第五十五話 救出のおはなし
全く、ざまあない――とクレアは考えていた。
俯せに倒れたまま腕と足の苦痛に耐え、現状を確認する。
痛むのは左の前腕と左の膝下。その先は感覚も無いことから、恐らくもう役には立たないだろう。
まあいい、それは構わない。続けてちらりと体の下をくぐらせて送った視線の先では、先程まで仲間として行動していた男たちが黒く燻るむくろとなっていた。
それも仕方ないかとクレアはあっさり受け入れる。あんな魔術を喰らったのでは。
ゴーレムとは通常、その金属製の体そのものが特徴であり武器だ。
ゆえにミスリル製とは言えど両腕を失ったゴーレムごときを彼女が脅威と思わなかったのも仕方のないことと言える。魔術を使うなどとは話が違う、といったところだった。
では、と。軽く頭を持ち上げて見たこの部屋の出口方向では、ついさっき一層の部屋で出会った初心者らしき冒険者たちが、階段からも降りきらないまま固まっているのが見えた。
「おやおや……」
そして彼等は、何やら小声で言い争いをしているようだ。
目を伏せて耳をすませ、どうやらそれが自分をどうするべきかといった話であるという事に気づき、クレアは呆れたように苦笑を浮かべていた。
「……まさか、助けようとか思ってるわけじゃないよね」
カイルは釘を刺すようにラットへ言う。
即座にそれに言葉を返せなかったラットに代わり、口を開くのはエイミィだ。
「でも……まだ生きてるんだよね?」
そうだとカイルは返す。そして、彼女は左手と左足を負傷しているが、現状命に別状はないこと。
そしてその負傷部位は焼けており出血を伴うものではないため、すぐさまどうこうというものではない事も告げていた。
それが、逆に厄介であると言うように。
「あのゴーレムもそうだね。今は動きを見せていない。でも、いつ動き出して何をして来るかわからない」
わからない事だらけの前で無駄に足踏みをさせられている。
「僕は、即座にここから立ち去った方がいいと思うよ」
カイルはそう結論づけていた。
その意図は、ゴーレムや"クレアが"、何か妙な動きをみせる前にということだ。
ラットもそれはわかっている。二層へ続く階段の終端近くで立ち止まり、その場の状況が何も動いていない今だけが、安全に撤退出来る好機だろう。
しかしどうにも、ラットには素直にそれを選ぶことが出来なかった。
「……君も、エルフの国へ行ってからだいぶ変わった気がする」
カイルは溜め息を吐きながらそう言っていた。
そうかもしれない。元々自分にとって必要なものをはっきりと切り分ける性格であったカイルが、それ以外のものに対して更に冷淡な態度を示すようになったように。
ラットも変わったのかもしれなかった。
もう少し、ほんの僅か――"その時出来ること"に囚われる、そんな方向へと。
「なら、そろそろ決めよう。どうするのか」
カイルはそう言いながらもラットの方針に従う態度をみせていた。即ち、クレアを救出する方策について。
だが、手と言えるものは特に浮かばない。下手に動いてゴーレムを刺激してしまえばそこで終わりだ。
彼女が自分で動けるのなら、その動きを待つといったところで当面の方針は固まるが。
「ねえ、ラット……あれ、使えるんじゃない?」
エイミィはそう口を開いていた。言われて、ラットは自分の背嚢を静かに下ろし、その中身を探り始める。
取り出したのは以前ジャニスに作ってもらった護符。雷撃一発なら耐えてみせると言われたその品は、結局使われないまま荷物の中に仕舞い込まれていたのだ。
そして、ラットたちが注視するなか、クレアはその右手を伸ばし静かに彼等の方へ向かって地面を這い進み始める。
ゴーレムは、動かなかった。しかしその後方に浮かぶドローン2機は軽い羽音を立てながら旋回し、クレアの動きを警戒するように部屋の左右へと散っていた。
僅かずつ部屋の出口へと向かって這うクレア。
その距離はたった10メートルほどだったが、片腕と片足で芋虫のように体を捩らせる彼女の進みはひどく遅い。そしてゴーレムの視線を受けながらの体感時間は実際の何十倍にも感じられた。
護符を握りながら、ゴーレムとクレアの両方に視線を送るラット。
まるで祈るような時間の末、クレアが6メートルほどを進んだ段になって、ゴーレムはようやくと言うべきか、動きをみせ始めていた。
「……構えた」
かすれ、上ずった声をあげるミリィ。ゴーレムはその両足を僅かに開き、前傾姿勢を取ろうとしていた。その背に繋がった三本目の腕のようにも、大剣の鞘のようにも見えるものが立ち上がり、こちらを睨む。
ラットたちが連想したのはミリィが使う魔法の弩砲。
魔力弓こそ無いものの、そこから何かが発射されるのではないかという予感は誰もが瞬時に抱いていた。
「カイル、ここからあの人に治癒を使えねえか?」
ラットは隣に居るカイルにそう問いかけた。
「出来ないことはない、けど……彼女の手足の損傷は治癒じゃあ治らない」
治癒で治せるのは自然に治る怪我だけだ。だからこそ指や耳程度の欠損が重い。
クレアの手足は繋がってこそ居るものの、負傷部位の大部分はもはやただの炭だった。痛みはある程度消えるかもしれないが、運動能力の劇的な改善などというものは望めない。
なら、覚悟を決めるしかねえか――とラットは考えていた。
3メートル。ついにミスリルゴーレムが背中に掲げる砲身に魔法陣が描かれる。
その種別は――雷撃。それを見た瞬間、ラットは4枚の護符を掲げながらクレアへと突進し、その無事な方の腕を掴んで自分の肩へとかけさせる。
「……っは。あんた、ちょっといかれてるよ」
迫る雷光の中、ラットの肩を掴んで体を起こしたクレアの苦笑を帯びた声が彼の耳には届いていた。
着弾する雷撃に護符が反応し、ラットの周囲には正十二面体の障壁が四重に張られる。そして三枚が瞬時に割れて砕け散った。やはり通常の雷撃とは出力が違うということか。
だが、抜けなければそれでいい。残り1枚の障壁が効果時間の終了によりほどけてゆくのを見ながら、ラットは階段へと駆け戻る。
そしてその後方に、ミリィの使う石壁の魔術が遺跡の床を原料に次々と薄い石壁を作り上げていった。視界を遮られ対象を見失ったミスリルゴーレムは再び2機のドローンを前進させるが、ラットたちはそれが頭上に追いつく頃には既に階段を駆け上り始めている。
エイミィの手も借りながらクレアの体を支え、必死で階段を上がるラット。一層へと辿り着いてからも安心など出来ず、魔術師の書斎へと駆け込んでようやく彼はその場にへたり込む。
「な、何も着いてきてねえよな?」
全身で息をし、何度も咳き込みながら言うラット。
エイミィは扉の向こうをしばらく眺め、着いてきていないと微笑しながら言っていた。
「……まさか、突っ込みまでするとは思わなかった」
言いながらクレアの手足、もはや使い物にならなくなった部分にナイフを走らせ、炭化した部分を崩しながら治癒を用いるカイル。
そしてミリィは青ざめるを通り越して白くなった顔で、吐き気を堪えるようにうずくまっていた。
それが若干収まった頃合いをみて口を開く。
「こんなこと……もう、これっきりにして欲しいわ」




