第五話 犯罪のおはなし
「……ところで罰金って何をやったの?」
盗賊ギルドからラットが戻ってくると、エイミィとミリィも既に宿へと帰還していた。
その第一声がそれである。
「……今まで全然聞かれなかったから、特に興味がねえと思ってたんだけど」
同じテーブルに座りながらラットは言う。寄ってきたウエイトレスに果実水を注文する。
「別に興味がなかったわけじゃないわ。ただ、そろそろいいかなって思っただけ」
エイミィも同じ物を注文し、そう言っていた。
ラットはしばし視線を逸らしながら考え、口を開いた。
「罪状は……不法侵入と窃盗、それに先制攻撃。まあ、強盗になっちまうのかな」
「強盗っ!?」
顔を見合わせるエイミィとミリィ。そして口々に言う。
「……割とアグレッシヴだったのね」
「ただの空き巣だと思ってたのに」
「いや俺もそのつもりだったんだよ」
ラットは弁解するようにそう言っていた。
不法侵入だけならば軽い。住人の口頭注意だけで立ち去るなら、衛兵を呼ばれることもない。
だが窃盗が加わると一気にその罰金は伸びた。まあ、目撃さえされなければ魔術使用でもしなければ誰が行ったのかを知るすべはないため、あれなのだが。
それでも一回の盗みならばせいぜいが、高くとも300だ。
しかし発見された際に攻撃を行ってしまうと、それでがつんと増える。
「相手が棍棒を構えてやがるのが見えたもんでさ、軽くナイフで斬りつけながら逃げたら、そうなった」
「当たり前でしょ」
「何考えてるんですかあなた」
すごい真顔で言ってくるエイミィとミリィにたじろぎながら、ラットは口を閉じていた。
まぁ、強盗だよなと思う。起こった事をそのまま見たら何を言い訳できるものでもない。
なお、先に相手が抜いていても相手の敷地内でこちらも抜いたら先制攻撃だ。
正当な理由の無い攻撃なのだから当たり前だった。
「だが……ほんと当たりが浅くて良かったと思うよ。あれで殺してたら、まさかあんたらも俺を仲間に加えようなんて思わなかったろ?」
ラットは悔やむような、安心するような、複雑な表情でそう言っていた。
強盗殺人となるともうその賞金額は生死を問わずのラインを越える。
発覚している場合は似顔絵が回り、衛兵がそれと確認した途端無言で斬りかかってくる事態になる。
そうなるともう彼女たちに拾われる以前に、他領へ逃れることもできなかったろう。
なお、ただの殺人だけであればこれは比較的軽かった。不法侵入が加わっていてもだ。
それは、領民は領主の持ち物だからである。なんで器物損壊したねんくらいの扱いである。
領地によって犯罪が別に計上されるのもそういう事だ。領地ごとに財産の所有権者など、結局のところ一人ずつしか存在しないのであった。
所有物同士のいざこざ、ただの怨恨であれば許容出来る。というかそれをゼロには出来ない。
だが、盗むために殺す者はそういった存在なのであるから排除されるというわけだった。
「今でも割とどうかと思ってます」
引き続き真顔で言うミリィ。
「やっぱり放り出した方がいいのかしら?」
冗談とは思えないような口調で言うエイミィ。
「いや……その、悪い! 馬鹿だったと思ってるって。カネが本当になくてさあ、この領地にだって水と雑草啜って何とかたどり着いたんだぜ?」
ラットは狼狽えながらそう言う。冒険者として稼げている限り、二度とやる気はないと。
ミリィとエイミィはそんなラットを、じとーっとした目で見ていた。
謝る相手が違う、などと言い出さないのは、少女二人がやはりお貴族様だからである。
犯罪を謝るのならばその相手など領主しか居ないし、そもそも冒険者が流れ者であり、元々法を適用すべき相手なのかどうかからして疑わしいのだと、そのことを良く分かっているからであった。
よってこの謝罪は正当だ。彼が今謝るべきはパーティメンバーである彼女たちしか居ない。
ただ、迷惑をかけ、行動に制限をかけることについて。
なお、殺人について触れたが、これが冒険者同士の決闘であれば特に衛兵は動かない。
裏路地での斬り合いなど良くあることであり、いちいちそれに構ってなどいられない。
市民に被害が及ばないよう遠巻きに監視し、後で一応の事情を聞く程度であった。
だからラット達は街中での揉め事は出来るだけ避けている。
殺されたら殺され損で終わると分かっているから。
だが、このことについてエイミィとミリィが正確に理解しているかどうかは怪しかった。
自分達が冒険者であるとの自覚について、本当に実感出来ているのか。
それは、その時になってみなければ分からない。
「ま、いいわ」
しばらくそんな顔を続けた後、ふっとエイミィは笑う。
「罰金額を聞いた時点で大体そんなようなものだって分かってたし、想像した中ではマシな方よね」
振られたミリィもやや残念そうな顔をしながらうなずいていた。
「確かに、本当に一回の気の迷いなら。……実際この街へ来てからはやってないみたいですし」
ラットはほっと胸を撫で下ろしていた。
今や、ラットはこのパーティをそう悪くは思っていない。だがそれ以上に、今の彼には他に行き場がなかったのだ。流れ者の中ですら。
「でも次やったら本当に放り出しますからね。変なお金の使い方してないでしょうね?」
「あ、ああ……分かってるって、大丈夫さ」
ラットは再び真顔に戻ったミリィの言葉に、背筋に走る冷や汗を感じながらそう言っていた。
どうやら、ギャンブルはまだ当分断たなければならないようだった。
昼間だというのに薄暗く、煙草の煙立ち込めるフロアにカイルの姿はあった。
彼は大人達に混じってカードゲームのテーブルに座っている。飲み物も手にせずに。
ルールは単純なものだ、10までの数が記されたカードを5枚まで引き、その数の合計を21以下に収めた上で大小を競う。基本的にはそれだけ。
カイルの前にカードが配られる。彼はそれを確認し、無表情のままコールした。
もう一枚送られてきたカードを見て、伏せ、そこで止める。
ディーラーの手は18、カイルの手は20。
カイルの手元へと押されてくる数枚の木札を掴むと、彼はそこで立ち上がっていた。
彼は常に一回の勝負しかしない。そこで負けようが、勝とうが。
失っても困らないカネをきっちりと出した上で、それが増えれば良いなと思うだけだった。
「若いのに、つまらない遊び方をするのね」
換金のために行ったカウンターで、女がカイルに微笑を向ける。
だが、カイルは少し俯いただけでそれに特段の感情を返さなかった。そのまま返答をかえす。
「……遊びとは、思っていませんから」
次の冒険に持って行く弁当に、これで1品目増える。
それだけだった。それ以外に意味のないことだった。
少しだけ増えた金袋を懐へと収め、カイルは空気の悪い建物から外へ出る。
後ろから誰も付いて来ていない事を確認しながら大通りへと出て、人の波に紛れる。
そして、他には何処へも寄らずに、ラット達が待つ冒険者の宿へと向かっていた。