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第六十五話 追ってくる人のおはなし

「待って、その前にちょっと屋台を回ってみない?」

 そんなエイミィの提案に従い、美味しそうな匂いが漂う通りをラットたちはゆっくりと進む。

 今日の夕食もまただいぶ高く付いちまうなあ、などと思うラットだが、エイミィは意外にもそれらの品にあまり手を伸ばそうとはしなかった。

 自分から言い出した事だというのにどうしたのだろう、とラットは思ったが、その理由はすぐに明らかとなる。

「ねえミリィ……あたしたち、尾けられてない?」

 ぼそりと小声で告げられたエイミィの言葉に、慌てて後ろを振り返りかけるミリィ。

 だが彼女は何とかそれを踏みとどまると、彼女に言葉を返していた。

「……本当なの? とりあえずこんな人混みの中じゃ、探知はあまり役に立たないけど」

「うん。ギルドを出てからね、なんか視線を感じるんだ」

 適当に買った串焼きを口に運びながら、エイミィは言う。

 ラットとカイルもその場で手近な屋台に金を払い、片手で持って囓れるものを仕入れると二人の近くへと寄っていた。


「俺がちょいと回り込むかい? 街の中だし出来ない事ぁない」

 ラットの提案にそれしかないかとうなずくミリィたち。そして彼は脇道の屋台に気を惹かれたふりをして、三人から離れていった。

 後方を警戒し、自分を追ってくる者が居ないことを確認したラットは、羽織っていたマントを引き上げ顔を隠しながら大きく回り込んでミリィたちの後ろにつける。

 そして人の波から変わった動きをしている者を探す――と。

「あれか」

 さしたる苦労もなく、尾行者は見つけられていた。

 これはラットの技量というよりは、彼らがそういったものに明らかに慣れていないことが大きい。

 3~4人の冒険者姿が、特に芸もなくミリィたちの後を追っているのだ。その武装は重く、視線は向けっぱなしであり、ミリイたちが止まれば彼らも止まるというあからさまなもの。

 これだけ道に人が溢れていなければ逆に向こうが恥ずかしくなってしまいそうな動きだが、まあ、特にあちらも気にしては居ないのだろう。ばれたらばれたで、といったところか。


 そこまでを見ると、ラットは彼らの脇をすり抜けてミリィたちの所へと戻っていた。

 軽く人混みに紛れながら装備の位置を整える。恐らく、相手もペンギンズの姿を完全に把握出来ている訳ではない。ラットが離れた際の動きがなかったのが何よりの証拠だ。


「冒険者っぽいなあ」

 わかっていた事ではあるが、あまり良いことではないといった風にラットは言っていた。

「新米だけってことで目をつけられたのかな」

 冷静に言うカイル。そういうことなのだろうとラットもうなずく。

「……撒くことは出来そうですか?」

 呟くように言ったミリィに、ラットはエイミィを見ながらやや唸っていた。

 何しろ体の両側からものっそいはみ出る両手剣である。人の流れは彼女の前でちょっとだけ停止し、そして軽く分かれて進んでいた。

 冒険者の街であるのでこういった物は見慣れているのか、特に文句を言ったりしてくる者は居ないが。というか似たような巨大武器持ちとはさっきから割とすれ違うのだが、目立つ事には間違いない。

「……難しいかな」

 ラットはそう言って首を捻る。


「あたしが問題なら、みんなだけ先に行ってベッドを取っておく?」

 エイミィの提案に悩むラットたち3人。

 このまま4人で宿まで行くのもあまり良いとは思えない。となれば人気のない場所か時間までこのままうろついて連中を撒くか、分散するかしか無いわけだが。後者はあまり選びたくなかった。

 単純に危険であるという事もあり、また心情的にもだ。

「……いや、もう一つ手はあるんじゃないかな」

 カイルは言って、はっきりと後ろを振り返ってみせた。


 驚くラットたちにも付いてくるように手振りし、カイルはそのまま元きた道を戻ってゆく。

 そしてペンギンズの後を付いて来ていた男たちを殊更じろじろと見ながらその横を通り過ぎ、しばらく進んで、脇道へとふいと逸れる。

 男たちが慌てて駆け戻り、脇道を覗いた先に、もはや彼らの姿はなかった。


「すげー事すんな、カイル」

 走りながら言うラット。それにカイルは苦笑しながら答える。

「あまりやりたくはなかったことだけどね。自然に撒ければそれに越したことはないわけだし」

 そしてそのままギルド提携ではない普通の宿に駆け込み、部屋を取るペンギンズ。

 冒険者の宿が備える宿泊施設は主に簡易ベッドが並ぶ大部屋といった作りだが、こちらは個室が主となっているためだいぶ割高にはなるが仕方がないと諦め。

 とりあえず男女で2部屋を取ったラットたちは部屋へと引っ込んでいた。


「さて、どういう用事だったと思うね? カイル」

 装備を適当に置きながら訊いたラットに、カイルはやや考えていた。

「どうかな。……友好的な用件って想像が出来ないのは、多分僕だけじゃないと思うんだけど」


 まぁ、な、とラットは返していた。

 新米と知って追い、接触して来るわけでもなく宿を突き止めようとしてきたのだ。

 以前にも言ったが冒険者同士のいざこざに衛兵ガードは介入しない。何かあれば頼れるのは自分だけだ。

 まさか街中で追い剥ぎをして来るなどという事も無いだろうが、定住を許されず基本的に全財産を持ち歩いている冒険者はそういった者にとって最大のカモである。

「新米パーティってだけでこれだけ目立つとなると、ここは滞在するにゃあまり良い場所じゃねえかな……」

 ラットはそう言って唸り、カイルもそれに同意を返していた。

 せめて正規ライセンスを得てから来るべき場所だったのかもしれない、と。


 これまでのペンギンズの活動期間は概ね50日程度だ。

 あとひと月と少し、それだけ経てば新米期間も終わる。振り返れば、そんなに時間が経っていたのかと思うほどあっという間に過ぎた二ヶ月弱ではあるが、これから一ヶ月は待つのには長く感じる。

 微妙な所だな、と。ラットはそんな事を考えながらベッドに潜り込んだ。


 さて、あんな事があった後だけにしばらくは外出は控えたかったのだが、受けてしまった依頼は遂行しなければならない。

 翌朝早くから行動を開始したペンギンズだったが、街の門で彼らを待っていた人間の姿を見てラットはうめき声をあげていた。

「……あんたら、いつからここに居たんだよ。頑張るよなあ」

 それは紛れもなく昨夜、ペンギンズを追ってきていた男たちだ。そのうちの一人はラットの言葉を聞いて、眠たげな声で口を開く。

「こっちだって、ここまで手間がかかるとは思ってなかったよ。だが引き受けちまったもんはしょうがねえ」

 そして彼は、ラットたちがペンギンズである事を確認した後、クレアの名を告げていた。

「お前らを見かけたら、宿の場所を教えてくれってよ」


 ラットたちは拍子抜けしたように彼を見ていた。

 まさか、そんな事で一晩走り回るとはどれだけ律儀なのかと。しかしそんな目を向けられた男の方も、用件はそれだけではないとばかりににやりと笑う。

「しかしお前ら、本当に新米だけで活動してるのか?」

 危険ではないのか、そもそも選べる依頼も少ないだろうと付き纏ってくる男たちに、ラットたちはこれはこれで迷惑な人間に会ったものだと苦い表情を向けていた。

 つまり自分たちのパーティに入れということかと。

 確かに死にかけた事は何度かある。しかしエイミィとミリィが自分たちより高い戦力をむしろ排除してメンバー選びをしたのは当初からの方針だ。

 今更これを変える気も――ラットは二人をちらりと見たが、無いようであった。


「……そう。ところで、もしその話に乗るなら四人全員でそちらに入れるものなんですか?」

 ミリィはふと思いついたように訊いていた。

 男は脈があるとでも思ったのか笑みを浮かべ、しかしその声は若干困ったような色を帯びる。

「ああ……そいつぁ、ちょっとな。二人なら何とかなりそうなんだが」


「じゃあ、お断りだね!」

「考えるまでもありませんね」

 エイミィとミリィはそう言って駆け出していた。

「悪いな、おっさん」

 ラットがそう言いながらその後に続き、カイルが無言でそれを追ってゆく。

 男たちはなおもそれを追いかけようとしたが、流石に眠気が勝ったか、さほども行かないうちに引き返していた。

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