第五十四話 冒険者のおはなし
藍色の髪の冒険者、彼女は名をクレアといった。
生年月日などは正確に覚えてもいないが、確か今年で28くらいだと思っている。
上級のライセンスを持つ冒険者だが、彼女自身は特に、それに対してさしたる感想も、また自負も持ってはいない。その理由は単純に、事実大した意味のないものだからだ。
ギルドにおいて、冒険者は3つに分けられている。
上級と、ただの冒険者と、そして新人だ。冒険者内では上級中級下級などと言われもするが、ギルドの正式な名称としては先に述べた3つである。
またこれは、本質的には2種しか無いとも言えた。
冒険者一名として数えるに足る戦力を持つ者と、それに満たない者である。
その中で上級冒険者とは、成功させた依頼の数が一定以上に達した者――つまり単なるベテランというだけの意味しか持たないのだ。
上も下も、ギルドはこれ以上に細かくランク分けをする意義を見いだせなかったし、冒険者側としてもそれは同じだった。見て分かるほど弱い者と、そうでない者。それだけを分ければ良い。
ギルド側は単なる人数調整によって依頼難度への対応をしたがったし、冒険者側も水準に満たない者を弾くことだけが望みだったわけだ。
そして、これだけ依頼がギルドの掲示板に溢れる時代において、30近くにもなって上級と呼ばれていない者など、冒険者とは名ばかりの裕福な暇人か、或いは既に墓の下に居る者だけ。
クレアはそのどちらでもなかったというだけの事だ。
「しかし、広い割にゃ期待はずれだったかねえ」
長剣を抜き、その剣先に光明の魔術を灯しながらクレアは言う。
流石に障壁の一つも張れないようでは生き延びて来られないため、彼女とてもこの程度の魔術なら使う。だが、あの書庫で見たような代物となると、もはや興味もなかった。
「ですが姐さん、この先にゃあ、少なくとも数年は誰も立ち入ってねえんでしょう?」
一層に本だけしか無かったとなれば、逆に期待が出来るのではないかと。
彼女の前後を固める戦士風の男、その一人が言っていた。
それなら良いが、とクレアは思う。
あんな場所に書斎だけが存在していたというのは、ここの主が本当にあれだけしか設備をここに置いていないか、或いは奥の生活空間に行くのも面倒だというときのため、思いつきをすぐに書き留められる場所としてあれを用意してあるか、どちらかだろう。
前者であればこの先は既に漁り尽くされた遺跡が続くだけという恐れもある。
後者の場合も……あまり期待は出来ないのではないか。
だが、階段の終わりへと辿り着いた時、その先に広がる一層とはまるで違った空間を眺め、クレアは呆けたようにその口を開いていた。
「……なん、ですかい……ありゃ」
戦士風の男が呻くようにして言う。
そこは、明るい大部屋だった。
一層のような松明ではない、魔力の灯明が壁に灯り、その細長い部屋を明るく照らし出している。
そして40メートルほど先のあちら側の壁には扉らしきものがあり、その前には歪な人型をしたものが1体、その頭部を前方に傾けたままうずくまっていた。
「ゴーレム……? だが、損傷が酷いね」
クレアはその場を動かないままそれを観察し、口を開く。
そのゴーレムは修復もされずに放置されているかのように傷だらけであった。両腕は肘から失われ、幾つかの装甲は剥げ落ちて内部機構を覗かせている。
既に機能しないのか未だに動くのかはわからないが、そんな事よりもクレアは、ゴーレムが身体に纏い付けている装甲の輝きに目を奪われていた。
「あれは、妖精銀じゃないか。……驚いたね、あの脚部装甲一枚剥がして持って帰るだけでも、こんな場所まで来た甲斐はあったと言えるほどの稼ぎになるんじゃないかい?」
言われて、クレアとゴーレムを交互に見る男たち。
彼等にはそれが妖精銀だと言われても見分けもつかないことだ。だが、その銀に似た金属は一切の劣化を見せず、白く揺らめくような輝きを放っている。ただの銀でない事だけは彼等にもわかった。
「だが……どうなんすかね。ありゃあ……まだ動くんじゃ」
尻込みしたように言う男の一人。クレアはそれに対して肩をすくめてみせる。
「さあね、あたしにはそこまでの見分けはつかない。ただ、あれだけの損傷を受けた物が動いたところでどれほどのことがあろうか、とは思うけどねえ」
クレアの言葉に男たちは少なからず安心したように、しかし慎重に武器を構えながら、じりじりとゴーレムに近寄ってゆく。
そして、その指先がまさにゴーレムの外れかけた脚部装甲へと触れようとした時。
ゴーレムはその頭部を上げていた。台形の頭部、その中央に赤い光を灯らせながら。
「……何だ、今の」
階下から響く遠雷のような音に、ラットは顔を上げる。
可能性としては、先程の冒険者パーティが何かをやらかしたくらいしか思い当たらないが。それまでに取っていた何枚かのメモ書きを鞄に押し込みながら、ミリィとカイルもドアの近くへと寄って来る。
「行ってみる?」
エイミィは即座にそう言っていた。
恐らく危険な事が進行しているに違いなく、それを考えるととても行くべきであるなどとは思えないが――気にならないと言えば嘘になった。
「……とりあえず、何があったかの確認だけはしねえと、今夜眠れなくなりそうだしな」
ラットは冗談めかしてそう言い、エイミィに笑いかけていた。
長い階段を降り、その出口が間近に迫る段になって、ペンギンズはそれが気休めだと知りつつも壁にぴったりと張り付きながら慎重に歩を進めてゆく。
そして魔力の灯明に照らされるその室内を見て、息を飲んでいた。
まず彼等の目に飛び込んできたのは、部屋の中央で黒く燻る死体だ。
続いて反対側の壁付近、既に立ち上がり佇んでいるミスリルゴーレムを見て、ラットたちは凍りついたかのように動きを止める。
息をする事すら恐ろしいとでも言うように唇を震わせ、やっとのことで隣のエイミィと顔を見合わせると、ラットは絞り出すような声を喉奥から発していた。
「……あれ、って……」
「ゴーレム……だよ、ね」
互いにそれを確認した後も今見た物が信じられず、彼等は再び前方へと視線を戻す。
頭部に赤い光を灯し、その後方に2機のドローンを飛ばしながら佇むミスリルゴーレムを二度見し、ラットたちは再びそのまま固まっていた。
「あんなものに近づいたって言うんですか……」
理解が出来ないというように掠れた声で呟くミリィだが、彼女も先程の、完全に機能停止したかに見えたゴーレムに対して同じ反応が出来たかは疑問だ。
しかしともかく、今はどろどろと低く轟く魔素融合炉の稼働音を聞くだけで、彼等は一歩たりとその先へ進むことなど考えられなくなっていた。
だと言うのに。
「……まさか」
ラットはそれに気付いてしまう。部屋に転がる四体の人間、その中で、未だに僅かではあるが動いているものがあることに。
「まだ、息がある……?」
カイルも呟くように言う。こちらから見える藍色の髪は、先程魔術師の書斎へと踏み込んできた女性のものだろう。ゴーレムから最も遠くに居たため、絶命するには至らなかったのか。
だが、微かに呻きながら石畳に爪をたてる生き残りを前に、ラットたちはしばしの間、いっさいの動きを取れずにいた。




