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第六十一話 新人のおはなし

「それで? あんたたちはこれからどうすんのよ」

 ギルドで報酬を受け取り、別れ際、ベティはそうラットたちに問いかけていた。

 ラットはその言葉に少し考え、素直なところを口にする。

「まあ、あんま考えてねえんだよな……また暫くは適当な依頼を受けて過ごすか」

 長期的にはこの領を出ようと思っているが、どちらへ行くかもまだ決まったことではない。


 そんな言葉を聞いて、ベティはうなずいていた。

「ま、どっか行くんだったら言いなさいよ。付いて行くって訳じゃないけどやっぱ気になるし」

 その言葉にラットたちは笑ってうなずく。

 突然姿を見なくなったとしたら、やはり悪い事を考えてしまう稼業である。

 ただ移動をしただけでそんな心配をかけるのは心苦しい。


「じゃあ、南へ行ってみませんか?」

 ミリィはそう言っていた。これまで訪れていない街と言えば南の街だけである。

 いずれここを出るとすれば、行っていない場所を残して行きたくはないという彼女の言葉にラットも納得していた。

「でも、南の方ってモンスターも強くなるんじゃないっけ」

 カイルはそう口を開く。

 魔族たちの領土、大穴周辺に広がる黒き森には強力なモンスターが多数生息するという噂であった。

 そうでなくともこの領の南側にはあまり人が立ち入らない。南方三分の一ほどは、ジーニス領という扱いではあったが実質的に単なる緩衝地帯に近い場所であった。


「そういう話だな。でもまあ、今んとこ蓄えはだいぶ出来たし」

 ラットはそう言って自分の財布を叩く。それは金貨への交換をちょっと考えたくなるほどにパンパンに膨れ上がっていた。

 魔術師の隠れ家探索からこちらだけで、各自が持つ銀貨は一千枚を越えている。重量にして2キロ。

 腰につけて歩くには少々重すぎる量であり、背嚢の底に収めるにしてもどうか。

「依頼が危険そうだったら、南の街の珍しいものを食べ歩くだけでもいいよね」

 エイミィはそう言って笑ってみせる。

 そうだ、少し長い休暇を取るのもいいかと、彼等はそう思っていたのだった。


「なかなか優雅な話をしているねえ」

 クレアはそう言って苦笑のような笑みを浮かべていた。

 彼女としてはたった金貨10枚ほどで余裕が出来たように思えているペンギンズは、どうにも微笑ましく思えるのだろう。

「だが、南か。あたしもちょうどそっちへ行ってみようと思っていた。何かまた用事があったら呼びなよ、ラット。あんたたちなら普通に依頼を受けるよりゃ、楽して稼げそうだ」

 まあ勿論、別に用事がなくても構わないが――と。

 彼女は軽くラットの顎を擽り、そして去ってゆく。

「……すんごい気に入られてるよね、ラット」

 何やら複雑な表情で自分を見るエイミィの視線に焦りながら、ラットは早々に宿へと向かうことを主張していた。どうしてこうなったのやら分からない、といったような顔をして。


 だが、エイミィの態度も若干変わってきたような気がすることに、ラットは少しだけ嬉しいような、恥ずかしいような感覚を覚え始めている。

 お気に入りが自分から取られる事に不満を覚える子供のようではあったが、それでもだ。


「で、どうするよ。明日から早速出るかい? それとも途中でこなせる依頼を受けていくか」

 冒険者の宿にて、一階部分の食堂に腰を落ち着けながらラットは言う。

「まあ、余裕があるとは言っても何かあったときの事を考えればまだ少ないですからね」

 ミリィはそう返す。ついででお金が稼げるのなら、その機会は積極的に拾っていった方が良いという考えだ。

「じゃあ、いつも通り。明日1日は休んで、依頼を選んでから南へ……だね」

 カイルがまとめるように告げる。

 これまではこういった発言というのは主にミリィが行っていたのだが、自然とカイルもその役目を一部引き受けるような形となっていたことにラットは気づく。

 そして、そこに今までのような気負いが無くなっていることにも。


 やはり、良い方へ進んでいるのじゃないか。ラットはそんな事を思って微笑んでいた。

「嬉しそうね、ラット。何かあった?」

 問いかけるエイミィに手を振ってこたえる。

「いんや。何もないことが嬉しいってこともあるだろ?」

 そんなラットの返答にエイミィも微笑で応え、その表情を彼は眺めながら。

 ふと、背後を振り返っていた。

「……どうしたの、ラット」

 エイミィが若干驚いたように問う。ラットはそれに首を横に振る。


「いや、何もねえんだ。なんか……こういう穏やかな空気が流れてる時って、決まって何かが起こる気がしてよ」

 考え過ぎだな、とラットは呟くように言っていた。

 良いことがあった時、素直にそれに浸れないようになってしまうというのはこれまでに起きた色んな事件の影響なのだろう。

 自然な防御反応であり、警戒心の発露としては歓迎すべきことでもあるが。

 やはり、不幸なことであるのには違いない。

 ラットは微妙な笑みを浮かべながら、胃の辺りにほんの僅か残る、予感じみたものを何とか宥めようとしていた。



 トアはあてもなく西の街をうろついていた。

 結局のところ自身は無傷なのであるから、クレフについてギルドに失敗報告を入れて忘れるといったようなことは出来ない。任務は未だ完了しないまま、標的だけを見失ってしまった。

 この状態に、普段は殆ど感情らしいものをみせない彼女は、いま自分自身への困惑とでも言うべきものを抱えている。

 ――私は、今何を考えているのだろう。そんな事が妙に不明瞭で、気持ちが悪い。

 クレフについては養成校で数回、模擬戦の相手をしてくれた程度の人間としか思っていなかった。

 優秀な暗殺者であるとは聞いていたが、特に興味も無く個人的な感情も抱かずに居た相手だった。

 だが。

 執着しているのか、私は。あれに。今はそんな事を思う。


 適当に腕の一本でも切り落としてくれれば単に失敗として忘れられたのに。

 死んでいればそもそも、その先何も考えることは出来なかったのに。

 何故、あれは、私をこんな状態で。

 まとまらない思考を抱えながらトアは歩き続け、一本の細い路地を通り過ぎようとし、そしてそこで進行しているごろつき同士の喧嘩に気付いて足を止める。

 丁度良い憂さ晴らしだ、と。彼女は転がっていた細い角材を拾い、そこへ飛び込んでいった。


 こちらに背を向けている男の膝裏へとそれを突き込む。

 予想だにしない方向からの痛みに悲鳴をあげた男はその場に倒れ、トアはその喉を踏みながら更に前進していた。

 こちらに気付いてぎょっとする男の脇腹を一撃。続けてもうひとりの男のみぞおちを突いて、その場に崩れ落ちさせる。

 背後で道に、男が吐瀉物をぶち撒ける音を聞きながら更に前進。

 殴り合っていた男たちの誰が味方で誰が敵などという区別も彼女には存在しないため、その場に居た全員をとりあえず打ち据えて無力化してゆく。

 的確に急所だけを狙うトア、身長140センチ程度の角材を持った少女一人に男たちは反応も出来なかった。酒の混じった吐瀉物ゲロをぶち撒け苦痛に呻く男たちをつまらなそうに眺めて、トアは角材をその場に投げ捨て路地の反対側から出ようとする。


「やるじゃない……あんた」


 そこに、声はかけられていた。

 はっと横を向くトアの前に、腕組みをして仁王立ちする少女が一人。

 褪せた金髪、そばかすの浮いた頬、赤い装甲付きドレスといった戦装束を纏い、背中にはでかいハンマーを負っている。

「あんた多分冒険者でしょ! でもって斥候スカウトでしょ! そんな若いんだから新米よね!」

 畳み掛けるように言うベティに、トアは何もこたえられず呆然としていた。

「どっかパーティ入ってる? じゃなかったらうちが拾うわ!」

 多分、入っていないと答えてしまったのだろう。気づけば、トアはベティに手を引かれて他のメンバーに紹介され、いつの間にかベティさんパーティの一員となってしまっていた。

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