第七十一話 隠密行動のおはなし
「ここから先は、認識阻害系の魔術を使っていきましょう」
ミリィはそう言っていた。良く分からないといった顔をするラットとエイミィに彼女は説明する。
「透明化ではありませんけど、こちらを見る者の意識を逸らして気付かなくさせたり、或いは自分と会話した短時間の間の記憶を失わせたり……そういった魔術です」
つまり、魔術師が隠密行動において使うものというわけだ。
透明化と比べて使用する魔力はだいぶ抑えられ、また激しい運動によっても解除されにくいが、飽くまで気をそらすだけなので信頼性には欠ける。
匂いや物音といったものでも気付かれにくいが、一度怪しまれてしまえば、その存在を予測した上で見られてしまえば、たちまちその効果は失われてしまうとミリィは言っていた。
「だから、過信はしないようにして下さいね。魔物のそばを通る時などは本当に相手が気付いていないのか、その反応を見極めた上で。それでも必要以上におっかなびっくり進む必要はありませんけど」
そして彼女は魔術を発動させる。
更に秘話の魔術も併用し、敵との距離がごく至近でなければ会話も可能なようにする。
全員手をつないで進むようにと言われたラットたちはミリィを中心に輪を作って洞窟の先へと進んでゆき、実際に何匹かの魔物がペンギンズに気付かぬまま通り過ぎてゆくのを見て、クレアは感心したように唸っていた。
「大山猫の目さえ欺くかい、便利なもんだねえ」
透視能力を持ち、非常に警戒心の強い大山猫をこれだけ近くで見るのはクレアにとっても初めてのことらしい。
「出来れば、あいつも狩って戻りたいが」
そして、そう続けるクレア。大山猫には体内に宝石を持つという話があり、その電気石に似た宝石はもし手に入れる事ができれば高値で売れるのだと彼女は言う。
ミリィはやめた方が良いと告げていた。
「攻撃を行ってからの再使用では、まず効果は期待出来ませんから。飽くまで私達のような人間などこの場に居はしないと、そういった相手の思い込みをそのまま継続させるだけの魔術です」
その真剣な様子に、若干残念そうではありながら、分かったよとクレアは答えていた。
「けど、こんな事も出来たんだなあ」
呟くように言ったラットに、ミリィはちらりと視線を送る。
どこか後ろめたそうなその表情にラットが不思議そうな顔を向けると、ミリィはひどく言いづらそうに口を開いていた。
「……ええ。こういった事が出来るというのは、あまり知られたくなかったのだけれど」
何故かと言えば、それは疑いを持たれそうであったからだ。
これまでにも彼女の姿が消えた時には、こうして他の者の様子を伺っていたのではないか、などと。
ああ――とラットは呻くような声をあげた。
別に彼自身はあまり気にしたことでもない。見られて困ることなど、まあ恥ずかしい事は色々とありはするのだが、無いと言ってしまっていい。
依頼完了後の休養日を別として、この4人は殆どの時間を共に過ごしているのだから。
ラットは大体一番最後まで寝ている訳であるから、下着姿で涎を垂らしているようなところも他の3人にとっては見慣れたものだろう。
だが、ミリィはそう思われる事を気にしてしまうのだろうな、というのは良くわかった。
「へっへ。そいつを言うなら、俺こそ真っ先に思われそうなもんだぜ。姿が見えねえ時は一体何処で何をやってやがんだってな」
ラットは肩をすくめながらそう言ってみせる。
この歳までこそ泥で食ってきたのだ、本気でラットが身を隠すつもりなら、たとえ昼間であろうがその尾行やら監視に気づけるものではないと、ミリィとてもわかっている筈である。
そして、その言葉に対してミリィは苦笑していた。
「そうですね……ラットさんはいつも、無茶苦茶な寝相で昼近くまで転がっているだけですし」
「そうそう、なんで毎日朝になると180度回転してるのか、あたしずっと聞きたかったんだけど」
エイミィも笑いながらそう言い、ラットは知らねえよと答えて、この件についての話はこれで終わる。
クレアはそんな話を聞きながら、無言で肩をすくめていた。
さて、そのまま戦闘を避けて洞窟を進み続けたペンギンズ+1はようやくその出口へと辿り着く。
外には暗い森が広がっていた。未だ日は高い筈だというのに木漏れ日すらもまばらであり、空には一面濃緑色の天蓋が被せられているかのようにラットたちには見えていた。
「ここが、黒き森……」
カイルはそう言って辺りを見回す。
探知魔術に返ってきた生体反応は凄まじい量であり、彼は一瞬その表情を強張らせる。
「まあ、予想は出来ていた事だけど、繋がっちまってたね」
そうクレアは言う。どちらかと言えば、途中からはその方が良いと彼女は考えていた。
ここに来るまでペンギンズが接触を回避して来た幻獣に魔獣、妖魔や巨大生物たち。それらを本当に全て駆除しなくてはならないとなったら、そちらもまた無事に帰還出来るかどうかあやしい。
これで、あの洞窟を埋めてしまうだけで済むというものなのだから、むしろ歓迎するような気持ちだ。
「じゃあ、戻ります?」
ミリィはそう言っていた。またあの洞窟を戻り、街へと帰還する。
だいぶ長い距離になるがこのまま森をうろついているよりはましだろう。
しかしそこで、地図を取り出し俯瞰の魔術を使って現在地を確認したクレアは、もう一つの提案を述べていた。
「いや、このまま魔王城まで行っちまった方が良い」
魔王城へ。それはどういったことなのかとラットたちは怪訝な顔でクレアを見る。
そこはまさに魔物の巣窟ではないのかと。
それに対してクレアは答えていた。
「あたしも人から聞いた話なんだがね、魔王城ってのは本来、魔族の領土――あの大穴を監視するために王国が作った、元々は人の砦だっていうんだ」
故に魔王が討たれた後は通常そこは王国の管理下に戻り、兵が常駐することとなる。
今回は未だに魔族の残党軍が残っていることもありそういった状態にはなっていないが、魔王城から南の街への間には幾つかの監視塔が置かれ、比較的安全を確保された補給ルートが一本あるはずなのだと彼女は言っていた。
「そこなら、少なくとも今でも道のぶんだけは森が切り開かれてる筈だ。実のところ、また同じようにして洞窟を戻るのは、どうにもあたしにはあまり安全な事とは思えなくてね」
というのも、盲点の魔術を使っていてすらだいぶ危ないのではないかと、そう思わせられるほど魔獣のすぐそばを通らなければならない状況がこれまでにあったためだ。
あれで魔獣が若干の疑いを抱いたのであれば、二度目も同様に何事もなく行くといえるのか。
ミリィはその言葉に考え込むようにうつむき、そして口を開いていた。
「ありえない事では……無いですね」
「いいんじゃない? 魔王城、一度どんなもんか見てみたかったし」
エイミィはそう言って笑う。
ラットとしてもミリィの魔術があり、当面襲われる危険が少ないのであれば、ちょっとした観光気分でそれを覗いてゆくのも良いかとそんな気持ちでそれに同意する。
カイルは少し沈黙していたが、方針に特に異をとなえるでもなかった。その様子から別の考え事をしていたのかとラットは思うが、特に聞くこともなく流して。
ラットたちは方角を確かめ、森の中を進んでいった。




