第七十二話 魔王城と大穴のおはなし
「へえ、なかなか気合入った奴らもいるもんじゃない」
南の街の冒険者ギルド。その二階、新米用依頼掲示板の前にベティは立っている。
彼女はそう一言呟くと、一枚の依頼書を掲示板から抜き取っていた。
これを受けるわ、という言葉と共に手渡された依頼書を一読し、リックは顔をしかめる。
「ベティ、これは……」
やめた方が良いというようにリックは口を開いていた。
何せ、依頼内容は盗賊退治。場所はよりにもよって魔王城近くの監視塔だという。
「盗賊が根城にしてるくらいなんだから、そこは安全なんでしょ?」
そう返したベティに、それだけの話じゃないんだけどなぁ……とリックは溜め息を吐いていた。
「人間相手ですが、いいのですか?」
横から依頼書を眺めたトアはそう呟く。
リックも、自分はむしろそちらの方を問題としていたのだとばかりにうなずく。
対人戦闘といったものは、当然ながら好んでするようなものではない。
旅をしていれば追い剥ぎだのと出会う事もあるため、冒険者は比較的その経験がある者も多いが、それでも彼らの専門とするのは対魔物においての駆除・討伐である。
そして同じ敵対的な存在と言えど、放置しておけば彼らのかき回す鍋の中から人間の子供、その腕や足だのが見つかる事態にもなりかねないゴブリンと、金目当てに旅人を襲う盗賊とでは戦闘に至るまでの心情といったものもだいぶ違う。
始めから人との戦いを想定してその職につくのは、衛兵か傭兵、あとは暗殺者――そのくらいしか居ない。
「……?」
だがベティは何が問題だとばかりに首をかしげる。
そこでトアは、そういえば彼女は家名持ちだったな、などと思いだしていた。
貴族ならば与えられた領地を治めるのがその本分だ。そのうえで排除しなければならない対象として、人間というものは当然はじめから含まれている。
物心つくまえからそういった価値観を得ているといった点では、自分にも近い所はあるか。
トアはそんな事を考え、納得したようにうなずいてみせる。
「わかりました、私は賛成します」
そう言ったトアに、リックとリートは驚いたような顔を向けていた。
「ま、大丈夫よ。盗賊相手ってのは魔物退治とはまた違うから」
ベティはそう言って笑ってみせる。
ゴブリンなどの魔物であれば害獣駆除なのであるから皆殺しが基本だ。少数でも逃がせば他で必ず害をなすし、つがいで生かせば増えもする。
だが、盗賊はそうではない。拠点を得て集まり、その維持のため動く統率された集団は厄介だが、散らされてしまえば途端にその脅威度は落ちる。勝手に数を増やすわけでもない。
頭を潰して拠点から叩き出すだけで、ほぼ仕事は済んでしまうと言えた。
本来ガードがすべき仕事を、場所が場所だけに冒険者に回された。そういった仕事なのは確かだが、依頼の内容とその脅威度としては新米向けで間違いない。
そう語るベティに、リックとリートも多少は飲み込めたような表情をみせる。
「でも、ま。油断はしないでね。何と言っても相手は人間だし」
依頼を受注してしまい、街を出る段になってからそう言うベティ。
「何をして来るか、どんなヤツが居るか、そういう面での不確かさはそこらの魔物の比じゃないから」
その言葉にリックたちはうへえといったような顔をする。
しかしトアだけは、全く変わらない無表情でそれを聞いていた。
「ああ、そういえばあったよねえ、盗賊退治の依頼」
カイルにそれを告げられ、エイミィも思い出したようにそう言っていた。
「うん、監視塔って聞いて……どこかで聞いたようなって、さ」
カイルはそれが引っかかり、ずっと思い出そうとしていたのだという。
先程の彼の沈黙の意味がようやくわかったラットは、なるほどというようにうなずいていた。
「盗賊が拠点にしてられるんなら、今もその道は一応安全なんだろうね」
ベティと同じ結論に達するクレア。しかしそこを通るのであれば盗賊とも否応なく出会ってしまうのだろうといった点については、全員気づきながらもあえて言葉にしようとはしない。
「あ……あれって、森の出口でしょうか」
代わりにミリィは前方で、密集して生える木々が途切れる部分に気づきそう告げていた。
そして、ペンギンズは黒き森を抜ける。
抉り取られたように窪む大地と、切り立った崖の面を見せて地の底までも続いてゆく大穴、そしてそれとはだいぶ離れた場所、森のすぐ近くに聳える漆黒の建造物を見て、全員がしばし言葉を失う。
「あれが魔王城ってのか……」
未だかなりの距離があるというのに、ラットは圧倒されたようにそう言っていた。
監視用に作られた砦、と言うには今のそれは立派に過ぎた。恐らくは魔族によって何度も増築が繰り返されたのだろうが、以前に泊まったグレイの領主館にも匹敵するか、或いは凌駕するほどの威容。
「でも、今回はあまり、魔王城って呼ぶのは相応しくないのかもしれませんね」
ミリィはそう言って苦笑していた。
数年前に侵攻して来た魔王アーベルは、ほぼこの城を使わなかった。
常に前線に出続けていたため、討たれたのも確かどこかの領主館だったはずだ。
まあ、男性の魔族としては間違っているとは言えない。彼らは軍勢を並べた野戦で、最もその力を発揮するのだから。
しかし、たとえそうであったとしても、総大将が一番前に居るというリスクを平然と受け入れてみせたというのはやはり異質である。それまでの王は初期攻勢に参加した後は魔王城にこもるもの、それが常識だったのであるから。
ラットたちはそんな話を聞きつつ、魔王城へと近づいていった。
流石に内部を観光してゆこうという気にはなれない。魔王城へと至る道、監視塔が並べられた、街から砦へと続く道を探すためだ。
大穴の本当に周辺部分となると流石に森も覆ってはいなかった。小石が多く転がる荒れ地を、ラットたちはこちらの方が見通しが良いということで森から離れ進んでゆく。
「そういえば、魔族ってこの下からどうやって上がってきてるのかな」
大穴を見つつ言うエイミィ。確かにそこにはスロープのようなものもなければ階段も無い。
魔族はどうやって登ってきたのか。それを知っている者が居るとするなら毎回の侵攻をここで見ていた兵だけだろうが、彼らがその情報を持って生還できたのかどうかすらわからない。
何かの背に乗ってきているのではとか、魔術で足場を作っているのではとか、はたまた普通に飛んだのではとか、それぞれ勝手な予想を話しつつ、ラットたちは進んでいた。
といったところで森の中から突き出す赤茶けた監視塔を彼らは発見する。
「さて、夜までに街に帰れるのかね」
そちらへと方向転換をしつつ、ラットはそう言っていた。
未だ日は高いとはいえ、ここまでで行程は半分。行きの洞窟内がほぼ直線で南へ向かっていたのに対し、帰りの道はそこまで素直ではなかろうことも考えると、少し怪しい気がしてくる。
「かと言って、魔王城やこの森の中で一夜を明かすなんてのはぞっとしないしね……」
なんとか夕方までに森を抜けられる事を祈るしか無いとカイルは言っていた。
「でも、その前に……かな」
エイミィは左腰に吊ったサーベルの柄を叩き、言う。
「どの監視塔がそうなんだろうね。……盗賊の、根城って」




