第六十九話 続・洞窟探検のおはなし
「ろくせん!?」
ラットたちは再設定された報酬額を聞いて目を丸くしていた。
ゴブリン退治400が15倍に化けたのだ。ちょっとわけがわからない。
「……だいぶ、面倒なものが出そうなのかい?」
クレアもそうギルドの案内役に訊く。彼らへの説明を請け負った男性のギルド員は、クレアと一緒に居るラットたちをやや苦い顔で見ながらそれに答えていた。
「我々が調査したのは繋がった洞窟の入り口付近だけですがね、魔物の反応はそれなりに多い」
地下水脈の流れる洞窟らしく、確認されたのは主に大ナメクジや巨大蟹といった巨大生物程度だが、地形探知の結果、洞窟が続いている方角が更に南方へだというのがくさいところだと彼は言う。
「もし、新たな洞窟の出口が黒き森内部へと続いているなら、幻獣や魔獣種が現れる可能性もあります」
敵の種別がはっきりしないためにだいぶ脅威度判定が上がっているのは確かだが、この報酬額が依頼内容よりも高くなるか、それとも低くなるか、それはまだ誰にもわからない。
「本当はあなたが居てすら、大半が初心者の5名で行かせたくはないんですけどね」
ギルド員はそう言っていた。
人手自体は足りているのだ、あえてペンギンズを使わなければならない理由はない。
しかし、一度着手した依頼なのであるから最後まで自分でやりたいというペンギンズの気持ちも分からないではない。彼――このギルド員も、元は引退した冒険者である。
「くれぐれも注意は怠らないよう」
そう言ってギルド員はペンギンズ+1を送り出していた。
「はー、ちょっと特殊な依頼とはいえ、やっぱり正規ライセンスがあると稼げるのね」
エイミィはそう言っていた。
カイルが神聖魔法を使っていた際に納めていた教会への寄付金もペンギンズにはだいぶ高く思えたが、上位の冒険者神官が使う5階位、6階位の神聖魔法ともなると必要な額はまた一桁変わる。
それを安定して稼ぎ出しているのだから報酬額もそれだけ変わって当たり前なのだろうが。
「金ってのはある所にはあるもんだよなぁ……」
ラットはそう言っていた。
実際、なるべく貧しきから盗まずをやっていた人間としては良く分かっている事である。
彼らが傭兵やら錠前やら、そういったセキュリティ面にむしろ金を惜しまないという事も知っていた。
冒険者の仕事も言ってしまえばその一部だ。
「使いみちはあるのかい?」
クレアはそう問いかける。ラットたちもそれには少々困っていたところだ。
荷物の中でだいぶ重くなって来た銀貨は金貨や宝石にはまだ替えられておらず、背嚢の底に敷き詰められたまま。
使いみちを問われれば、そろそろブーツなどを新しい物に代えたり、曲刀をちゃんとした研ぎ直しに出すか、或いはもっと良い物に買い替えようかなどといった案は浮かぶのだが。
どうにも染み付いた貧乏性が、まだもう少しいいのではないか、などと思わせてしまっていた。
「対魔護符なんかを常備するようになると、消耗品だけでかかる金も跳ね上がるんだけどね。あたしも痛い目を見て思い知ったが、本職の魔術師でもなきゃ障壁なんてそうそう信用出来ない」
クレアは言いながら、腰の装甲に貼った数枚の護符を見せる。
余裕が出来たんなら買っておくといいと言う彼女に対し、ラットとエイミィは考え込むように顔を見合わせていた。
「なんていうか、高く稼いでもやっぱりそのお金はこの街で消えるのね」
そう言うエイミィ。その言葉に対してクレアは笑ってみせる。
「そうだよ。そしてだからこそ、あっちも安心して高い報酬を出せるんだろうさ」
道中、ラットたちはクレアの居場所を告げてくれた冒険者パーティの話をしていた。
勧誘されたことについて苦笑のような反応を返したクレアは、そのままの顔で口を開く。
「まぁ、でもあんたらは追加メンバーを探してるような所にとっちゃ魅力的かもね」
一人で敵の接近を捌き続けてきた判断力のある前衛。
猟兵としての技能も持つ小器用な元シティシーフ。
更に、魔術師が二人だ。クレアと初めて会った際に彼女が連れていた者達、そして現在話にのぼっている冒険者パーティもそうだったが、魔術師を面子に加えているパーティというのは意外にも少ない。
それというのも、実際のところ扱いづらいのだ、魔術師というやつは。
他の戦闘分類と比べても極端に当たり外れが激しい。使える魔術とその精度といった点について個人差が大きく、また殆ど成長というものをしない。
魔術はイメージによって編み出す事ができるとは言え、カイルやラットのように戦いの中でラーニングするなどというのは本当にレアケースであり、大抵の者は新たに学び直さない限り、できる事がずっと変わらない。
「それは……そうかもしれませんね」
ミリィはそう言っていた。あの書斎で見つけた研究成果がなければ、彼女もまた、未だにあの魔法の弩砲を主力としていたに違いないのだ。
探知は確かに便利である。しかし、まともに使える者はこれもまた少数だ。
なので、大抵のパーティは初心者魔術師を迎え入れるのに慎重になるし、有能な魔術師ほど自分がパーティリーダーとなって部下を率いるような集団を作り上げているのが殆どである。
よって護符と付呪を用いる純戦士型のパーティか、魔術師を中心とした魔法剣士系で固められたパーティかに中堅以上の大体の冒険者パーティといったものは二分されるのだとクレアは言っていた。
「一応、うちもミリィがパーティリーダーだよね」
カイルはそう言い、ラットとエイミィもうなずいて応じる。
しかしクレアは微笑ましそうにそれを聞いていた。そして呟いてみせる。
「一応なんて言葉が出て来る時点で、後者としてもあんたらは少し、毛色が違うね」
さて、再びあの洞窟へとやって来たペンギンズは改めて探知魔術を使いながら内部へと入る。
また妙なものが住み着いていない事を確認しながら裂け目へとやって来たラットたちは、あの小さかった裂け目がだいぶ広げられ、丸く口を開いているのを目にしていた。
「まあ、そりゃそうだよな。あれじゃあ子供かゴブリンくらいしか通れそうになかったし」
調査段階で掘り広げるのは当たり前のことかとラットは言う。
覗き込んだ先、新たな洞窟はやや上り坂を描いて続いていた。ちょろちょろと上から流れ落ちる一筋の水の流れが、裂け目のあった場所付近でまた小さな穴へと吸い込まれ、地下へと消えていた。
「巨大蟹が出るって言ってましたっけ?」
ミリィもそう言いながら穴を眺める。それではこの先、だいぶ大きな水たまり――地底湖などと言うほど大きなものが存在する深さとは思えないが――でも存在するのだろうか。
ともかく、これまで見て来たような土地や洞窟とは全く違ったモンスターが現れるのだと、ラットたちは気を引き締めてその先へと向かっていった。
滑りやすい坂を慎重に登ってゆくと、鍾乳石が垂れ下がる細い道が姿を現す。
頭をぶつけそうになりながらも魔力の明かりを先行させ、そこを滑り抜けてゆくラットたち。
ぐねぐねと曲がりながら続く道には浅くはあるが水がたたえられており、どうしようもなくあちこちが濡れる不快さに顔をしかめながら、彼らはそこを辛抱強く進んでゆく。
「おっ」
やがて、先頭を進むラットは声をあげていた。ようやくそれなりに広い場所へと出たのだ。
青白い魔力の明かりが照らすのは、彼らがやって来た細道へと少しずつ流れ込む水の出処である。
見える範囲のうち左半分ほどはなかなかに深く水没してしまっているが、今ラットが居る場所から右側には岩が張り出しており、ちょうど二人ほどが並んで通れる程度の道が確保されていた。
その先にもまた上りの道が続いている。
これでようやく水場から解放されるかと、ラットは胸を撫で下ろす。
「……だが、その前に1戦やらなきゃなんねえか」
ラットはそう言って、水面に浮かぶ大きな波紋に向けて弓を構えていた。




