第四十九話 巨大生物のおはなし
さて、今回も依頼を選ぶ時がやって来たわけだが。
「せっかく西の街に来たんだから、何か変わったものが受けたいよね」
というエイミィの言葉に従い、ラットたちは掲示板を埋め尽くす依頼書の中から東ではあまり見なかったようなものを探していた。
とはいえ強力なモンスターは無理だ。
ペンギンズもだいぶ強くなったが、それでも初心者冒険者の域を出るには未だ至っていない。
丘巨人相手の時に痛感したことだが、ああいった大型モンスターや幻獣魔獣の類など、1体相手でも十分荷が勝つと思えた。
なので手頃で、かつ珍しいもの。
「……これがいいんじゃねえか?」
しばらく4人で依頼探しをした後、ラットは一枚の依頼書を指さしていた。
「えっと……新しく農地を拓きたいので、その前に森の安全確保をお願いしたい?」
エイミィはその依頼内容を読み上げる。
「つまりこれって、森一個ぶんの敵を全滅させろってわけ?」
どうやら、そのような内容で間違いはないようだった。
「割と……アバウトだね」
やや気乗りしなさそうに言うカイル。
「何が出るのかとかって、書いてないのかしら?」
同様に不安げな顔を見せるミリィ。
ラットは依頼書を隅々まで読んで、それに答えていた。
「普通の獣とかだったら無視していいらしい。ゴブリンなんかの亜人が住み着いてる様子も無し。魔獣や幻獣が――居たらすげえ騒ぎになってるよな。なので森の中をぐるっと見て回って、妙なものが居たら撃退するって感じかね」
妙なもの。
亜人でもなく魔獣でもない妙なものと言うと、やはり最初に思い浮かぶのは巨大生物だろう。
巨大蜘蛛やら大ネズミやら。本来でかくても十数センチ程度にしかならないような物が、1メーター2メーターにまで育ってしまったブツが、この世界には居る。
これらは毒を持っているようなのもおり、そういった物はそれなりに危険だが、まあ他の魔物と比べると弱体な部類に入った。所詮はでかい虫や獣なわけで、初心者向けな獲物と言えるが、これらの討伐依頼が出されることはあまり無い。
何故かと言うと、こいつらはゴブリンやコボルトなどと違ってさほど群れないし、村などを必ず襲ってくるというわけでもないからだ。
草原などで単独だったり数体規模の群れに出くわすことはあっても、依頼をして冒険者を呼ぶ間、数日など待っていては大抵居なくなってしまう。
巨大蟻などは群れて巣穴を作り、餌が無くなれば遠征して来るため討伐依頼が出ることもあるが、基本的にはテリトリーに踏み込まなければこういったものに遭遇することはない。
そして今回の依頼は、彼等のテリトリーを切り取り、人間の勢力圏を増やそうと。
そういった依頼なわけだった。
「なるほどねぇ。みんな、虫とか大丈夫?」
エイミィはミリィとカイルを振り返りながら言う。
「僕は……特に」
カイルはすぐにそうこたえるが、ミリィの方はやや自信なさげに視線をさまよわせる。
「ええ、野宿とかは冒険者になってから何度もしていますから、普通の虫だとか蜘蛛、蟻くらいだったら今更驚くようなこともないでしょうけど……」
流石にそれが1メーター越えるようになったら無理ではないか、と。
「まあ、な。そこは多分、全員一緒だと思うぜ」
ラットは言っていた。
1メーターの蜘蛛だの3メーターのカエルだの、そんなんが無理でない人間が居るとは思えない。
依頼内容はそいつらと仲良くする事ではないのだから、見た瞬間気絶するとか悲鳴をあげて逃げ出すみたいな"無理"でなければ何とかなるだろう、多分。
「では……この依頼、受注しますね……」
溜め息を吐きながら依頼書を手に取るミリィ。
彼女には少し可哀想だが、見た目おっかない、しかしそんなに強くはない敵をぎゃーぎゃー言いながら討伐するのも、ちょっとした気晴らしとしては良いのではないか。ラットはそんなことを思っていた。
そして、村人に案内されて問題の森を見た瞬間に割と後悔する。
そんなに範囲が広い森ではないものの、一切手入れがされておらず、人が踏み込んだ形跡も無さそうなその森はおどろおどろしい雰囲気を全体から発散しながらそこに在った。
密集して生える雑多な種類の木。伸び放題に伸びた下生えの雑草。エルフの森のやべー場所にも匹敵するようなその薄暗い森を眺めながらしばしラットたちは絶句し、すぐに村へと取って返して山刀やら手斧やらを借りてくる羽目となっていた。
「いや、そりゃそうだよな。元々伐採やら狩人やらが入ってる森なら、別に冒険者に安全確保なんて依頼する事ねえもんなあ……」
言いながら山刀を振るい、行く手を遮る低木を切り払ってゆくラット。
「これは、一回りするだけでもだいぶ手間がかかりそうだね」
同様に背の高い雑草を切り払い、ゆるい足元を確かめながら進むカイル。
その後を1メートルほど離れてエイミィとミリィはついて来ていた。
「な、何か落ちてきたりとかしないでしょうね」
魔力の明かりをやや高い位置に浮かべ、木の上を警戒しながら言うミリィ。
「今のところは狙われてるような気配は無いけど……」
左手に持った松明をやや後方へ向け、獣からの不意打ちを避けるべく気を張るエイミィ。
森の外周部をぐるりと回り、更に入り組んだ内側へと踏み込もうとする段になって、彼女の目が何かに気付いたようにやや細められる。
「……来るよ、ラット」
囁くようではあるが良く通るその声に、山刀を鞘へと収めて弓を構えるラット。
カイルも槍を構え、ある程度切り開かれた場所まで後退を果たす。
この頃になるとラットたちの耳にもそれが立てる奇妙な足音が聞こえ始めていた。大量の枯れ草を小刻みに揺するような音。
それが前方から近寄りつつあるのを気色悪さと共に聞くラットたちの前に、ようやくにして音の主が姿を現す。
ひっ、と。それを見た瞬間ミリィは短い悲鳴をあげていた。
「大百足かよ!」
体長は60~80センチほど。太い身体に多数の足を備えたその節足動物は、動物のような感情の揺らぎを見せずにラットたちへと迫ってくる。
迷わず誘導矢を使って矢を放つラット。迫る大百足のうち一匹が、赤い頭部のすぐ後ろを矢に射抜かれて地面に縫い留められ、その身体を蠢かせる。
「だ、ダメなのよ! ……あの足が多いのだけはダメなんだってば!」
カイルの背中にしがみつくミリィ。カイルはその場を一歩も動かないまま、槍を持つのとは逆の手に魔法陣を展開させた。
炎の矢が大百足へと着弾し、流石にこれには前進を続けることが出来ずに大百足はその場でのたうち、焼かれてゆく。
「ミリィ、木から離れて!」
言いながらエイミィは曲剣を近場の木へと突き刺していた。いつの間にやら樹上から迫っていた大百足の一匹が、その黄色と黒の胴体を刺し貫かれてそこを中心に身体を捩らせる。
エイミィは剣を引くと、刺さっていた大百足を地面に投げ捨てるようにその刃を振る。
身体を刻む刺し傷を三倍ほどに広げて地面へと落ちた大百足に、彼女は持っていた松明を投げつけると、足と体節の幾らかを焼かれてその場で丸まる大百足を油断なく睨んだ。
「くそったれ、どんどん来やがる」
じりじりと後退してゆくラットたち。
カイルはミリィを抱き、自分のマントで彼女の視界を塞ぐようにしながら下がっており、ラットとエイミィはその前に立って武器を振るい、追いすがる大百足たちの身体を次々と割る。
そうして森がもはや途切れるくらいまで後退しながらの戦いを続け、ようやくラットたちは大百足の全てを動けなくすることに成功していた。
「こりゃ、安かったかもな」
約束された報酬額を思い出し、ここまで厄介な仕事だとは思わなかったとラットは苦笑していた。




