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第六十三話 未解決事件のおはなし

「さて……どう思うかな、ラット」

 藁のベッドに潜り込んだラットに、カイルはそんな風に声をかける。

 ラットはしばし唸りながら考えた後、答えていた。

「特に問題のある話じゃねえと思うんだがな……」


 根拠としては、この村が街道沿いにあるためである。

 街から街へと移動する人間が頻繁に立ち寄る場所。しかも南の街はやや遠いため、この村で一泊してゆく者も多かろう。そういった場所に、本当に身を隠したいと思っている人間が住み着くという事は考えがたい。

 よって追われる者や、或いは人間に化けた魔物であるとか、そういった可能性は――皆無であるとは言わないが――低いと考えて良い。

 更に、この村で空き家を買えるような、ある程度の蓄えも持っていたようだとなると。

 特に後ろ暗いところのない元冒険者や、この情勢で旅路に危険を感じ始めた行商人といった線が最も有り得るところだろうとラットは言う。


 カイルはそれを聞いてうなずいていた。

「うん、僕もそんなとこだと思ってる」

 そして、本当に何事もなければいいよね、と言うカイルにラットはうなずくが。

 その実、どうだろうな――といった感覚は消えなかった。

 最近身についてしまった、穏やかに物事が進行していると妙に胸騒ぎを覚えてしまうという悪い癖だ。


 先程の分析については間違ってはいないと思う。

 よって後は確率の問題と、何か見落としがないかどうか。そして明日からの調査次第。

 今考えても仕方のないことだと自分に言い聞かせ、ラットは目を瞑る。

 心配事を一旦脇に置いて眠ろうなどとしても寝付けないかもしれない、などと思ったが、昼間の旅路でだいぶ疲労が溜まっていたのだろう。

 そう苦労することもなくラットは眠りに落ち、そして夢も見ることなく翌日の朝を迎えていた。


「……なんか、あんま疲れ取れてねえな」

 藁のベッドから起き上がって第一声、あくびと共にそう言うラット。

 そんなに疲れていたのか、それともベッドが良くなかったのか。ぼんやりとしながら身支度を整え、表に出ると既に朝食を終えて来たらしきエイミィと出会う。

「おう、おはよう」

 再びのあくびを噛み殺しつつも挨拶をするが、彼女は何やら顔を真っ赤にしながら逃げていってしまった。

「……俺、なんかしたっけか?」

 ラットは頭を掻きながらそう言っていた。


 その後ペンギンズは小屋へと集まり、調査の方針について話し合う。

 どうも態度がおかしいエイミィとミリィに首を傾げながらも意見を出すカイルとラット。その結果、昼間の調査はエイミィとラット、夜間はミリィとカイルといった風に話は纏まっていた。

 昼間についてはモニカの動向をそれとなく見つつ、村の住人に聞き込み。

 夜間については探知魔術でモニカの家周辺を定期的にサーチし、何か怪しい動きや奇妙な来客などが無いかを見るというもの。


 ラットは少しばかり残るだるさを顔を洗って吹き飛ばし、エイミィと共に村の中を回る。

「そういや、村の人間には俺たちが依頼を受けてるってことは知らされてねえんだったな……」

 今更気付いたというようにラットは言っていた。

 ならば、滞在している理由を何か作らなければまずいというわけだ。

「南の街へ行く途中の休憩ってのじゃ駄目なの?」

「それで三日はちと長い。くっそ……遅くとも今朝のうちに考えとくべきだった」

 がりがりと頭を掻きながら進むラット。

 しかし、やはりエイミィとの距離がいつもより若干遠いのが気になった。

 やっぱ俺何かしたっけなあ、などと思いつつ遠くからの張り込みと軽い噂の聞き込みを続け、しかしこれといった成果もなく。

 昼間寝ておいたカイルとミリィの方へ調査を引き継ぐ。


「じゃあ……行きましょう、カイル」

 妙に感情を抑えたようなミリィと困惑気味のカイル。

 そんな二人とすれ違いながら小屋へと入り、食事を終えてベッドへと潜り込む。

 どうにも――おかしな違和感を覚えながら、ラットはその正体に辿り着けなかった。



「絶対、怪しいと思う」

 翌朝4人が揃って、一日目で得た情報を整理するなか、そう強硬に言い張ったのはエイミィだ。

 そして、ミリィもそれに同調していた。

「そうですね……彼女に対する村人の感情って、なにかおかしい気がするんです」


 旅行者や行商が立ち寄る機会も多い村であるため、余所者に対する警戒心が薄いのはわかる。

 しかし、たったひと月程度。それもあまり積極的に交流したがらないような態度を取る住人に対し、普通はもっと胡散臭げな目を向けるものではないのか、と。

「それが……高齢の方を除く、主に男性から、好意的な話ばかり帰ってくるというのは……」

 おかしいというわけだ。場合によっては微弱な魅了チャームが使われている可能性もある。

「魔術師だっつうわけか?」

 ラットは訊くが、ミリィはやや考え込むようにしてからそれに答える。

「魔物という線も、私はまだ捨てていません」

 とにかく、二日目は聞き込みは休んでモニカの見張りと、また村の中で魔術が使われているなら魔力の痕跡を探すということで調査方針はまとまる。


 しかし、結論から言ってしまえば特に何も出なかった。


「最終日か……こりゃもう直接対決で行くしかねえか?」

 言ったラットに、更に様子がおかしくなったエイミィとミリィが胡乱な目を向ける。

「ラットさんがそうしたいんじゃないですか?」

「もし直接ぶつかるなら、ラットとカイルはここで留守番ね」

 なんでだよ、とラットは言うも、何だかこの村へ来てからぼーっとしてる、ずっと疲れたような様子でいると言われては反論が出来ない。

 事実そんな感じだった。ちゃんと寝ているのに疲れが取れないままなのだ。

 カイルと揃って風邪でも引いたのかといった感じになっていた。

「ですから、二人はここで休んでいて下さい」

 ぴしゃりと扉を閉められ、小屋の中に取り残されたラットとカイルは顔を見合わせる。


「……やっぱ、変だよなあ? あの二人」

 ラットは言い、カイルも同意したように一旦うなずくが、彼もまた口を開いた。

「でもわからない事はないよ。ここへ来てから僕らもちょっと変だし、この状況もおかしい」

 そのことはラットも否定出来なかった。



 さて、モニカの家の前にて。

「貴女は……いったい何者なんですか?」

 ミリィはいきなり直球をぶつけていた。不審に思っていることを隠しもせず。

 モニカは突然やって来た少女二人に戸惑うような視線を送っている。更に、彼女たち二人から敵愾心に近いものをぶつけられている事に対しても不安がるような態度をみせて。

 あまり気の強そうな女性ではない、流れ者と言われて想像したような靭さは感じられなかった。

「何者、と言われても……」

 ここへ来る前はただの薬師ヒーラーであったとモニカは言う。村々を回りながらその道中で薬草を集め、魔術的効果を持たない各種薬品を作る者たち。

 その効果は微弱で即効性もないが、教会や魔術師が要求する対価に比べれば格安で提供される。腹下しや微熱などで神聖魔法の世話にもなっていられないため、こういった薬の需要も多いのだ。

「実は魔術師だとかでは?」

 魔力探知を使いながら詰問するミリィだが、彼女の張ったセンサーには何一つ感じ取れない。

 これで相手が本当に魔術師であったとしたら、その隠蔽能力はこちらの数段上だとミリィは考えていた。もし正体を暴けたとしても戦いにもなるまい。


 そして、結局ミリィとエイミィは引き下がる。

 バズには何も妙なところは見つからなかったと報告するしかなく、どこか納得のいかないところを感じながらもペンギンズは村を離れていた。

「……なあ、エイミィ」

 村の門を出て街道を歩きながら、ラットはエイミィに問いかける。

「俺さあ、なんかしたっけ?」

「……ラットは多分、夢を見なかったんでしょ。それか忘れちゃってるか」

 エイミィは少しだけ怒ったようにそう言っていた。



「……マイヤード領北東の魔族軍が、消えた?」

 カエデは領主館で報告を受けていた。彼女に報告を齎した忍者は続きを述べる。

「は。正確には、だいぶ以前から敵将は姿を消していたかと。誘惑テンプテーションの効果がひと月余りも残っていたため、これまで敵陣が維持されていた、そういった事かと思われます」

 溜め息を吐くカエデ。彼女は記憶を辿り、その魔族軍を率いていた悪魔のことを思い出す。


「……確か、夢魔サキュバスでしたね。指揮能力も戦闘力も大したことはなかったが、部隊解散して単独で潜むことを選んだとすれば、逆に厄介な。……分かりました、引き続き捜索を続けなさい」

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