第七話 コボルト退治のおはなし
洞窟へはすぐに着いていた。
依頼人は東の山を越えるルートにある関所の警備兵達。
これは都市警備隊の一部なので、ギルドにはそちら名義で依頼が届いていた。
村からなどではないため、あらためて依頼人に話を聞く必要もなく説明はギルドからのみ。関所へと補給や交代要員を送る馬車に同乗させてもらって、道中すらも楽だった。
まあ、目的地は途中にあるので馬車に乗れるのは行きだけだったが。それでもだいぶ違う。
いつもこうならいいんだが、とラットは思ったが、ひとつだけ。
報酬もギルドから受け取ることになるので、前回のような上乗せチャンスがないってのは少しだけ寂しいかな、などと思い直していた。
「これってもしかして日帰り出来るんじゃない?」
目の上に片手を翳して、未だ頭上へ登っていない太陽をすかし見ながら言うエイミィ。
「むしろ、出来なかった場合が心配ね。あんな洞窟で野宿なんてまっぴらだし」
見張りがいることに備え、洞窟からやや離れた木陰に集まる4人。
ぱっくりと口を開けた岩の裂け目を見ながら、ミリィは続ける。
「ガスでも流し込んで終わりに出来れば楽だったのに」
「そんな事が出来るの?」
と言うエイミィだが、ミリィはそれに首を横に振っていた。
「少なくとも私には無理。どれだけの魔力と制御力が必要になるのか、想像もつかないわ」
「しかし、やっぱ入り口からして狭ぇな……」
ラットは持って来た装備品の袋を漁りながらそう言っていた。
入り口は苔むした岩の裂け目にしか見えない。内部が広い可能性もあるが、まあそれでも両手剣を自在に振り回せるほどのものとは思えない。
普段は使わない曲刀を取り出し、ラットはそれを腰に吊る。
「あら……そんなもの持ってたの?」
すぐ後ろからそう言われ、そちらを振り返り見て、ラットはやや驚いたように声をあげていた。
エイミィはその場に愛用の両手剣を置き、腰の両側に曲剣と防御用ダガーの鞘を吊っていた。
いつもの硬革鎧も主に上半身のパーツを取り外し、腿と脛のみを装甲するように変えてある。そしてヘルムも外してしまっており、長い赤毛が風に揺れていた。
「そっちこそ、両手剣以外使ってる姿なんて初めて見たぜ」
何やら、心拍数が上がっているのを感じながらラットはそう返す。そういや完全武装以外の姿ってあんま見てなかったな、などと思いながら。
宿で起き出すのはいつも彼が最後だし、野営の際には彼は大体樹上に居たのだ。
「こっちがエイミィ本来のスタイルよ。でも、あなた達が入る前は二人だったから」
ミリィがそう言ってくる。
なるほど、敵を引きつけ薙ぎ払う手段を欲したということか、とラットはうなずいていた。
「……入ってもあまり変わらなかったけどね」
などと、彼女が続けたのは聞かなかった事にする。
「ようし……じゃあ、行きましょう」
入り口たる裂け目にぴたりと張り付くラットとエイミィ。
今回は彼も前衛を張り、何とか敵を押し止めるくらいの役目は果たそうといったところだ。
ラットは汗ばむ手で曲刀を握り直した。その彼の目の前で、ミリィが作り出した魔力の明かりが洞窟内へと滑り込む。
その後について走り、洞窟内へと飛び込んだところで、ラットは目の前に二匹の亜人が居るのに気づいていた。
やはり見張りが居た。彼等は暗視能力を持つため、急に光るものが飛び込んできたことに対して目を晦ませ、うろたえていた。
無造作に前進し右手を振り下ろすエイミィ。小気味良い音を響かせ額を割られたコボルトは、その犬のような鼻面を鮮血に染めながら倒れる。
続けてもう一匹。軽い混乱から回復し、既にエイミィに向かって槍を突き出そうとしているコボルトの方に左の防御用ダガーを向ける。
そしてその穂先を軽く上へ叩いて跳ね上げると、がらあきになった左首筋へと曲剣を振り上げていた。
槍を握る左手首、そして肩口から喉までを斜めに割られ、笛のような音と共に血を吹き上げたコボルトがくずおれる。
ラットは、目の前で行われたそれを言葉も出ずにただ眺めていた。
すげえ。というか、こういう風に戦うのか、と心中にこぼす。
彼の手にも二刀があった。右の曲刀と左のダガー。エイミィの今の戦い方は、自分が目指すはずのものだと思いさだめ、更に奥へと進んでゆく彼女の後を追う。
「気づかれたかしら?」
亜人二匹を斬殺し、普段と全く変わりない声を出すエイミィ。
「特に悲鳴とかをあげられた訳じゃないけど、光は目立つでしょうね」
同様に穏やかな声で、遅かれ早かれと返すミリィ。
「じゃあ……早いとこ終わらせないと」
エイミィはそう言って、曲剣を濡らす血を払った。
「その先に3、ね」
T字路へと出る直前に、ミリィの水幕がエイミィとラットの前に展開する。
これは慣性制御が使えない者のために作られた対物理障壁で、コストの割には優秀な矢返しとして機能する。だが、どうしても前が見えにくくなってしまうため、初・中級の魔術師以外が好んで使うようなものではなかった。
エイミィが踏み出した途端、弓の弦が鳴る。弾けるような音色と共に飛来した矢が、横に流れる水に押されてひしゃげながらラットの脇を吹き飛んでゆく。
「うおっち!?」
怯みながらも一瞬のことで、エイミィを追うラット。
その前ではエイミィが跳ねるようにとんで、ダガーを抜こうとしていたコボルトの喉を突く。
もう一体居たコボルトはそんな彼女を恐れた。彼女の腕が伸び切った瞬間、すり抜けるようにその横を通って、ラットの方へと駆けてくる。
「あぁっと、何だったっけか……?」
曲刀を構えながら、ラットの頭は真っ白になっていた。それが至近に寄るまで自分の行動を決められず、結局振り下ろされる片手斧を両手の武器で受ける。
ぎしぎしと鳴るダガー、しなる曲刀を頭上に眺めながら、ラットは俺は何をしているんだと自身を罵倒していた。こんな使い方をする武器じゃない、折れたら今ので死んでたぜ。
ぎこちない鍔迫り合いを演じるラットの後ろから魔術が飛ぶ。喉笛を氷の槍に貫かれたコボルトが、片手斧を残しながら後方へと吹き飛んでゆく。
「……何をしてるんですか、あなたは」
その場に尻もちをつくラットを追い抜きながら、ミリィはそう言っていた。
「別にいいでしょ、時間稼ぎが出来たならそれで」
振り返らずに言うエイミィ。目の前に飛び出してきたコボルトに対し、左の防御用ダガーを振り上げてそちらへ視線を誘導する。そしてほぼ同時に下方へ突き出した曲剣が、ぼろぼろの革鎧を避けてコボルトの右足の付け根へと差し込まれ、それを8割がた切断する。
重い水音を立てながら倒れたコボルトの首筋へと左のダガーを打ち込み、立ち上がるエイミィ。
次から次へと、動く度に屍を量産してゆく彼女の姿を。
それは彼女が両手剣を握っていた時も同じようなものだったと思うのだが、まるで初めて見るものであるかのように見つめて、ラットはそれを追いかけ続けた。他のものは見えなくなってしまっていた。