきりと後ろを振り返り、道を睨む。
そうするとほどなく、そこには黒いフード付きマントを着けた、痩せた男の姿が現れていた。
盲点は飽くまで意識を逸らすものであるため、それと知った上で注視すれば見破ることは可能だ。
追う側に回った場合は看破のために特化した魔力霧散だのを用いなければこれは難しいが、追われる側となった場合はそう難しくもない。
ベティたちを尾けていた男は、彼女たちが完全に立ち止まり、自分の隠蔽を暴いたのを見て踵を返していた。使用魔術を透明化に切り替え、今度こそ消え失せる。
「……行った、みたいですね」
それからも何度か探知魔術を使い、アリサはそう言っていた。もう反応は無い。
「良かったのですか?」
トアはベティにそう問い、ベティは笑ってそれに返す。
「ええ。気付いてるってのを知れば、あっちもそれ以上、手は出して来ないでしょ」
特に自分たちに狙われる理由があるとも思えない。
新米パーティと知っての物盗りや嫌がらせだったのであれば、もう現れることもあるまいと。
だが――本当にそうなのだろうか、とトアは思っていた。
先程少しだけ見えた姿。まさかとは思うが、あれは――もうひとりの標的なのでは。
ベティに告げない場合、トアは自分一人で対処するつもりであった。
無論その対処の仕方は、この世界から退去して貰うという方法でである。
そうすべきであったのか、それとも、それを選ばなくて正解だったのか。
この時点では、トアには未だ、それは判断しかねた。
「……居るね、盗賊」
ペンギンズは身を隠しながら、未だだいぶ距離のある監視塔を眺めていた。
その最上階には獣皮の鎧を纏い、弓を持った男の姿がある。塔の前にも二人。その周辺には簡易な柵が作られ、木箱が積まれているが、外から見える防衛人員はその程度だ。
場所が場所だけにあまり外に人を置いておくは良くはないという判断だろうか。内部の人数も合わせ、多くて15人程度だろうとラットたちは見積もっていた。
黒き森を切り裂いて伸びる道は、なかなかに広い。馬車一台と護衛兵が通れるほどの道幅、そして道から森までも何かが這い出して来たとしても充分対応が可能なほどの距離が取られていた。
そして、監視塔は物資集積所としての役割も持つのか、道の中央にその幅一杯に建てられている。
侵攻した魔族によって加えられた若干の損傷が見えるが、盗賊にとってはだいぶ良い拠点と言えただろう。
施設自体の設備も放棄された廃墟としては別格であるし、強力な魔物の棲む森はそのまま天然の防壁と化している。そして監視塔に近寄るための南北の道は、ほぼ障害物もなく見通せるのだ。
「どうやって攻めりゃいいんだか……いい手が浮かばねえな」
ラットは塔周辺をざっと眺め、そうぼやくように言っていた。
「特に攻略が目的ってわけでもないんだから、迂回してしまえばいいんじゃない?」
カイルはそう言ってミリィを見る。
「ここだけ、盲点の魔術を使いながら森の中へ戻る……ということですね」
戦闘を避けようと思うのならそれしかないだろうとミリィも認めていた。
魔力残量が気にはなるが、日没までの残り時間を考えればここでぐずぐずしているわけにもいかない。ラットたちは再び手を結び直し、森の中へと踏み込んで行こうとする。
だが、少しばかり進んだ場所で、ラットたちは気付いていた。
何か、炸裂するような音が監視塔の方から響いたことに。
「……あれって、音響弾?」
そうエイミィは呟く。
聞こえたそれは単純な轟音で、以前にアリサが使った、高音を混ぜ込んだものとは少し違う。ミリィが一度再現しようとした、その始めの方で聞いた音に似ているとラットには思えた。
「こんなのを使ってる人なんて珍しいと思ったんだけど、意外にいるのかしら」
首をかしげるミリィだが、クレアはそんな魔術の存在自体が初耳だと言うように首を横に振る。
「とりあえず、戦ってる奴が居るってんなら、様子を見に行った方がいいか?」
ラットはそう言っていた。もし依頼で訪れた冒険者なら、彼らも新米の筈だ。
「ええ……そうしましょう」
ミリィもまたそれに同意し、元きた道を引き返していた。




