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第三十八話 欠けた対角線のおはなし

 だいぶ夜も更けてしまったが、ペンギンズはジャニスの家の戸を叩く。

 二人は既に眠ってしまっているものと思っていたのに、意外にもその扉はすぐ開かれていた。

「あれ?」

 出て来た少年を見てそんな声をあげるエイミィ。

 当然だ、眠たげな顔で扉を開いた少年は、どこから見ても人間の子供にしか思えなかったのだから。

「あ……エイミィさん? ラットさんたちも」

「もしかして……ザナン君?」

 ミリィはそう言っていた。あらためて良く良く見ると、その顔立ちや髪型などはかつて見たザナンのままだ。しかし魔族としての特徴である肌や髪の色、そして角だけが消えてしまっている。


「あ、とにかく入って下さい! 今ジーンさんを起こしますから……」

 そう言って小屋の中へと戻ってゆくザナン。

 やがてのそのそと出て来たジーンは、にやっと笑ってそれを説明していた。

「何の事ぁねえ、もともと天性の魔術師なんだからよ、人前に出る時は変装の魔術を使っちまえばいいだけだって思ってね。婆さんがなんでこれを思いつかなかったのかわからねえが」

 確かに、言われてみればそうだ。

 シノと会い、ジーニスの城に居るカエデがほぼ常時その身体特徴を隠していることを知った今では十分に可能どころか、ザナンならほぼ負担にもならないことと思える。

 ジャニスもまさか思いつかないことはなかったのだろうが、自身がこうやって隠れるように人を避けて暮らす生活を好むためか、そこまでする必要を感じなかったのだろう。

 或いはそうやって隠すことをあまり好ましく思わなかったか。


「そうだ、ジャニスさんはどうしたんですか?」

 カイルはそう聞いていた。先ほどから姿が見えない。

 ザナンはカイルの言葉を聞いて、ややその視線を伏せていた。

「婆さんな……あれからすぐだったよ。本当に眠るようにぽっくり逝っちまって」

 ジーンはそう言う。

 彼が西の街へ戻る、まさにその日の朝だったのだと。それで、彼はジャニスの埋葬を済ませ、それからここにずっと留まっているのだとか。

「ま、あの婆さんがあれだけキツいって言葉を口にする時点でおかしかったよな、今から考えりゃ」

 ジーンはそう呟いていた。

 ラットたちにはわからないが、かつての彼女はまずその手の言葉は言わなかったのだろう。


「じゃあ、あんたがずっとここに?」

 ラットはそうたずねる。彼女の小屋に住み続けるのか、と。

 ジーンはやや考えるように唸っていた。そして口を開く。

「そうだな、短期的には。……長期的にどうなるかはまだわからんぜ、俺の店をどうするかはまだ決めかねてる。コイツが、ザナンが、一切尻尾を出さずに暮らしていけるってなら、あっちに行くのもありだな」

 魔族の成長は10歳ほどで鈍化し、40歳ほどまで続く。

 そして250歳ほどまでその姿が続き、それから老化が始まってくるという。

 成長速度で怪しまれる恐れはあるのかどうかわからないが、ジーンの手からも離れた後は、やはり隠れ住むこととなるだろう。そう彼は言う。

 そのために小屋を残しておくべきか。それとも、数十年先のことではあるし引き払うべきかと。

 一度殺そうとした、少なくとも消そうとした相手であるのにもかかわらず、彼がザナンのことを自分が死んだ後のことまでも本気で考えている様子に、ラットたちは知らず微笑を浮かべる。

「な……なんだよ」

 ジーンはそんな彼等の顔をぎょっとしたように見返し、そう言っていた。


 それから、小屋の中の適当な場所で寝る事を彼は快く承諾してくれ、ペンギンズはそこで夜を明かす。

 だが、どうも寝付けなかった。あまりゴソゴソと動くわけにもいかないので毛布にくるまって眠ろうとつとめてはいたのだが、結局ミリィは夜風に当たりに小屋を出ていた。

 そうして座り込んでいると、背後から足音が聞こえる。

「ラット?」

 他には居ないだろうと思って声をかけながら振り返るが、そこに立っていたのはカイルだった。

「カイル……あなたも眠れないの?」

 そう言って、彼が隣に座るのを待つ。

 けれどカイルはそうしなかった。そのままミリィに近づき、その体を後ろから抱きしめる。


「ちょっと、カイル?」

 ミリィは驚いたように、しかし跳んで逃げるでもなくやや身体を揺するように抵抗の意思を伝える。

 数日間身体を清めていないので、流石にこうまで近寄られるのは恥ずかしいのだ。

 だが、カイルは離れてくれなかった。その腕が震えているのを知って、ミリィも諦めたように動くのをやめる。

 やはり、相次いだ知人の死に打ちひしがれているのだろうか。

 そう思いながらカイルの言葉を待ったミリィだが、耳元に囁かれた言葉は意外なものである。


「ねえ。この間、エルフの里で……ラットとどんな話をしていたの」

 言われて、ミリィはどきりとしていた。何やら後ろめたさのようなものが出てきてしまう。

「そう……パーティに入る前の、身の上話ってところ」

 ミリィがそう言うと、カイルは当然ながらそれを聞きたがった。

 仕方なく、あの時話した内容――自分のぶんとラットのぶん、それをカイルに語るミリィ。

「そこまでが、ラットに話したことだね」

 カイルの言葉にミリィはうなずく、が。

 この発言でわかる、カイルはそれ以上のことを知りたがっているのだと。

「学院を追い出された理由、そんなもの、聞きたい?」

 聞きたいと、即答するカイルにミリィは溜め息を吐いて、自分にとってもまだ痛いそれをぽつぽつと語り始める。


 親が魔術師である子供たちとも、成人してから魔術を学びに来ている大人たちとも馴染めず孤立していた自分に、特に目をかけ気遣ってくれる教師がひとり居たこと。

 だがそれが実はとんでもない変態野郎だったこと。

 思考探知と感覚探知、感覚増幅に感覚共有といった魔術を駆使した悪戯にあっさりと溺れてしまい、2年ほどその人の事しか考えられなくなってしまっていたこと。

 だが、自身の思考を読ませることだけは厳重にブロックしていた彼に不審を抱き、その防御の隙を突いて行った思考探知で彼がこれまでやって来たことの全てを知り、殺しかけて学院を追い出されるまでの顛末を。


 これでカイルが自分から離れていってくれれば良いと思った。

 だが、カイルはそうしなかった。更に、痛いほどミリィを抱きしめてくる。

「ラットは、ずっとエイミィを見てる」

 ミリィの首筋に顔を埋めながらカイルは言う。

「そして僕は、ずっとミリィだけを見ていた」

 わかっていた。危険な時には、あのユニコーンの時のようなどうしようもない時を除いて、カイルは常にミリィを守れる位置につけていた。

 だが、パーティ内をそのように真っ二つに分ける考えに対して、今のミリィはやや抵抗を覚えてしまう。かつて自分が考えていたことだというのに。

 いや、そればかりではないか。あれは、ラットとカイルをただエイミィとミリィの付属物として見る考え方だったのだから。これは少し、あれとも違う――。


 そういった考えをはっきりと告げ、カイルにしばし思い留まって欲しいと思う。

 けれどそれは、今告げたところで彼には単なる拒絶としか聞こえないだろうともミリィは思った。

 そして、拒絶されればカイルは去ってしまうのではないか。

 幾らカイルのすることだとは言っても、いや。カイルだからこそか。その思い切りの良い行動というものは常に、成らなかった際には全てを失うことを受け入れた、ゼロか1かの選択であったように思う。

 だから、ミリィは仕方なく、カイルの手に自分の手を重ね、それを受け入れた。

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