第六十七話 ホブゴブリン退治のおはなし
ペンギンズは依頼にあった洞窟へと到着していた。
丈の長い草が生い茂る草原。その中に巨石が積まれたようになっている場所があり、岩の間には黒々とした裂け目がずっと奥へと続いているように見える。
ラットはしばらくそれを観察し、入り口を行き来する歩哨が居ない事を確認した後、中を覗き込んでいた。
「ここだな。入り口付近には気配はねえけど、複数のゴブリンが通ったような跡は確かにあらぁ」
岩の前で草は途切れている。
むき出しになった地面に、小さな足跡らしきものが残っているのを見、ラットはそう言う。
「洞窟自体はそんなに広くないって話だったよね」
ならば、とエイミィは言っていた。
以前に見た、ベティたちの戦い方でいいのではないかと。
音響弾で入り口に釣り出し、片付けるというやり方だ。
あれは確かに楽そうであると思えた。
シャーマン入りのゴブリン集落であっても雑兵の殆どを誘い出してみせたのであるから、小勢のゴブリンなどにはこれ以上無いほど効くに違いない。それだけで恐らく殲滅が可能だ。
「では……真似させてもらいましょうか」
ミリィは笑いながらそう言っていた。
洞窟の入り口付近で炸裂する轟音。
そしてペンギンズは両手剣を構えたエイミィを先頭に、いつでも彼女に防御術を掛けられるよう備えながらゴブリン達が穴から出て来るのを待った。
しかし、暫く待ってもあちらには何の動きも無い。ギャアギャアというゴブリンの耳障りな声さえも、聞こえては来なかった。
「……出て来ないね」
カイルは首を傾げながら言う。エイミィもまた、あてがはずれたというように腕組みをしている。
「もしかして、もう何処かへ行ってしまったのでしょうか」
ミリィは言いながら洞窟に近寄ろうとするが、カイルはその肩を掴んで止める。
「ちょっと待った。……いま近寄るのは、あまりいいこととは思えない」
音響弾によって、少なくとも魔物にとって友好的では無い者たちが入り口近くに居るという事は高らかに宣言したばかりだ。
仮にゴブリンが既にこの洞窟を放棄していたのだとしても、代わりに何か別のものがここには住み着いていないとも限らない。
まずはこの距離から安全に洞窟内の探知が出来ないかと、カイルはそう言っていた。
「なるほど……そうね」
ミリィはうなずき、そして少し考えた後その場に落ちていた小石を拾う。
「これは疲れるからあまりやりたくはなかったのだけど……」
そう言って、彼女は小石を洞窟内へと放り込んでいた。
小石を中心に探知魔術が展開される。
それはかつて彼女が、自分に対して使用される固い探知妨害を破るために編み出した小技だ。
だが、自分を中心に展開される通常の探知とは異なる点――自分自身をも外部から解析するかのようなその感覚を、ミリィはどうしても好まなかった。微かに吐き気を覚える。
しかし、今はそれどころではなかった。
「……いたわ! 中に6匹、こちらを待ち構えるように……」
「シャーマンでもない、普通のゴブリンがかよ?」
ラットは驚いたような声をあげ、再度洞窟に視線を送っていた。
のそりと、洞窟から亜人が姿をあらわす。
探知魔術の使用を知覚したのか、そうでなくとも、このまま待ち構えていても獲物は現れないと踏んだのは間違いなかろう。
ゴブリンに非常に似てはいるが、ラットよりも若干大きな体格。そして身に纏う武装を見てミリィはややその目を細める。
「あれは……ホブゴブリン」
「また話が違う展開かよ……」
ラットはうんざりとそう言い、そのやや大きいゴブリンといったふうな魔物を睨んでいた。
ホブゴブリンはゴブリンの近縁種にあたる亜人である。
よって容姿としては肌の色が若干異なる程度で似通っており、言語も同じものを用いると言われているが、その身体はゴブリンよりも一回り大きく、体格相応の力と頑健な肉体を持っていた。
また、その知能もやや高い。ゴブリンの中にシャーマンが生まれるように、なかには錬金術に傾倒する者もあらわれるという。
既に戦意をあらわにしたホブゴブリンたちの前で両手剣を構えるエイミィ。
遠距離攻撃持ちは見た限り居ない。揃って鉈のような幅広の剣を持ち、展開するホブゴブリンたちに考えていたような突撃も出来ず、しかし彼女は前衛として牽制に立つ。
未だ距離があるうちに頭数を減らさなければと、ミリィとカイルは眼前に魔法陣を展開していた。
それを見たホブゴブリンたちはゴブリンと同じような鳴き声で、しかしやや野太い声で鳴き交わし、6体がばらばらに散りながら早足での接近を開始する。明らかに魔術を警戒した動きだった。
「音響弾に釣られなかったのもそのせい、ってことか」
カイルはそう呟いていた。ホブゴブリンは魔術に対して慎重な態度を取るのだ。
けれど、それは範囲攻撃で全滅しないためだけの動きでしかない。
カイルの火炎槍を胸に受けたホブゴブリンはその青白い炎に顔面の骨までを焼け崩れさせて倒れ、ミリィの連射される氷の矢を受けたホブゴブリンは左腕から頭部を挽肉と化しながら盛大に血を吹き上げ、その場に崩れ落ちる。
一瞬にして2体を失ったホブゴブリンたちは悲鳴のような声をあげながら、エイミィへと剣を振り下ろしていた。
筋力強化の光を曳きながら飛び退くエイミィ。
重い両手剣を下段に構えながら、全くその重さを感じさせない彼女の動きにホブゴブリンたちは驚愕の声を漏らす。そしてその剣が引き戻される前に、ラットの放った矢が一体の頭部へと突き刺さり、そのホブゴブリンは己の眼球に突き立った矢を掴みながら絶命する。
半数になったホブゴブリンたちは戸惑ったように視線を交わした。
ゴブリンよりも知能が高いぶん、彼らの士気は戦況にだいぶ影響を受ける。劣勢となれば逃げる事を念頭に置きながらその後の戦闘を行うことも珍しくはない。
そして、一体のホブゴブリンは腰のポーチへと手を伸ばしていた。
「……何?」
何かが自分へと投げつけられるのを見て、エイミィは一瞬だけ行動に迷った。
武器で弾くべきか、それとも避けるべきか。正体がわからないものに対して武器を振るうということには抵抗があったため、一瞬の迷いの後には両手剣を捨て飛び込むような前転でその場を離れる。
それが正解であったということは、すぐにわかった。
地面に落ちて爆発する小瓶。
特に破片を散らすようなものではなかったため、ラットたちはその爆発音に驚く程度で済んだが、何が起こったのかという驚愕に彼らはしばし今の状況といったものを忘れ去る。
そしてはっと我に返った時には、ホブゴブリンたちは既にかなりの距離を逃げていた。
「この……!」
ラットは弓を引き絞る。つがえられた矢に魔法陣が浮かび、やや強引な軌道を描きながら飛翔した矢はホブゴブリン一体の膝裏に突き刺さり、それを転倒させる。
続いてミリィの氷の矢が飛ぶが、こちらは発動にやや時間がかかる事もあって、延長されたその射程でも致傷距離には僅かに足りなかった。
ホブゴブリンの背に多少の痣を残した程度で、足を止めさせるには至らない。
「……逃しちゃいましたね」
ミリィはそう言っていた。4体は仕留めたが、2体のホブゴブリンが逃走に成功してしまった。
「この場合はどうなるんだろな……」
頭を掻きながらラットは言う。魔物を全滅させる事はかなわなかったが、そもそも依頼されたものとは別物であるのだし。
「洞窟内の魔物を掃討するって依頼だと思えば、一応これでいいんじゃないかな」
カイルはそう言い、片足を千切れかけさせながら、未だ息のあった最後のホブゴブリンにとどめを刺していた。




