第三十七話 価値のおはなし
弓兵とはいえ近接戦が出来ないというわけでもない。
忍者たちの攻撃を見、ドワーフ弓兵の中からもマチェットを抜いて斬りかかる者が続出。続いてそこに宮殿内から舞い戻った武士団が脇差を振るい参戦するという事態に戦いは移行していた。
いける、とシノは確信する。
悪魔は人型・人間大の生物としては間違いなく最強だが、逆にそうである事こそが弱点でもあった。飛行出来ない状態に追い込まれれば魔術使用以外では殺到する人間を薙ぎ払うことが出来ず、同時に繰り出せる手数もそう多くはない。
そして彼等は魔術がそう上手くはない。
高い魔力と制御力任せの魔術使用であり、高位の男性魔族が駆使するような複数魔術の同時多重使用や連続使用という発想を持たず、また妙なカスタムや補助式なども使わない。
せいぜいが先ほど見せた誘導矢の使い方のような小技程度だ。
よってこのままタコ殴りにすれば轢殺出来る。そしてそれは間近であると思えた。
「くそ、うざってぇ!」
吠えながら長剣に光波を纏わせ、振るう悪魔。
同時にシノの方へと向かって構えた左手には雷撃の魔法陣が浮かぶ。
レーザー誘電による水平落雷。その威力は高いが、武士たちに紛れたシノにはさしたるものとも思えなかった。周囲の武士と共に対魔法障壁を使えば行動不能にならない程度に減殺することは可能であろう、と。
が、対魔法障壁を構える武士団の前でその魔法陣にはノイズが走った。
あ――とシノは初めてその時、失策を悟る。
魔術の中でも妨害系に関してだけは、彼等は他の追随を許さないのだった、と。
幻影による魔法陣種別の隠蔽。本来の魔術、流動刃が発動し、数メートルにも伸びた長大な爪を振るって、悪魔は武士団に対し突撃する。
無防備に一撃を食らった武士団のうち、前列に居た十数人が一斉に輪切りになる。
樽をひっくり返したかのように一気に道へと撒かれる膨大な量の鮮血。
ラットたちはそれを呆然と見ていた。
動くなと言われたが不安でたまらなくなり、出てきてしまっていたのだ。
ミリィには良くわからなかった。
ラットは認めたくなかった。
エイミィは全てに気付いてしまっており、そしてカイルは血の海と言うしかない場所に浮かぶ一本だけ茶色い尻尾が、変装の魔術を解かれて黒く変わるのを唇を噛みながら見ていた。
そして彼はミリィの肩をつかむ。
「ミリィ……ごめん。"あれ"……出来るかな?」
彼女の杖を示しながら言われたカイルの言葉に、ミリィは不安げな表情ながらもうなずいていた。
悪魔は道の先にあるものに気付いていた。
先ほど見た子供4人。魔術師らしき者が地面に膝をついて杖を構えている。それだけだ。
魔術ならば自分には効かないのだから問題はない。彼等はそれを知らないのだろう。ただ、自分達にも出来ることをしようとしているだけ――ならばどうでもいいと思って。
ふと、彼はそちらをもう一度振り向いていた。本当にそうか? と。
刹那、その左眼球にミリィの魔法の弩砲によって射出されたカイルの短槍が突き刺さる。ラットの誘導矢によって狙い違わず。
刃の全てを頭蓋内に埋めた槍によって彼の思考は途切れ、その後殺到した残りの武士団によって魔力核を粉砕されるまでその身体は斬りつけられていた。
「…………」
血の海の前に無言で立つラット。
彼はそこに浮かぶ色々なものから何かを探そうとし、表情を変えないままに小さく呟く。
「もう、どれがシノさんだったかなんてわかんねえよ……」
その手に何かが押し付けられる。隣にはカイルが居て、その手には黒い尻尾がひとつ握られていた。
ラットはそれに触れてみて、カイルの手からそれを受け取り、その場に両膝をついていた。
血にまみれてはいたがそうでない部分は、確かにその手触りに覚えがあったから。
そして、誰も何も言えないままに与えられた宿舎へと戻る。
その後やって来た下忍たちにシノさんだったものを渡し、報告書に一枚――死亡報告書を増やして。
翌日女王に呼ばれ、宮殿へ来いと言われても喜ぶ気にもなれないまま、ラットたちは重い足取りで宿舎を出ていた。
どこかぼんやりとした気分で、感情も麻痺したような感じのまま謁見の間まで進んで、何かを言われたのに気付いてようやくはっとするような。
そんな4人に向かって軽い溜め息を吐き、女王は笑ってみせていた。
「あやつ……シーナとか名乗っておったか? お前たちとは2日3日ほどの付き合いであったろうが、随分とその存在をお前たちの内に残してくれたものよな」
そう言われて、ラットの顔には思わず笑いが浮かんでしまっていた。
シノさん、偽名適当過ぎなんじゃねえか? などと。
「だが……随分死んだな。私の護衛兵からも2人、ドワーフから5名、極東エルフの武士団からは18名が失われた。あやつの部隊からも他に下忍が2人ほど死んでおろう」
そう言われてもラットの心中にはさほどの感情の揺らぎもない。可哀想だとは思うものの、それだけだ。
女王はそれを見透かしたように、歴代王の尻尾が飾られた玉座の上で笑う。
「それでいい。所詮――人の死などその程度のものよ。相手と個人的なかかわりがなくば、そんなものはただの数字に過ぎん。他者の死自体はこれまでにも見て来たろうから、わかっておる事と思うが」
「……何を……おっしゃりたいのか」
エイミィが口を開いていた。周囲に控えていた護衛兵たちがそれを咎めようとするが、女王は手を振ってそれを制する。
「しゃんとしろということだよ。あやつとお前たちとの関わりはせいぜいが3日程度だ。お前たちには、それよりももっと……失ってはならぬ者がすぐ隣に居るのだろうが」
冒険者なのだろうと言う女王に対し、ラットたちは何も返せなかった。
翌日になっても未だショックを態度に表し続けている彼等を気遣ってくれたのか。それがわかるだけに、明確な怒りや悲しみとして形をなしてくれないもやもやとした感情が強まる。
そしてそれ以上に、仲間が死ぬということについての恐れを突きつけられ、ラットの足は小刻みに震えていた。知らずエイミィの横顔に目が行ってしまう。
あの丘巨人との戦い以降、つとめて考えないようにしていたことだったというのに。
今は彼女ですらもいつもの笑みをみせてくれそうにはない。それが、ひどく辛かった。
それからラットたちは新たな案内人を付けられ、エルフの森を出る。
どこかの里でこれ以上休んでいこうなどという気分にもなれず、土産物を買う気にもなれず、王国側の関所へ入る頃にはもう日が暮れようとしていたが、構わずにそのまま進む。
「……そういえば、夜じゃあ街には入れないわね」
閉門のことを今更思い出したかのように言うミリィ。
街の前で野宿というのも馬鹿らしいことではあったし、何処か良い場所はないかと考えるラットたちに、カイルは口を開く。
「ジャニスさんのところはどうかな。……床ででも、寝られれば」
なるほどと一同はうなずき、そして一週間ほど前に訪れたばかりの小屋に向かって歩き出した。
そうだ、まだあれから一週間ほどしか経っていないのだ、などと思いつつ。




