第五十九話 仇のおはなし
グリフィンは特に魔術を使う訳でもない。
その戦闘力は、ほぼライオンの胴体が持つ格闘戦能力と翼の飛行能力に由来している。
だが、問題となるのは幻獣種が備える魔力無効化結界。悪魔ほど強力なものではないが、あらゆる攻撃魔法は概ね4~5割ほどその威力を減殺されてしまうため、決め手にならないのだ。
飛行する3体のグリフィン相手にその状態で仕掛けるというのはあまり現実的ではない。
無効化結界の上からでも致命傷を叩き込める高位魔術師か、無効化結界に影響を受けない魔術を使う魔弓士が揃っていなければ、先制を取ったとしても損害無しで片付けるのは不可能であろう。
こういった幻獣種の討伐依頼は新人冒険者には受注すらさせてもらえないが、それにはそういった理由が存在した。新米に勝てる相手では決して無いのだ。
だが――損害を覚悟した上でなら、行ける。カイルはそう思っていた。
あの丘巨人のときのように、前衛一人の犠牲を覚悟するなら。
カイルは、自分にとって今必要なものか、そうでない物かを明確に分けられる人間であった。
そして目の前にある選択に対して我慢が出来る人間ではない。貯めるということが出来ない人間でもあった。
けれども。
一度ミリィを見て、それからラットとエイミィを順に眺める彼には、出来なかった。
自分の思いつきを実行に移すことが出来なかった。
この場に、彼に――そしてミリィにとって必要でないものなど何一つなかったから。
「畜生……!」
無念にその表情を歪ませ、また唇を噛みながら、カイルは短槍を収める。
ミリィたちは安心したような吐息を漏らし、しかしその心は晴れないまま、元きた道を引き返して山を降りていった。
依頼達成を報告し、報酬を貰ったペンギンズは冒険者の宿へと引き上げる。
だが、達成した後とはとても言えないような気持ちで彼等はテーブルを囲んでいた。初めて依頼に失敗したあの森の安全確保、あの時ですらここまで沈み込んではいなかっただろう。
カイルはずっと俯いたまま何かを考えているし、ミリィもまた同様。
エイミィは何とかみんなの気分を変えようと色んな話をしているが、空回るばかりだ。
「……ともかく、今はグリフィン討伐の依頼すら私達はまだ受けられない状態ですから」
ミリィはそう言っていた。結局この話題に戻るしか無いとばかりに。
「通常のライセンスを得てから、それからもう一度考えましょう。……ね?」
「それには……どのくらいかかるのかな」
確認するように言うミリィに、カイルは彼女の方を見ないままそう返す。
特に試験などは存在しない筈だった。冒険者として依頼をこなし、生存するその能力だけが問われる。
よって最初に依頼を達成してから三ヶ月間の生存が通常ライセンス取得の条件である。
試験も依頼達成数の規定も存在しない、というのは取得が容易であることを意味しない。
ラットたちも新米が受けられる依頼だけで、危うく死にかけた事が何度もあった。冒険者として生きるということはそういうことだ。他に副業なり本業なりを持っていない限り、依頼なり遺跡荒らしなりで三ヶ月間生き延びているならそれなりの実力と運があることを認められる。
「……長い、ね」
カイルはそう言って寂しげに笑っていた。
そんな彼をラットはがりがりと頭を掻きながら見つめる。そして、口を開いていた。
「……やってみてもいいんじゃねえか、グリフィン退治」
「は?」
何を言っているのかと言うようにミリィはラットを見る。
そして、苛立ちを隠しもせずに続ける。
「……話を聞いていました? そもそも今の私達では勝てないし、討伐依頼も受けられないのですから戦ったところで報酬は手に入らない。そうなれば、重傷を負ったときのリカバリーすら出来ない」
そういうことだ。
金があれば傷は治る。だが金がなければ腕一本失っただけでそのまま廃業だ。
誰も死なずにグリフィン3体を撃破出来たとしても決して無傷でとは行かないだろう。
ラットはそれを聞き、しかし自分の言葉を撤回しなかった。
「カイルだって、しばらくの間忘れろって言われて出来る人間じゃねえよな。あと二ヶ月のうちに消えちまうかもしれないし、誰か他の奴に討伐されちまうかもしれない」
その方が良いとは考えられないのか、ミリィの視線はそう訴えかけているが、ラットは続ける。
「エドなら、出会わなけりゃいい、どっかで誰かに始末されてればいいって思うさ。あれはただのイカれ野郎だからな。本来狙われる理由すらねえ。だが――復讐じゃあそうは行かん、だろ?」
手前ェの手で、少なくとも自分の目の前でそれが落ちるところを見なければいけないものだ。
「だから、やろうぜって言うのさ」
「……どうやって……」
ミリィは何故ラットがここまで強硬に言い張るのか理解出来ないというように、力なく呟く。
だが、ラットは笑っていた。特にどうということもなく。
「何、俺たちだけでやろうと思わなけりゃいいのさ。それだけでだいぶ、話は現実的になるだろ?」
それから数日の時間をかけて、ペンギンズは西の街で人を探して回った。
ベティを見かけて話を持ちかけたのは翌日のこと。
クレアを発見出来たのは三日目のこと。そして9人は冒険者ギルドへと集まる。
「グリフィン退治、ねえ。あたしが見つからなかったらどうするつもりだったんだい」
呆れたように言うクレアに、ラットは苦笑を返す。
「困った。そうとしか言い様がねえなあ、ベティさんパーティの方は流石にタダで受けてくれるとは思えねえし」
「ちょっと……それどういう意味よ」
ベティは片眉をあげて不快そうな顔をするが、リックとアリサは当然というように彼女に言う。
「そりゃそうだよ、グリフィン3体討伐なんて幾ら報酬が高くたって本当は行くのイヤだし」
「彼等がどうしても行かなければいけないと言うのなら……そのままにはしておけませんけど」
そんな風に言ってくれるだけでいい奴等だとラットは思っていた。
知り合いだから誘ってはみたが、速攻で断られても仕方がない、そう考えていたのだから。
「とどめは、出来るだけカイルに回すってことでいいんだよね?」
そしてそんな風に口を開いたリートを見て、ラットは軽い驚きとともに彼の姿を上から下まで眺める。
「……どうしたのさ」
リートは言うが、ラット以外のペンギンズの面々にしてもそうだった。むしろこんな奴がベティさんパーティにいただろうかと言うような目で彼のことを見ている。
灰色の短髪、あまり特徴のない顔立ち、それは覚えていたが。チェインメイルを着込んだ上に白いチュニックを羽織り、グリーブとガントレットで手足を固めた彼は円盾を背中に括り付け、腰にはメイスを吊っている。
完璧な神官戦士の装い。そして纏う雰囲気も全く異なっていた。以前のようなやる気の無さ、おどおどした部分を感じ取ることはもはや出来ない。
「ああ、リートには盾の扱いから教えたんだけど……やっぱり防具を買い揃えてからかな、一気に雰囲気が変わってさ」
リックはそう言っていた。やはり自衛できること、自ら後衛を守らねばならない事が、その考えに大きく影響を与えたのだろうと。
「……あまり見ないでよ、恥ずかしいから」
苦笑するリート。ベティさんパーティの中でも一人離れた場所に居るようだった彼が、今はがっちりとそこに嵌まり込んでいる事にラットたちは歓迎するような笑みを彼に向ける。
「じゃあ、これでいいんだね? グリフィン3体討伐、報酬4500銀貨」
依頼書を掲示板から抜き取るクレア。彼女のパーティに一時的に編入されるという形で、新米冒険者であるラットたち8人もこの依頼を受けることが可能になる。
9人で等分したとしても500ずつとなる報酬額にリックたちは目を輝かせるが、クレアはひらひらとそれを振りながら笑っていた。
「やれやれ、安い仕事だよ全く……」




