第六十話 グリフィン退治のおはなし
9人となったラットたちは再び山を登っていた。
道は数日前、ハーピィを討伐に来た時と同じ。残しておいたロープを目印にそこを上り、大小の岩が転がる間を縫うようにして歩いてゆく。
「……こんな道のりってのは聞いてなかったわよ?」
流石に背中に負ったハンマーが負担となるのか、息を切らしながらベティは言っていた。
ラットたちにとっては一度通った道であるため、やや急ぎすぎたかもしれないと思い直し、彼等はそこで一度小休止を取ることにしていた。
「それにしても、初心者だけのパーティが二つかい」
8人をざっと見回し、あまり良いことではないとクレアは言う。
あの魔術師の書斎でラットたちを見た時、そして助けられてからすらも、クレアはペンギンズの名前すらろくに聞こうとはしなかった。
意味がないことと思えたからだ。恐らく正規冒険者として認められる三ヶ月を待つまでもなく彼等は全滅するか、もしくは半壊して散り散りになると思えた。
普通、なりたての冒険者はどこか大手のパーティに入れてもらって後方支援をしながら経験を積み、金を稼ぐものだ。ギルドは3人を一応の最低小隊単位として推奨するため、初心者同士でパーティを組む者も居るが、そういったものは基本、長続きしない。
ラットにとってもわからないではない話だった。情報に無い敵が現れること、そして実際死にかけたこと、その両方を経験しているのだから。
「波乱がないわけでもないのに、それでも無傷ってのは……運が良いんだろうね」
別に、ラットたちがただ運任せであるとクレアは言ったわけではない。
運の良さというのは冒険者として生き延びる上で最重要な要素だ。決して抗えない死というものは、どれだけ優秀な人間、どれだけ強力なパーティであっても訪れるものだから。
「この依頼が何事もなく終わったら……その時は、あんたたちの名前、聞かせてもらうよ」
クレアはそう言って笑っていた。
やがて、9人は以前グリフィンの姿を見た場所近くまで辿り着く。
探知魔術を使っていたカイルは反応が無いことにやや焦ったような顔をみせるが、それでもそこで待ち、定期的に探知を使い続けること30分。ついに彼はその反応を捉える。
「来た。……大型の反応が3体、戻ってきた……」
気が逸るカイルはもう短槍を抜いている。
それを押し止めるようにしたミリィは、背後の8人を振り返って言う。
「……初撃は、私が入れようと思います。ですから皆さんは敵の動きを警戒していて下さい」
もし気づかれるような事があったら、その時は各自、自分の身を守って欲しいと。
「グリフィン相手に魔術でかい?」
本気かと言うようにクレアはミリィを見る。ミリィが、無効化結界を貫通出来るほどの魔術師だとはクレアにはどうしても思えなかった。
しかし彼女がすぐさまうなずくのを見て、何か考えがあるのだろうとクレアも納得する。
「じゃあ……始めます」
ミリィはそう言い、ロッドを目の前の地面に立てるようにして持って、静かにその目を閉じていた。
「……なにか、寒くないですか?」
言い出したのはアリサだ。ミリィの隣でしゃがんでいた彼女は、自分の肩を抱きながら体を震わせる。
「確かに、一気に冷えてきて……」
エイミィもそう言う。その息には事実白いものが混じり始める。
だがラットには何もわからなかった。ミリィの近くに居る二人だけが、山の中腹とはいえ初夏の気候にそぐわない寒さを感じていた。
「……雪だ」
リックは空を見上げてちらほらと降る白いものを見つめていた。
まさか、とラットたちは空を眺める。そして確かに降ってくる雪の粒を呆然と見る。
グリフィンたちもその妙な天気に気付いたようだった。喉を鳴らしながらその鷲の頭を忙しなく動かし、何が起こっているのかと戸惑っているように思える。
そんな中、ミリィは閉じていた両目を開いていた。
紫色になった唇で呪文を詠唱し、そのロッドに薄っすらと浮かんでいた小さな氷属性の魔法陣が修正・拡大され、中~上級の魔法であることを示す大型の魔法陣へと変わってゆく。
「真夏に雪を降らせることは難しいけれど……真冬に降るなら当たり前のこと……」
術の完成を目前として、ミリィは言う。ラットたちに何が起こっているのかを説明するように。
「そして、雪が降っているのなら――それを強めることくらいなら、出来る気がして来ますよね」
発光する魔法陣。そして、発動した氷雪の魔術は、魔力無効化結界によってその威力を抑えられつつもグリフィン3体の翼を凍りつかせることに成功していた。
「……今だ、翼を割れ!」
弓を構えながら言うラット。誘導矢を用いて発射された矢が一体のグリフィン、その翼に突き刺さり、凍結した翼を両方まとめて砕け散らせる。
アリサは自分のロッドを構えていた。その先端に生成された上下二段の魔力弓を見て、ミリィは驚いたような声をあげる。
「あ……勝手に使わせてもらってます、すいません!」
慌てたように言うアリサだが、ミリィは微笑しながら「いいのよ」と返していた。
射出される氷の槍がグリフィンの翼を砕く。砕けたのは一枚だけだが、即座にアリサは二発目を発射し、もう一枚の方も撃ち抜いてみせる。
「あと一匹!」
弓に新たな矢をつがえようとするラットだが、その横でカイルは立ち上がっていた。
構える短槍に描かれる炎属性の魔法陣。槍の姿を写したような火炎槍が、最後に残った翼2枚をグリフィンの片目と共に焼きながら貫き、ばらばらに引き裂く。
「これで、グリフィンももう飛べないクチバシライオンね」
ベティはそう言って笑っていた。背中から引き出したハンマーは鎖を解放されて巨大なフレイルへと変化し、筋力強化を重ねがけする彼女の手に軽々と引かれている。
「昔っから思ってたんだけど……頭はライオンそのままだった方が強いんじゃない?」
エイミィも笑い、両手剣を抜く。その体に筋力強化の光を灯し、肩の上に担ぐ。
そして、少女二人は揃って突進していた。
脇の防御を固めるように遅れて飛び出すのはリックとリートだ。揃って盾を構え、武器を右後方に垂らすようにして相手の攻撃を見る。
飛行という手段をいきなり奪われたグリフィンたちは、彼等の突進に咄嗟に行動を取ることが出来ない。
巨大なフレイルで頭部を打ち砕かれて絶命するグリフィン一体。
その血に流石に正気を取り戻したか、前脚を振り上げるグリフィンにエイミィは突進を一旦取りやめる。軽くブレーキをかけたその前で、グリフィンの眼球にラットの誘導矢が突き刺さる。
「あはっ!」
軽く笑ったエイミィは、その機を逃さず側面へと回って両手剣を振るっていた。背側から首を斬り飛ばされたグリフィンは、しばらくじたばたとそのライオンの体を暴れさせていたが、やがて動かなくなる。
最後の一体。もはや突撃して来るグリフィンの前に立つのはリックとリートだ。
防御幕を体に纏わせた二人によって前脚の一撃と、続くクチバシでの攻撃は食い止められ、反撃に振るわれた剣とメイスがグリフィンの体を浅く削る。
彼等だけに任せておいても、もはや危なげないのではなかろうか。クレアはそう思ったが、万一ということもある。
長剣の先に小さく纏わせた光波を打ち出し、先程カイルが奪った片目とは逆側の目を裂いて、その視界を完全に奪った彼女はそのまま後方を振り返っていた。
「さ、あんたの獲物だろう?」
言われたカイルは再び火炎槍の魔術を紡ぐ。
そして盾を構えて注視するリックとリートの前で、グリフィンは今度こそその頭部を完全に焼かれ、息絶えていた。
カイルは3体のグリフィン、その死体へと近寄り、それを見下ろす。
その顔は平静だった。特に何も思うことがないというように。
けれど、ミリィがその傍に寄って彼の体に手をかけると、カイルの目からはひとすじだけ、涙がこぼれ落ちる。
その表情は一切変わらないまま、しゃくりあげることもなく。
「……うん、良かった。これで……なんだか」
そう言ったカイルは、苦笑を浮かべながら8人を順繰りに見て。
「ありがとう。これでようやく……始められる気がする」
そんな事を言い、頭を下げていた。




