第六十六話 更に付いて来る人達のおはなし
トアはしゃがみこんで軽く足元を眺めると、それだけで一方を指さしてみせる。
「小型の亜人ですね。数は……確信は持てませんが依頼にあった通りかと。方向はあちらへ」
「よーし、行ってみましょ!」
満足げにうなずき、進み始めるベティだが、それに続くリックはどうにも微妙な表情でトアを見ていた。
「何よ、あの子にまだ何か不満があるわけ?」
「いや……そういった訳じゃないんだけど」
ベティの言葉に、リックはそう答えるしかない。彼がトアに抱いているものは不満ではないのだ。
「ねえベティ。どうして、彼女が斥候だなんて思ったのさ……?」
トアを見て、リックがまずベティにかけた言葉はそのようなものだった。
何故なら、彼女はどこからどう見ても猟兵だの盗賊だのには見えなかったからだ。そもそもの話、まず冒険者にすら見えない。
着ているものはどこででも売ってそうなただの衣服。
上衣とスカート、それにふくらはぎまでのブーツといった感じだったし、マントや背嚢などといった旅装も一切持っては居ない。腰のベルトに幾つか小さなポーチが付いている程度だ。
武装の方も一見しているようには見えない。スカートに隠れてしまいそうな位置、ブーツの外側に2本のダガーを括り付けている事は言われて初めて気付いた。
パッと見て感じる印象はただの町娘。
街からそんなに離れることもなく、もし旅行をするとしても徒歩でなど何処へも行かなそうな。
そんな彼女が冒険者盗賊だなどと言われても、にわかには信じられなかった。
まあ、それでも現在ではだいぶマシにはなっている。
ベティ達が基本的に徒歩で行動し、野宿などをすることもあると聞いて、彼女も色々と装備を買い揃えてくれたからだ。
暗色のマントと背嚢、その上に括り付けられた毛布。スカートはやめて厚手のハーフパンツにし、四肢に軽防具を装着した彼女はまあまあ、軽装の冒険者と言って通りそうな見た目にはなっている。
けれどリックにはどうも、違和感が拭えなかった。
「考え過ぎじゃない?」
リートはそう言って笑い、アリサなどは最初から特に違和感も覚えなかったようなので、自分がおかしいのかとも思った。たかが服装一つで気にしすぎだろうと。
それにトアの野外斥候としての技能は、彼女を迎え入れてからの短い時間で十分すぎるほど示されていたことだし、これ以上妙なことを気にかけてパーティの和を乱すべきではない。
忘れよう。リックはそう考えていた。
そして別な事をベティに問いかける。
「そうだ、ベティ。この仕事が終わったら南の街に移動するって、本当なの?」
「ええ、本気よ。別にあいつらを追いかけてく訳じゃないけど、西の街の公衆浴場も全部制覇しちゃったし、移動のしどきだと思って。あと行ってないのは南の街だけなのよね」
聞けばリートとアリサの了解は既に取ってあるのだという。
自分が一番最後か、とリックは少し情けない気持ちになったが、ベティは続けていた。
「あ、勘違いしないで。判断としては、あたしはあんたの物を一番信用してるわ。だからこそ最初に聞くとそれだけで話が進んじゃいそうでイヤだったのよね」
少しだけ頬が緩む。我ながら単純だな、などと思いながら。
そして確かに、既にメンバー3人が賛同しているなら自分もそれを考慮に入れなければいけないか、とリックは思っていた。
「……そうだね。南の方は強力な魔物が増えるから、南の街も冒険者が一番多く集まってる、言わば冒険者の街とでも呼ぶべき場所なんだ」
リック自身も人づてに聞いた話だが、彼はそう語りはじめる。
賑わってはいるけれど、武装した血の気の多い者達が多いということで安全な街とはとても言えない。新米冒険者パーティである自分たちが行くには少し危険かもしれない。
そんな事を言い、しかし彼は最終的にはベティの判断に任すとしていた。
「なるほどね。……ま、気をつければ大丈夫じゃない?」
ベティはそう返す。つまり行くという事で決定というわけだ。
リックは軽く、溜め息とも言えないような息を吐いていた。
とそこで気づく。リートとアリサは賛成で、自分が最後ということは、トアは反対したのだろうか。
ちらりと彼女に視線を送ると目が合った。
偶然ではなく、おそらくリックが自分を見るのを待っていたのだろう。トアは口を開く。
「はい、お勧めはしません。リックさんが言ったのと同じ理由で。ですが、私はパーティで最も新参でもありますし、決まった方針に反対はいたしません」
はっきりと言うその言葉に、リックはつい彼女から目を逸らしてしまっていた。
何事もなく依頼を終え、報酬から取り分をもらったトアは街の教会へと向かう。
そしてしばらく長椅子にぼんやりと座った後、彼女は告悔室に入っていた。
ほどなくして神父が居るべき部屋に現れた気配は、微かに笑いを含ませながらトアに声を掛ける。
「ようやく現れたな。……冒険者の格好も様になってるじゃないか」
「町娘に擬態するよりは楽かもしれないと思い始めてる」
当然、相応の警戒はさせてしまうが。そう言って彼女は標的の情報を相手に促していた。
こういった場所にはギルドの支援員が居る。
暗殺を担当する人間が長々と追跡や、調査などを行うのは非効率なので、行く先の支援員から必要な情報をもらって仕事にかかるというわけだ。
だが、相手の男はトアの言っていることの意味がわからないといった風に問い返していた。
「標的? 彼の暗殺は失敗したんじゃないのか。他にも何か受けていたっけか」
「……失敗とは考えてない。私は無傷だし、彼もそう。ただ見失っただけで、何も始まってない」
言い張るトアに相手の男は苦笑していた。
「やめておけよ。まさか返り討ちにあった訳でもないだろうに、なかなか戻らないあんたの事を上はだいぶ気にかけてた。さっさと失敗を報告して次へ向かいな」
その言葉に、トアはやや表情を変える。
軽くあしらわれるだけに終わることなど最初からわかっていたと言うのか、とばかりに。
「そちらでもまだ捕捉出来てないなら、いい」
トアはそう言って告悔室を出ていた。
相手の男も溜め息一つを残して、その気配を消す。
教会にいつもの寄付に訪れていたリートは、ふらふらとそこを出てゆくトアの姿を見かけ、そのまま見送っていた。あの子でもこんな所に来るんだ、などと思いながら。
しかしさして興味もなく、再び自分の財布を覗き込む。
「……やっぱランク3の維持だけでいっぱいいっぱいか」
そんな事を言いながら彼は溜め息を吐いていた。
冒険者神官の神聖魔法は定期的な寄付によって使用許可を買っているものだ。それにより、普通に神官戦士団に入る事による各種義務を免れることが出来るが、寄付金額は決して安くない。
この先もう少し高ランクの許可を買っておきたいが、そのためには稼ぎが足りない。装備品の購入で僅かな蓄えも使い果たしてしまったし。
南の街へ行くというベティの案は、そういった意味でリートにとって魅力的だった。魔物が強ければその分だけ報酬も高額になるだろうから。
実際のところ、正規ライセンスを持っていない者にとっては、受けられる依頼などこちらと特に変わりもしない、などということは今の彼らは知りもしないことだった。




