第五十七話 暗殺者のおはなし
「二層への侵入者か……命知らずだな」
白いマントを着た男は呟きながら階段を降りてゆく。不正に解錠されている書斎の戸を開け、中が特に荒らされていると言えるほど変わってもいないことに意外そうな顔をみせた後、更に階下へ。
そして3つの死体と再び機能を停止したミスリルゴーレムを見た後、軽い溜め息を吐いてみせる。
「……やはり、お前では見た目の威圧感はさほどでもないのかな? 腕くらいは別のものから引っ張って来た方がいいんだろうか」
このゴーレムは別に彼が作った物でもなければ、他から持ち込んだ物でもない。
最初からここに在ったものだ。恐らくは千年以上前、精霊神がまだこの地にあった時代に彼女たち自身によって作られ、配置されたもの。
どういった意図で置かれたのかも良くはわからないが、千年に渡り侵入者を排除し続けてきたこれは、彼が見つけたときからこの状態だった。当然機体中枢の修復も出来なければそのコマンドを書き換えることも出来ないため、そのままになっている。
ただ、これが見逃してくれる対象に軽い条件を追加することだけは出来たため、彼だけは襲われずにここを通過することが出来ているというわけだった。
修理が出来ないにしても、別の残骸から腕だけは移植出来ないだろうか。
いや、下手に触ると自分が排除対象として認められかねないか。そんなことを考えつつゴーレムを眺めていた彼は、ふと、上の階から小さな石ころが投げ込まれて来たのに気づき、踵を返していた。
階段の半ばで座り込んでいた少女を見つけ、特に挨拶を交わすでもなく伴いながら上層へと上がる。
書斎の椅子に腰掛けた白いマントの男は少女に用件を聞いていた。
「……マリウスの三男が逃げました。そして、暗殺者ギルドに正式に依頼がなされることに」
トアという名の少女は抑揚のない声でそう言う。
「これに伴い、ギルドの上層部は彼の除名を承認。元々問題の多い男でしたし、遅すぎたとも言えます」
「……そうか」
白いマントの男は椅子に腰掛けたまま、特に感慨もなさそうな声で答える。
ギルド内での戦闘は理由の如何に関わらずこれを禁ずる。よって通常、ギルドの構成員に対する排除依頼を引き受けることはない。そして、そうせざるを得なくなった場合はまず除名処分が行われるわけだ。
あれは単なる標的となった。だが、引き受ける者が居るだろうか。
「俺にやれという事か?」
白いマントの男はそう言うが、トアは首を横に振る。
「いえ、あなたについても既に除名が承認されている。マリウスの三男に対する暗殺依頼はそれが承認されるより前のことだったので、手続き上こうして告げただけです」
白いマントの男はそれを聞き、苦笑していた。
処理の順番はそうでも、今現在ギルドのメンバーで無い者に報告などしてどうするのかと。
だが、特にそんな事は彼女に言わず、代わりに彼は別のことを聞いていた。
「そうか、俺に対してもか。あちらの都合で家名を押し付け、数年経てば排除しようなどとは、本当に貴族というやつは妙な連中だな」
「こうしてふらふらとしているのが悪いのでは」
トアは笑いもせずに言う。
「まあ……あなたの除名については、どちらかと言えば気遣いでしょう。あなたにはもう必要のない肩書でしょうから。本来足抜け出来ない組織が、こちらからクビにしてやった。その程度の」
何せ、標的と認定されようが、彼の始末などエド以上に引き受ける者が居るとも思えないことだ。
少なくとも老いて衰えるまでは。トアはそう言っていた――しかし。
「ですが……」と彼女は続ける。
依頼元が依頼元であるだけに、誰も引き受けなかったでは話が済まない、と。
そう言ってトアはダガーを引き抜く。
「久しぶりに、手合わせをお願いいたします」
白いマントの男は寂しげな表情を浮かべながら立ち上がり、武器も鎧も身に帯びない軽装のまま、軽くその両腕を開いて構えていた。
そう長い時間を待つでもなく、トアが動く。全身に浮かぶ数種の魔法陣は単なる筋力強化ではない。
感情封鎖、痛覚遮断といった感覚操作系の魔術がまず使われ、睡眠や麻痺によって無力化されないための各種薬物耐性が起動し、そして最後に高速神経系の魔術により反応速度を高めたトアは両腕にダガーを構え、鋭く低い踏み込みによって男へと迫る。
それを、男は片腕のみで迎えていた。
そこに展開される小さな魔法陣は、それがやや機能拡張した程度の初級魔術であることを示す。
男の魔術が発動し、閃光を混ぜ込んだ音響弾がトアの眼前で炸裂する。
視聴覚を失ってバランスを崩したトアはそのまま机へと衝突し、紙の束に埋もれる。そして彼女が再び立ち上がった時、部屋の中に男の姿は無かった。遺跡内にその気配すらも消え失せていた。
「……私など、まともに相手をする価値もないということですか……クレフ」
トアは憎しみを込めてそう呟き、机に拳を叩きつけていた。
「そっか、やっぱり逃げたんだ……その人」
ラットから"悪い話"の方を聞かされ、エイミィはそう言う。
驚きが無いと言えば嘘にはなるが、捕まった時から予想されていた事ではある。
「また来るのかな」
カイルは厳しい表情で言うが、ラットはやや首を傾げていた。
「どうだかな。逃げたのはマリウス領に入って、あっちの人間に引き渡した後のことらしいし。冒険者証を始めとする各種通行証も取り上げられてるそうだし……」
それでも追手は掛かっているのだろうから、ずっとマリウス領に留まっているとも思えない。
なんとしても他へ逃げ出そうとするのは確かなのだろうが、こちらへ来るかどうか。
「山を超えて、西へ向かってみます?」
ミリィはそう言っていた。こちらもジーニス領を出てみようかという提案だ。
確かに西のカシナート領までゆけば、東側も北側もマリウスから一つ領地を挟む場所となる。あれと再会する可能性は大幅に減ると思えた。
が、王族の持つ土地を囲んで存在する3つの公爵領周辺にはそれを囲むように魔族軍残党の8個軍が展開している。それに近づくのはやはり抵抗があった。
「逆に、北へ行ってしまうのもありかもね」
カイルはそう言う。エドがなんとしてもマリウス領を出なければならないと思っているのなら、逆にそここそが最も遭遇せずに済む、遭遇したところであちらの遊びに付き合わずに済む場所なのではないか、といった考えだ。
危険ではあるが、上手く行けば確かに奴と最も離れられるのかもしれない、とラットは唸る。
「だがまあ、すぐさまどうこうじゃねえよな」
考えた末、ラットはとりあえず結論を先送りにすることにした。
この領地を出て他で活動してみる、そのことを考えながらもしばらくはここで依頼を受け、金を貯める。
どちらかと言えば北へ戻る案の方にラットは現状では惹かれていたが、それもまた時間が経てば変わるかもしれない。
冒険者ギルドのロビーにて、次の依頼を探しながらペンギンズはそんな話をし、そしてミリィは依頼書の中から一枚、良さそうなものを見つけて指をさしていた。
「あ、あれってどうでしょう。ハーピィ討伐の依頼」




