第四十六話 湖の漁村のおはなし
「というわけで今回の依頼はリザードマン討伐よ!」
ギルドの依頼掲示板前で仁王立ちしたベティが高らかに告げる。
「……リザードマン?」
その前に集まった7人のメンバーは揃って嫌そうな顔をしていた。まーた人型モンスターかよ的な。
なお、リザードマンとは河川や沼沢の近くに集落を作って住む亜人の一種であった。直立した大型のトカゲをやや人っぽい骨格に整形したような姿をしており、水中呼吸能力を持つ。
西の街付近には湿地帯があるので、リザードマンの姿も良く確認されるのだとラットも話には聞いていた。
ただ、ゴブリンやコボルトといったその他の亜人に比べ、人間への態度は完全に敵対的という訳でも無い。知能レベルも平均すれば低いが、これは集落によってだいぶ異なる部分があり、人間と同レベルの知能を持って高い文化レベルを保持した集落も中には存在するのだという。
これがまあ、リザードマンをティリアンに含めるかどうかで論争が起こった主な理由だった。
そして討伐に対しいまいちペンギンズが前向きになれない理由でもある。
「リザードマンなあ、本当にそれ、襲って倒しちまっていいものなのかよ?」
ラットはそう言っていた。ベティはそれに自信満々に答える。
「いいのよ、地元の漁師さんたちとトラブル起こして、もう何度も小競り合いが発生してるって。幸い死人は出てないけど、あっちの毒矢を食らって未だに臥せってる人が何人もいるらしいわ」
なるほど。既に争いに発展しているなら迷うこともないというわけだ。
「敵はリザードマンが20匹程度、報酬額は1200。これなら8人で山分けしてもなかなかじゃない?」
近場で150なら確かになかなかだと言えた。
相手の武装度もほぼコボルトなどと変わるところはない。人間並みの体格なのでやや手強いが、魔術などを使うことはないということでゴブリンシャーマンに比べれば格段に与しやすい相手だ。
「悪くは……ありませんね」
ミリィはそう言っていた。彼女がそう言うのならば、ペンギンズ側としてはもはや了承ということだ。
「んじゃ、受注ってことで」
ベティはそう言って依頼書を掲示板から抜き取る。ベティさんパーティのメンバーに了解は未だ取れていないようだが、あちらも彼女が言うなら明確に異を唱える者はいないということだろう。
だが。
「ちょっと待った」
そこで声を上げたのはリックだった。
「確かに良い依頼だとは思うんだけど……臆病でないコボルト程度の敵が20体だったら、わざわざ他のパーティと共同で受ける必要は無いんじゃないかな?」
彼も特にこちらに悪い印象があるわけではないのだろうが、言いたくなるのもわからないではない。
単純に報酬額が半分になってしまうのだから。
「何よ。あたしの決めた事に文句があるっての?」
じろりとリックを睨むベティ。リックは怯むが、こうやって抑えつけるのもあんまり良い事じゃねえよなあ、などとラットは考える。
何かを言ってやりたいが、どうにも。昨日エイミィに囁かれた事が気にかかった。
ベティに気に入られただなどと。それで、ここでまた共同戦線に好意的な発言をこちらからするというのは少しだけ気が引けるものがある。
「……そうだね……」
カイルはそう言って、口を開いていた。
「確かにそのくらいなら4人でもやれるのかもしれない。でも、危険は少ない方がいいんじゃないかな? ねぇミリィ」
「えっ? あ、そ、そうね……」
振られたミリィはそう言って、やや考え込むようにする。
「……前回のゴブリンシャーマンたち。あれも4人だったら恐らく壊滅させるのは不可能だったと思います。リザードマンも毒矢を使うそうですから、慎重になってなり過ぎるということはないかと」
そしてミリィにそう言われ、リックも納得したようだった。
そもそもベティの作戦というのは大体がダーッと行ってギュッとしてバーンなわけだし。
といったところで8人は街を出て、依頼で指定された池の端の漁村へと向かっていった。
その途中、ラットはカイルを見る。
先ほどの発言は良かった。パーティ内での損害について過敏となっている今のカイルにとっても、この共同作戦自体悪くない状況なのだろうが、そこには気遣いが感じられた。
こうして、少しずつ余裕が持てればいいと、そういう風にラットは思っていた。
シノさんのことを、そしてカイルが冒険者になる前の古傷を忘れられるまで。
「やっと冒険者が来てくれたか。助かったぜ」
8人を迎える漁師村の村人。
やって来た冒険者が年若い事はあるものの、その人数を見て頼りないと感じる者は居なかったのだろう。その反応はだいぶ好意的なものだった。
「リザードマンが出るんですって?」
ベティの問いに男は湖の反対側を指差し、言う。
「ああ。数年前に、あっちの河口付近にリザードマンが住み着いてな。そいつらが数を増やすに従い、こっちの船と接触することも増えて、とうとう衝突に発展したってわけよ」
そういう事情なら遠慮することもなさそうね、とラットを向いて笑うベティ。
ラットもややぎこちないながら、それにうなずいてみせる。
「そうだ、毒矢を食らって臥せってる村人が居るって話だが?」
ラットがそう村人にたずねると、村人はやや顔色を暗くしながらそれを肯定する。
「こんな場所には神官も来ねえもんでな。一応村外れの魔術師に解毒はしてもらったんだが、処置が遅かったとかでまだ普段どおりとまではなってねえ。何とかして貰えるんなら有り難いが」
それを聞き、ラットはカイルに"治癒の練習が出来るんじゃないか?"と耳打ちをする。
「依頼前に魔力を使っちゃうのかい?」
カイルはそう言うが、強硬にそれを拒絶するでもなくその村人の案内に従って村の施療院へと足を運んでいた。
今回はリートも居るとはいえ、いや、だからこそこの段階で練習は終えておきたかった。
なるべく早いうちにカイル自身の治癒術を実戦で信用出来る精度にまで戻すこと。それに越したことはないというのはカイルとしても認識していたことなのだし。
「で、まだ昼前だけど……今日のうちに片付くかしら?」
ベティは言う。日帰りが出来るのならそれがいいが、もし依頼達成後、街の閉門までに間に合わないなら今日急いで向かうこともない、といった考えの様子。
ラットとしてはあまりこういう発想はしないため、なるほどといったようにそれを聞いていた。
「村のことを考えるんなら早い方がいいんじゃねえかな。出会ったら攻撃を受けるってんで、今は漁にも出られてないんだろ?」
「……そ、そう? 1日くらいでそんなに変わるもの?」
ラットの言葉にベティは戸惑ったように返す。
彼女の方も、あまりそういった事をこれまで考えては来なかったという感じだ。
後ろでそれを聞いていた村人は、控えめに声をあげていた。
「まあ……午後からでも船を出せるんなら有り難いがね」
たった半日と言ってしまえばそれはそうだ。連中と戦いに出る冒険者本人の判断に最終的には任す、といった具合だった。
まあ、彼等にとってみれば、冒険者が敗走して結局何も変わらないというのが一番困ることなのだろうから、当たり前と言えば当たり前だが。
その当たり前の判断をしてくれる村というのは少なく、ベティとラットは揃って村人を眺めていた。
「な、なんだよ。何か変なこと言ったかい?」
戸惑ったような村人から目を逸らして顔を見合わせ、ベティとラットはにやりと笑う。
「わかったわ、これからすぐに向かいましょう」




