第四十三話 ベティさん旋風のおはなし
「なに? あんたたち、たった300で依頼を受けたわけ?」
ベティさんパーティを加え8人で村を出るペンギンズ。
先ほど漂っていた何やら剣呑な空気の理由を知りたがったベティに事のあらましを話すと、彼女はそう言って笑っていた。
「僕たちが受けたのは、飽くまで10匹程度のゴブリン退治だからね」
彼女にそう答え、更にカイルは続ける。
「きみたちが洞窟のゴブリンを全滅させるよう依頼を受けたんなら、そりゃあ報酬額も変わるよ」
それを受けて、後ろからベティに近づきひそひそと耳打ちをするリック。
「ねえベティ? 本当に50匹規模の集落だって言うんなら、僕たちの報酬も"たった"だよ?」
「ゴブリン退治で800、信用出来る街道守備隊からの依頼だってんで、良く内容も見ないで飛びついたもんねえ……」
リートが続けてそうぼやき、ベティはみるみるうちに不機嫌顔になってゆく。
「何よ。あんたたちだって止めなかったんだから責任は一緒だわ!」
それにゴブリンなど何十匹いようが変わらないとベティは豪語してみせた。
頼もしいことこの上ない――などと思えるはずもなく、ラットたちは顔を見合わせる。
「……大丈夫なのかしら」
呟いたミリィの声を聞き、しかし怒り出すではなくにやっとした笑顔をみせるベティ。
「ふふん、まあ見てなさい。この間は不意打ちで不覚を取ったけど、あんたたちにベティさんパーティの本当の力ってやつを見せてあげるわ」
というわけで、洞窟前。
ラットはその周囲を探り、まず昨日放置したエイミィの両手剣を見つけ出していた。
「ち、やっぱ俺の弓と背嚢は無くなってるか」
舌打ちをするラット。巣の中へ持ち去られたのだろうが、ちゃんと回収出来るだろうか。変な汚れなど付けられてやしないだろうかと、そういったことがやはり気になってしまう。
「それで、どうするんだい?」
カイルは洞窟前で仁王立ちするベティに問いかけていた。
徹底して彼女たちに前衛を任せ、自分たちは安全策を取ろうとする気満々のカイルだが、ベティたちもそれを知ってか知らずかペンギンズには下がっていて良いというジェスチャーをしてみせる。
巨大武器使いがこんな洞窟を前にして嫌な顔ひとつ見せないということをラットは不思議に思っていたが、その理由はすぐに明らかとなっていた。
「いつも通りよ、いいわね、アリサ」
「は……はい!」
促されたアリサは呪文を詠唱し、そのロッドの先端には魔法陣が展開する。
それはラットには見覚えのない魔法陣だ。ミリィですら怪訝そうな顔をしている。
そして、やがて射出された泡のように透明な球体は、洞窟内へと飛び込んだ後に轟音を響かせていた。
「……音響弾?」
呪文効果までを見て思い出したようにミリィが言う。それは破裂する際に若干の衝撃波を発生させるものの、ほぼでかい音を響かせるだけと言って良い魔術だった。
敵の中に打ち込んで恐慌に陥らせたり、遠くで破裂させて敵の注意を引いたりといった使い方を主にされるが、使用されるところを見ることはあまり無い。
「みんなおびき出して、外で叩こうって言うの?」
カイルは呆れたように言っていた。確かに手間はかからないのかもしれないが、敵の数が相当に多いということを本当に聞いていたのかと言いたそうな表情であった。
だが、ベティは鼻で笑ってみせる。そして言っていた。
「このエリザベス・フォニア=マイヤードをただの雑魚だと思ってるんでしょう。あんたたちの認識、数分で叩き直してあげるんだから」
全身に筋力強化の光が三重に灯る。背中から引き出した、穂先にトゲ付き鉄球の付いた巨大なハンマーを地面に打ち付ける。続けて彼女はそのグリップに付けられたネジを緩めると、ハンマーの柄を大きく後方に引いてみせた。
地面に刺さったままの鉄球は動かない。しかし、そこに繋がる柄は3つほどにばらけ、その間から太い鎖が姿を現していた。ベティの振る柄と鉄球をしっかりと繋ぎ、鎖はぴんと張る。
「あれ……ハンマーじゃなくて、連接棍だってのか!?」
ラットは驚愕に目を見開いていた。馬鹿げた武器が更に馬鹿げた武器に化けた、と。
洞窟から現れるゴブリンの群れに向かい、哄笑をあげながら突進するベティ。
トゲ付き鉄球が冗談のように宙を舞い、鎖に繋ぎ止められながら柄を支点に二度ほど回転して、洞窟出口の土壁を抉りながらゴブリンたちへと叩きつけられる。
無茶苦茶だった。一撃で3体ほどがミンチとなって吹き飛ぶゴブリン。
鉄球の重さを一切感じないように飛び退るベティを後衛のゴブリン弓兵が弓で狙うも、放たれた矢は全てリートの防御幕とアリサの水幕により弾き飛ばされる。
そして射線を切られ、前進して来るゴブリン弓兵を再びベティの鉄球が襲い、肉も骨も粉砕された血の染みへと変えていた。
これは、基本的にはエイミィが以前やっていた戦法と同じだ。魔術師が攻撃に参加していない分、戦士の負担が大きいが、完全に二人が援護に徹しているだけ安定しているとすら言えた。
「いやあ、すっごいねえ。あたしも後ろから見てたらあんな感じだったわけ?」
もはやすることもなくベティの勇姿を眺めながら、エイミィ。
「だなあ。援護の一つも、って思いながら結局出来なかったの、わかってくれたかい?」
ラットは苦笑しながらそう言っていた。
さて、そうやって数分ばかり挽肉製造機を続け、洞窟から出て来るゴブリンたちは途絶えていた。
「こ、これで終わりかしら?」
流石に荒い息を吐きながら言うベティに拍手を送るラット。
もう彼女の事を軽く見るようなことは出来そうにない、が。
「いや……まだだな。昨日居た鎧持ちのゴブリンが居ねえ」
ラットはそう言っていた。
「だね。それにシャーマンの姿も見えない」
カイルが続ける。ここまでで潰したゴブリンだけでも30匹近くだ。
シャーマンについては確認したわけではないので確実に居るとは言い切れないが、規模的には存在していて全くおかしなこともない。
「ふん……なるほどね、護衛集めて奥で待つってわけ。小賢しいったら」
ベティはそんなことを言っていた。
「しっかしなんだな……ぐっちゃぐちゃだな」
洞窟の入り口に積み上がった挽肉を眺めながら言うラット。
「これじゃあ、討伐証明を拾うのにも苦労しそうだねえ」
同様に寄ってきて、言うリック。
「何よぉ、文句言うなら後はあんたたちがやりなさいよぉ!」
ベティは口を尖らせて言うが、まあ洞窟に踏み込まなければいけないのなら、これまで通り彼女一人に任せるわけにも行くまい。あの武器は狭い場所では相性が悪すぎる。
「そうね。今度はあたしたちの番かな?」
曲剣を抜きながら言うエイミィ。ラットも曲刀を抜き、新調したアームガードを掲げながら洞窟の前へと立つ。
その後ろにはリックと、鉄球を繋ぐ鎖を戻してハンマー状にした武器を持ちながらベティが続いていた。
術士たちを後衛に置きながら、彼等は血で滑る足元を慎重に避け、洞窟の中へと踏み込んでゆく。
先行させる魔力の明かりに照らし出されたそこは、ひどく静かだった。




