第四十話 新しい冒険のおはなし
それなりに続くようになった剣の訓練で日中を過ごし、夕方からはこの領主館を備える街で大通りに並ぶ屋台を見て回り、ラットとエイミィは3日ほどを二人で過ごす。
こんなに長く二人きりというのはこれまでに無いことだった。だが、それでも必要以上に意識することなく、むしろずっと自分の考えに纏い付いていた重いものを忘れられるかのように、ひどく自然に振る舞えることに、ラットは居心地の良さを感じられていた。
それでも、日に一度は思うのは、ミリィとカイルはどこへ行ってしまったのだろうということ。
まさか街から出ているのだろうかと思うほどに彼等とは出会わない。魔術訓練なのだから攻撃魔法を街中で使うわけにも行くまいし、まさかという程でもなくそれが正解なのかもしれないが。
どうにも気になっていた。
あの二人は本当に、これまで起こったこと、そして自分の感情を処理出来ているのか、と。
「そうだね……」
そういった事を話すと、エイミィもそれに同意していた。
特に危なそうなのはミリィであるということについても意見が合う。
カイルは何処か、大丈夫だろうと思えてしまう部分があるのだ。彼と出会った当初から。
何も考えていないなどということはなく、それなりに明確な考えに従って動いているのはわかる。そうでなければそもそも彼は冒険者神官などになってはいない。
だが、独りに耐えられる、独りで自分の行動を決められる。そういった人物であることもラットたちは理解していた。
それだけに、そんな彼がもしミリィに縋るようなことがあったなら、ミリィはその許容量を越えてしまうのではないかと思えた。彼女は僅かな余裕によって現在の在り方を維持しているだけなのだから。
なので、更に翌日。カイルとミリィが宿へと戻ってきたとき、エイミィとラットの二人は複雑な表情でミリィのことを見ていた。物凄く、疲れ果てたような様子の彼女を。
「……ああ、もう。何とかなったわよ。それなりな探知魔術と障壁、あと簡単な攻撃魔法」
勢いよく椅子に腰を下ろしながらミリィは言う。
カイルは神聖魔法を使っていただけあって魔力を扱うことについては問題なかったのだが、その出力調整が全く出来ない妙な癖を抱えてしまっていたのだと彼女は続けていた。
「そうよね、考えてみれば神聖魔法は誘導と点火だけの魔力使用だものね。各魔術に応じて引き出す魔力を変えるみたいな感覚はむしろ鈍って当然……」
それでも何とか調整を重ね、攻撃魔法も使えるレベルにはなったのだとか。
「だが、探知ってだいぶ難しいんじゃなかったか?」
そいつをこんな短期間で使えるように仕込むってのはやるじゃないかと言うラット。
それに対してミリィは、称賛を素直に受け取ることが出来ないというように目線を逸らし、もごもごと口を動かしていた。
「神官からの転向だから、本当は治癒の訓練を重ねたかったんだけど……」
カイルはそんなミリィの肩に手を置きながらそう口を開く。
こちらはあまり疲れたようではなく、むしろ自信を得たように見えるぶん、活力が増したようだ。
「そのために傷を作るわけにもいかないし、怪我人や病人を探し歩くのもね」
カイルはそう言って苦笑していた。
特に神聖魔法に頼らなくとも、魔術によっても傷の回復は出来る。
欠損四肢の再生を含まない単なる傷の治療――いわゆる大回復までは魔術で行うことが出来た。これは神聖魔法で行うのと殆ど変わらない訳だが、それ以上となるとやはり不可能であるのと、前述したように毒や病気治療においての使い勝手の悪さが存在するため好んで治癒術を使おうという魔術師は少数であった。
「そう。だから……これからも休養日には教会やら薬師やらを回って体調の悪そうな人を探して回ることにはするけど、暫くカイルの治癒には期待が出来ないと思っておいて」
ミリィはそう言っていた。
あとは防御幕についてもそうか。対魔法障壁と対物理障壁を兼ね、使用者の魔力量や習熟度によらない防御力を提供する防御幕に、今のカイルが使える防壁系魔法は当然ながら及ばないのだから。
「……これまで、深く考えずに魔術師になってしまえと言っていたのは私だけれど。実際転向するってなったら割と難業でしたわね……」
天井を仰ぎながら腫れぼったい目を抑えるミリィ。
そんな彼女に、ラットはやや苦い笑みを浮かべながら声をかける。
「しかし大丈夫かよ。あと1日休んでもいいんだぜ?」
まだラットたちの財布もしぼみきったわけではない。一時期から考えればそんなに急いで依頼を受けなければいけないわけでもないのだから。
だが、ミリィはしばし考えた後、首を横に振っていた。
「いえ……カイルも、早めに実戦での感覚をつかみたいでしょう。依頼に出るのはなるべく早い方がいいわ」
けれど、その場所は少しだけ遠めのところを選んでもらっても良いだろうかと彼女は言う。
馬車の中で寝たいのだ。すぐにそう思い至ったラットは、笑ってそれを了解していた。
そうして、やや遠い場所のゴブリン退治を受けてペンギンズは馬車に乗り込む。
「なんか、ゴブリン退治も久々って感じがして逆に新鮮だよねえ」
エイミィはそんなことを言っていた。
「だな。三週間ぶりくらいか? もうちょっと経つか」
既に寝息をたてているミリィを起こさないよう小声で、ラットはエイミィにこたえる。
「……三週間、いろいろなことがあったね」
エイミィは不意に真顔になって、そう呟くように言っていた。
そうだ。いろいろなことがあった。
多くの知り合いが出来て、多くの場所を見た。そして、失ったものもあった。
4人の内面も若干ではあるが変わり、その関わり方も――だいぶその姿を変えた。
こうしてエイミィと交わす何気のない会話も、パーティ結成から二週間の時点でも同じようなことは出来ていたかもしれないが、そこに変化がないわけもない。
エイミィとミリィの間にはやや会話が減ったように思うが、特にそうしなくても良い、互いにわかるということが増えたのだろうとラットは思っていた。
ラットとエイミィもそうだ。言う必要がないことが増え、そしてそれ以上に言いたいことが増えた。
カイルにしても自然に会話へ入ってくることが多くなったのは、良いことだと思う。
この先俺は、どうしたいんだろうな。
ラットはそんな事を考えていた。時よ止まれ、お前はいかにも美しい――だなどと言ったところで無駄なことはわかるし望んでもいないが。
ま、妙なことを考える前に寝ちまうのに限る、と。既に頭をぐらぐらとさせているエイミィに軽く肩をぶつけて自分に寄り掛からせ、ラットは瞼を閉じていた。
やがて、馬車は止まる。
ジーニス領最西端の街近く、ここから若干歩いた場所が目的の村。
「終わってから帰る場所はその街でもいいかもな」
などと言いながらラットはエイミィを起こし、馬車から降りる。
続いてカイル、そして彼の手を借りながらミリィが馬車から降り、4人は周囲を見渡していた。
領の東側とはだいぶ違う風景。若干湿り気の強い土に変わり始める湿地帯の境。
今回はお馴染みのゴブリンだが、こちらにはどんな冒険が待っているのだろうかと。
期待を抱きながら彼等は村の方角に向かって進みだしていた。




