第四十二話 どこかで見た顔のおはなし
「……報酬額を引き上げろ、と?」
ラットからその話を切り出された村人たちは色めき立っていた。
ふざけるな、お前たちはそれで引き受けると言ったのだろうが、と。
まあ常識的な反応だろうとラットは思いながら、こちらもこちらの常識をぶつけるしかない。
「そりゃそうだろう。流石にあれだけの数のゴブリンは聞いていない。依頼の内容が変わったんだから報酬だって変わるのが当たり前だろうよ」
「だが、これ以上の銀貨などこちらも用意できんぞ」
村長の息子、その長男が口を開いていた。
村長もこの場にいるが、話の内容があまり穏やかにはならないという事ははなから承知していたのだろう。30代ほどの長男を同席させ、この場を任せようという心づもりのようだった。
しかし彼も、すぐに金額の話に移るというのは流石に冷静だ。何とか交渉になりそうだとラットは内心胸をなでおろす。
「ああ、そりゃわかるさ。何もすぐに出せというわけじゃない、今日また討伐に向かうが、首尾よく出来たとしてその後1日はここか、或いは一番近い街に滞在するつもりだ」
その間に物資を換金するなりして用意してくれれば良いとラットは言う。
だが、村長の息子は溜め息を吐く。
「それで、どの程度上乗せを望む」
「……可能なら、5倍」
「5倍だと!?」
村人たちが立ち上がる。
ラットたちを囲むように集会所に集まった村人たちは当然戦士などではないが、その人数だけでかなりの威圧感を持っていた。本気で彼等が向かってきたらラットたちは袋叩きにあうだろう。
冒険者とて戦いに慣れているというだけ。
殺し合いが出来る状況でなければ、逆にただの村人との差は殆ど無くなってしまうのだから。
「やめろ!」
村長の息子は怒鳴り、村人たちを制していた。そしてラットたちに向き直る。
「……お前たちのような流れ者にはわからんだろうが、今は麦の刈り入れどき前だぞ? 用意した300ですらこの村では限界だ。換金出来るような物資など、ひと月待たなければ出来るものか」
ラットは苦くそれを聞いていた。予想した以上に村は貧しいのだろうか。
だが、それでは流石に命は張れない。カイルを納得させることが出来ない。
せめて――1000。いや600まででも増額して貰えれば。
「話にならないな」
しかし、縋るように村長の息子を見るラットの横で、カイルはそう口走っていた。
「何だと……」
カイルを睨みつける村長の息子だが、カイルはそれを取り合いもしない。
「あれだけの規模のゴブリン集落が近くにあるんだ。夏の、麦の刈り入れどきまで、この村が存在していられるかの方をむしろ心配した方がいいんじゃないのかな」
どよめく村人たち。
「本当なのか……?」
「こいつらが言っていた、50匹近い規模のゴブリン集落が本当にあるなら、確かに……」
「冗談じゃない、見たのは確かに数匹だったんだ、そんなすぐに増える筈は……」
そういった声がラットたちを囲む村人から漏れるのが、はっきりと聞こえる。
ラットは溜め息を吐いていた。脅迫のようで申し訳ないが、確かに今はこれしか方法がない。
「討伐証明は耳で良かったよな。どのみち後払いだ、本当に俺たちが数十枚の耳を持ち帰ってきたら報酬の増額を認める、と――そんな約束で構わない。だが、これは確実に果たしてもらうぜ?」
「始めから耳を持ち込んでいる可能性もある」
村長の息子はそう言う。
「そんなこと、する訳ないじゃないですか!」
ミリィが声をあげるが、ラットは別におかしなことを言われたわけでもないというように、答えを返した。
「ああ、そのあと死体を確認にでも何でも行けばいい。やるからには全滅させるつもりなんだし」
ミリィは流石に、ああまで言われて悔しくないのかといった表情をラットに向けていたが、それはエイミィが宥めるように彼女を引き寄せていた。
村長の息子としても、他の村人の手前、疑いについては口に出して潰しておくしかないのだ。
さて、後は彼が僅かなりと報酬の増額について認めてくれれば交渉は済む――のだが。
「だが……報酬額については、済まん。本当に限界なんだ」
彼は椅子に腰を落とし、そう言っていた。
「では、こちらも流石にこの依頼を継続することは出来ない」
冷たくカイルが言い放つ。だが、それを聞いた村人たちは青ざめていた。
先ほどとはまた状況が変わっているのだ。このまま行けば村の全滅が濃厚だということを突きつけられた後なのだから。
それでも人か! などという罵声が飛び、殺気立つ気配を感じながらラットは立ち上がる。カイルの方を向き、これ以上話をそういった方角に向けるのは良くないと、目線で伝えようとする。
「わかった、別に1日2日で報酬を払えって訳じゃない。ただ増額を認めてさえくれればいいって」
ラットはそう言うが、カイルはそれに難色を示した。
「待って。相手は領主とかじゃない、ただの村人だよ? ひと月以上も先の支払いなんて認めてしまっていいのかい? それに……この依頼は危険過ぎるんだ」
そもそもまともに向かいたくないのだという態度をカイルは隠しもしなかった。
立ち上がる村人たち。村長の息子も流石に、今回はそれを制さない。
ラットたちはじりじりと集会所の出口に追い詰められてゆく。
「……なんなの。私たちにゴブリンを退治させようとしていたんでしょう? その私たちに対して、それだけ強気の態度が取れるのなら、自分たちでやればいいじゃない!」
ヒステリックに叫ぶミリィ。
「ミリィ、だめ。それ以上は……」
エイミィが何とか彼女の頭を抱いて黙らせようとするが、言ってしまった言葉はかえらない。
ただ追い出されるだけなら良かったのだが、ピッチフォークなどを取り出しかける村人を見てラットは盛大に顔をしかめていた。
だが、彼等の後ろから集会所へ飛び込んできた村人が言った言葉に、ラットたちを含めその場にいた全員が、妙な顔をしてそこで固まっていた。
「ま、待った! 村長……別な冒険者パーティが来てます!」
「……シケた村ねえ」
そばかすの浮いた顔、褪せた金色の髪、赤い装甲付きドレスといった形状の戦装束を身に纏い、背中に巨大なトゲ付き鉄球を背負った少女が村の入り口には立っていた。
「まあ、村なんてどれもこんなもんじゃないかな」
木製の中装鎧を纏い、鉄の長剣を腰に差した茶髪の少年が彼女に言葉を返す。
「お昼はここで食べるんでしたっけ?」
やや内気そうな少女、ロッドを持ち黒いケープを羽織るスカート姿の少女が言い。
「保存食が切れてるの、なんで気づかないかなあ?」
武器も持たないローブ姿、やや大きめの背嚢を背負った少年が呆れたように呟く。
集会所から出て来たラットたちは、そんな4人を見て揃って声をあげていた。
「ベティさんパーティ!?」
「あ、ペンギンなんたら!」
走って近寄ってくるベティ、リック、アリサにリート。
彼女たちに話を聞いてみると、どうやらこちらもゴブリン退治を受けて来たらしい。しかもこの村とは別口、街道守備隊からの依頼であるにも関わらず、どうもターゲットは同じ洞窟のようだ。
「ふん……じゃあ、共闘ってことになるわけ?」
ベティはそう言ってにやりと笑っていた。
「ああ、かもな」
ラットも笑いながら彼女に返し、そして着いてきていた村長を振り返る。
「村長、良かったな。状況が変わったぜ。2パーティでやる仕事なら……報酬はそのままでいい」




