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第五十一話 隠れ家の噂のおはなし

「初めての依頼失敗か……」

 薄暗い大部屋で椅子をかたむけながら、ラットはそう呟いていた。


 あれから、ラットたちは村へと戻り、村人に依頼の破棄を告げて街へと帰還していた。

 森にいる脅威となる物はほぼ仕留めたと思えたが、それでも森の中を全て見て回ったわけではないのだから依頼内容の未達は未達。

 失敗とはいえその程度である。村人たちもあんな怪物が出てきてしまった事、そしてそれを冒険者たちがちゃんと始末してくれながら、形式としては失敗になってしまう事に対し申し訳ないというような態度を取ってくれていたため、そのことはラットにとってはまだ気が軽いことだったが。

 ミリィにとってはそうじゃねえだろうな、とラットは思っていた。


 依頼の破棄を主張したのはカイル。ミリィは、あと少しなのだからとこのまま続けることを提案したが、カイルは頑として首を縦には振らなかった。

 ミリィの受けた負傷が治癒ヒールで治るものであったなら、カイルもここまで強く態度を固めることはなかったのだろうが。生憎とそうではなかった。

 尖蔦槍アイヴィージャベリンが掠めたことによってミリィの右手小指と薬指は吹き飛んでしまっており、こういった欠損は神聖魔法の再生リジェネレイトでなければ元には戻せない。

 また、腕や指などといった場合、出来るだけその治療は早くしなければ再生後の動作にやや支障をきたすおそれがあるということで、カイルも譲らなかったのだ。


 せっかくカイルとミリィに余裕が戻りかけていたのに。

 また振り出しに戻ってしまったかと、ラットは苦い顔をしながら天井を見上げていた。

 更に、教会への寄付によってラットたちの蓄えもだいぶ乏しくなってしまっており、長期休養を取るということも出来そうにない。

 二人の精神状態に不安を抱えながら、すぐにでも次の依頼を選ばなければならないという事に、ラットは少しばかり、焦りのようなものを感じていた。

 一度こければ次々とこけるものだ。そういった事をラットは身に沁みて知っている。

 ここで流れを変えておかなければならない、と。

 そんな事を思って久々に、彼はこの盗賊シーフギルドを訪れていたのだった。


盗賊シーフギルドを人生相談の場所か何かと間違っていやしないか?」

 ラットの横に座った男がそう言って笑う。

 ここは西の街の盗賊ギルドだが、彼はペンギンズが拠点としていた東の街の盗賊ギルドでラットの入会手続きをしてくれた人間だった。

 いつの間にこちらへやって来たのかと思ったが、ラットが言えたことでもないか。

「だがまあ、そういう事なら良い話がある。そしてもう一つ、お前に会ったら言わなきゃならないと思っていた悪い話もな」

「……悪い話の方から聞かせてもらえるか?」

 ラットはそう言って、笑いながら男の方を見ていた。



 冒険者の宿へと戻り、仲間が待つテーブルへと座る。

 夕刻の宿は依頼から帰還した冒険者たちによってだいぶ混み合いつつあった。

「それにしても、カイルがいつの間にか火炎槍ファイアランスを使えるようになっていたなんてね」

 まだ再生した右の二指に違和感があるのか、左手でそれに触れながらミリィは言っていた。

「魔術師に転向してから一ヶ月も経たないのに、もう追い抜かれちゃったみたい」


「ミリィには、あの魔力弓があったから……」

 カイルはそうこたえる。

 特にそれ以上の火力を必要とする局面がなかっただけで、当然彼女もやろうとすれば出来ることだと。


 なお、カイルが火炎槍ファイアランスを使えた事に関しては、実戦でいきなり成功させた事こそ驚きではあったものの、それ自体は特に不思議なことでもない。

 魔術とは魔力によるイメージの具現化。よってイメージしたものを具現化するのに必要な魔力と制御力さえ揃っていれば、基本どんな事でも出来る。

 ミリィ自身も音響弾サウンドブラストを再現し、また調整までしてみせたように、数回使われるのを見、どういった魔術なのかを理解していれば再現することはさほど難しくもないのだ。


 また、同じ火炎槍ファイアランスとは言っても悪魔が使った物とゴブリンシャーマンが使った物、そしてカイルが使った物とでは、その投射物の形状はだいぶ異なっている。

 悪魔のものはまさに馬上槍ランスといった風であり、ゴブリンシャーマンのものは自身が持つロッドをうつしたような形状であり、カイルのものもまた、彼が使う短槍ショートスピアのような形状の弾体を飛ばしていた。

 厳密に言えばそれぞれ違うもの。しかし全てにおいて展開される魔法陣は同じであり、火炎槍ファイアランスとしか言い様がない。魔術とはそのようなアバウトなものであった。


 さて、話を戻そう。

 パーティ結成からこちら、ミリィは常にパーティの主砲であり耳目でもあり続けた。

 その魔力量や制御力も結成時とは比べ物にならないほど伸びているはずであり、彼女にもやって出来ないことはないというカイルの言葉も事実その通りであると思えた。

 だが、ミリィ自身は「そうかしら……?」と言って寂しげに笑うだけだ。

 どれだけ能力があろうと、自身が出来ると思わなければ出来ない。魔術においては特にそれが顕著であるため、今の彼女には本当にそれは出来ないのだと。

 それもまた事実として、苦くカイルとラットはそれを受け止める。

 だが、ラットは笑っていた。


「へへ、そこでだけどさ。ちょっと良い話を聞いてきたんだよな」


 盗賊ギルドの男が語ったことによると、西の山脈――それもここからそう遠くない麓付近に、ある魔術師が隠れ家としている遺跡があるのだという。

 そこには魔術師が収集した大量の魔術書と、それらを更に使い勝手を高めるべく研究を重ねた、膨大な量の研究ノートが収められているらしい。

 学院を中途で追い出されたミリィにとって、中級以上の魔術書というのは今どうしても手に入れたいものの筈だろう。

 また、その魔術師の研究成果が手に入れば、現在魔力や制御力の不足により、知っていながらも実用には至っていない魔術の幾つかを使えるように出来るかもしれない。

 パルスレーザーで空気をイオン化して発射する雷撃ライトニングボルトのように、工夫一つで消費魔力を大幅に低減出来る魔術といったものは数多いのだ。


「……でも、それって泥棒じゃない?」

 エイミィがぼそっと口を開く。

 ラットは少しだけその笑みをこわばらせるが、開き直ったように腕を組んでいた。

「盗まれたくないモンだったら、ちゃんと街に家でも借りてそこで保管してるだろ? そんな場所でこそこそやってるって事は、何か後ろめたいことがあるに違いないぜ」

 それに、とラットは続ける。

「遺跡探索なら冒険者としちゃ本業だ。お宝が古代のモンか、現代のモンかって違いがあるだけさ」


 今でこそ各村から寄せられる魔物の討伐依頼が主な収入源となってはいるが、冒険者とは本来世界中に点在する遺跡やダンジョンを攻略する者たちであった。

 王国歴792年。光歴こうれき1484年の現在では、もうそんな物は漁り尽くされているが、それでも時折こういった変わり者の魔術師たちが遺跡や自分で作ったダンジョンなどにせっせと財産を溜め込んでいるため、冒険者の遺跡探索というのは未だに一つの文化として残り続けている。


「泥棒はどうかと思うけど……でも、面白そうではありますね」

 ミリィはそう言って笑ってみせていた。

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