第四十四話 ゴブリンシャーマン退治のおはなし
「静かね……」
洞窟の中を進みながらベティは言う。
あの鎧を着たゴブリン熟練兵を見ていなかったら、もう残りの敵など居ないと思ってもおかしくないほど、洞窟内には気配というものがなかった。
「もう一発、音響弾を叩き込んでみる?」
続けられたその提案に、ラットはやや考え込んで首をひねった。
「どうだかな。……さっき一発食らって、それでも出て来なかったわけだから」
だがまあ、無駄になる可能性が高いだけなのでやってみても良いとはラットは言っていた。
洞窟内のことであるし、遠くで炸裂させればこちらの位置を知らせることにもならず、こちらに不都合となることもないだろうと。
「じゃあ、やりましょう。……アリサ?」
ベティは言って顎をしゃくる。魔力を無駄遣いするだけと言われ、なお試すことにアリサはやや渋るような素振りをみせたが、結局はロッドを構え音響弾を放つ。
そして洞窟内には凄まじい音が反響していた。
「……不都合、あったんじゃないかしら?」
耳を押さえながら言うミリィ。
「悪ぃ……」
ラットも同様に耳を押さえて地面に伏せながら、そう答えていた。
「でも、無駄にはならなかったみたいだね」
言ったのはカイルだ。
洞窟の奥を眺め、そこに幾つかの松明の火が揺れているのをその視線は追っていた。
それを持つのは狼に跨った2匹のゴブリン騎乗兵。そしてその先導を受け、昨日見たゴブリン熟練兵が更に数を増やして4匹。後衛にゴブリン弓兵4匹を従え、中央を頭蓋骨と胸骨によって飾られた杖を持ちながらゴブリンシャーマンが進んでゆく。
「……移動するみてえだな」
そっと物陰からそれを伺うラット。その瞳がゴブリン弓兵のうち一匹が持つ合成弓に注がれていた。
あの野郎、俺の弓を持ってやがる――と、覚悟してはいたことだが何やら情けない気分になりつつ、ラットはその一団が視界から外れるまでそれを見送っていた。
「で、仕掛けないわけ?」
ベティの言葉にラットは唸る。
「弓がありゃ良かったんだが。もう少し気づかれないまま距離を詰めてえな」
しかしその言葉にベティは不満そうな顔をしていた。
「もう、敵の姿は見えたんだしいいじゃない、ダーッと行ってギュッとしてバーンって」
「具体性皆無だよベティ!」
嘆くリック。彼等はどうやってこれまで生き延びてきたのだか、ラットは頭痛を堪えるかのように頭に手をやる。
「でも、基本的には速攻で間違ってないよ。撃ち合いになるような戦いは避けたい」
エイミィはそう言っていた。
確かに、このような狭い場所で次々と毒矢を射掛けられるのはぞっとしないことだ。更にゴブリンシャーマンの魔術がどの程度のものか、未だ予想もつけられない。
静かに距離を詰め、一気に決着をつける。その方針を固めながらラットたちはゴブリンシャーマンが向かった先へと可能な限り音を殺し、じりじりと進んでいった。
「しかし、嬉しくねえサービスショットだぜ」
視界の隅に映るゴブリンシャーマンの姿。それはどうやらメスであるらしく、ぼろ布を繋ぎ合わせたようなドレスを肩に引っ掛け、その端からは萎れた片乳がぶらぶらとはみ出していた。
彼我の距離は概ね40メートル程度。ひと跳びで斬りかかれる距離まであと少し詰めたいところだが、ゴブリン騎乗兵の跨る狼が鼻を高く上げるのが見える。くそ、限界か。
狼が遠吠えをあげるのと同時、ラットは遮蔽の陰から飛び出していた。
炎の矢による援護射撃を行うカイルとアリサ。ミリィはやや逡巡した後、ロッドに形成した魔力の弩砲を持ち上げる。
通常の魔術は視線で照準するが、この補助式は腕で照準しなければならないのが難だった。そういった意味ではラットが隣に居て欲しかったのだが、ミリィはそれを言い出すことが出来ない。
弓兵たちの上に降り、数体を燃やして混乱に陥らせる魔術。
それを見つつゴブリン騎乗兵へとラットは斬りかかっていた。もう一体の方へはリックが駆け寄り、相手が振るった手斧の一撃を盾で受けながら長剣を繰り出している。
リックも凡庸な剣士ではあるが、決して標準を下回るような腕前ではない。ベティの隣で振り回される鉄球を把握しつつ、打ち漏らしを仕留める動きが基本となっているのだ。空間把握力といった点では同ランクの剣士より優れていると言っていい。
ラットとリックは数度の斬撃であっさりと、狼とその背に跨るゴブリンを仕留めていた。
風のようにその横を抜けるエイミィ、そしてベティ。4匹のゴブリン熟練兵と対峙した彼女たちは、咄嗟に視線を交わし、肩を触れ合わせるように斜めにそれと向かい合う。
「どっちが先?」
「お先にどうぞ」
そんな事を言い交わし、笑う二人。構わず斧を振り下ろしてくるゴブリンの首を、後退しながら浅く振ったエイミィの曲剣が半分に割る。
続いて側面から横振りに斧を繰り出してくるゴブリンをベティのハンマーが突き、追いついたリックの剣がその胸板を地面に縫い止めてとどめを刺す。
ラットもまた、エイミィの援護に向かおうとしていた。しかし視線の先、ゴブリンシャーマンの前に浮かび上がる魔法陣に、彼の首筋にぞわりと悪寒が走った。
あれは――以前見た気がする。
敵の魔術使用に気付いて対魔法障壁を張ろうとするベティの姿に、エルフの護衛兵の姿が重なる。
「クッソ……!」
ラットは即座にベティに向かって飛びつこうとし。
それと同時に、エイミィのヘルムにゴブリン熟練兵の手斧が僅かに掠め、彼女が態勢を崩すのをラットは確かに見ていた。
迷いなく、ベティへと飛びかかるラット。
その腰を抱くようにしながら地面へと引き倒し、自身の左腕を掲げる。
ほぼ同時に発射される青白い炎の槍が至近を通過するのを見ながら、左腕に対魔法障壁を展開する。やり方などは良く分からない。ただ、敵の魔術を逸らしたいという一心があっただけだ。
しかし自身の内から魔力が消費されてゆく感覚があって、何とか成功したのだと知る事ができた。
「な――何よ、あれ」
咄嗟に文句を言おうとしたベティだが、発射された魔術が自分の考えた炎の矢ではないことに気付いて呆然としていた。洞窟の天井に突き刺さり爆炎をぶちまけるそれは、掠めたラットのアームガードにすら青白い火を残している。
「火炎槍……あんな物を使って来るの」
言いつつ、ミリィは一発残った氷の槍をゴブリンシャーマンに向ける。
気づくなと祈りながら放った槍は、シャーマンの頭部を見事に抜いてその中身を土の床にぶちまける。
「ち……エイミィ!」
左腕の熱さに顔をしかめながらも、それを地面について上体を起こすラット。
その目の前には、片膝をつきながらもゴブリンの腕を斬り飛ばし、左のダガーをその心臓へとねじ込んでいるエイミィが居た。居てくれた。
良かった、と思うのも束の間、彼女の横には最後に残ったゴブリン熟練兵が迫る。
片腕を伸ばしきり、ダガーを敵の肉に食い込ませたままのエイミィには、これに対抗する手段がもはや無い。
そして必死に立ち上がろうとするラットの前で、ゴブリン熟練兵は倒れていった。
その側頭部に、カイルが撃ち込んだ氷の矢を突き立てて。
今度こそ安堵の息を吐くラット。それを静かな目で見ているカイル。
彼は、足元のエイミィへと小さく声をかけていた。
「……きみは。きみたちは、本当にあれで良いの?」と。
ラットはエイミィが態勢を崩したのに気付いていた。
けれど、ラットが向かったのはベティの方だった。
その理由は簡単だ、放置すれば確実に死ぬのはベティの方だから。
あの時点ではエイミィは、危ないかもしれない程度の状態だったから。
でも――。
エイミィは、苦笑のような表情を浮かべながらずれたヘルムを直し、そしてカイルを見上げていた。
「難しいね。でも、あたしは納得したかな。……それがラットだから、さ」
カイルはそれを聞いて溜め息を吐き、そしてミリィの居るところへと戻っていった。




