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第三十六話 悪魔のおはなし

 幸いなことに、それ以上の追撃はなかった。

 見れば、宮殿中央の建造物から姿を現した女性の方に、悪魔の興味は移っていた。

「女王ッ!」

「いけません、お下がり下さい!」

 口々に言う護衛兵。だが女王と呼ばれたエルフ女性は下がらず、壇上から悪魔を見下ろしている。


「……こんな場所まで単身出て来るか、悪魔。一騎打ちでもお望みか?」

 薄く笑いながら告げられた言葉に、悪魔もまた笑ってこたえる。

「おやおや、そっちから顔を見せてくれるとは思わなかった。そう自信があるようにも思えねえが」

「なかろうともさ。こうなっては仕方あるまい」

 確かに。彼女が出てこなかろうと、先に見せた熱閃光ギガブラスターを撃ち込めばそれで終わりだろう。

 この都まで踏み込まれ、更に主力を飛び越えられた時点で詰みだということだ。

 だが、悪魔は首を横に振って笑う。

「いいや。やる気はねえよ、やったところで大した意味もねえし」


 悪魔が語ったところによると、こうだ。

 好きなように殺して回ったところで彼等にさほどの益も無い。彼等は魂を喰うなどとも言われるが、殺して奪ったものになどさしたる用途も無く、そう旨いものでもないのだ。

 契約の対価として受け取らなければひとの魂もがらくた同然である。

 が、生きたそれが放射する感情は彼等のエネルギーになる。怒りや悲しみといった負のエネルギーほど強く、質の良い魔力に化ける。

 よって彼等は、現状においてはただその存在を誇示しながらそこに居続けることこそを望むといったわけだった。


「だが、期限を切られちまったしな。いい加減飽きも来てたんで、おとなしく魔界に戻っても良かったんだが……そいつをただ待つというのも芸がねえし、何より契約に反する」

 一応魔王アーベルとの契約、魔軍の支配領域を確定させ、そのために王国の力を削ぐことを目的に彼等は動いているのだから。

 部隊壊滅が見える状況でその進行を見過ごすことはそれに反するというわけだ。

「だから、適当に戦力は削らせて貰うぜ。後はまた数年グダグダとファニーウォーしようや」


「舐められたものだな」

 エルフの女王は不快げに、しかし口許に笑みを刻む。

「だが、それならば我々だけを叩いたところで無意味であろう。我々が動けぬとなれば、逆に。ドワーフどもが単独でそちらを叩くであろうよ」

「ああ、そこだ。だから……極東から来た連中には消えてもらうが、あんたには生きていて貰わにゃいかんよな?」

 そう言われて、エルフの女王はその表情をこわばらせた。

 不自然な損害、そこから来る疑心を煽るということか。


「さて……そろそろ戻って来るかね」

 言って背後を振り返る悪魔。その前には、先ほど彼を迎撃に出たエルフの兵たちと極東から来た援軍部隊が、本来最後尾であった筈のドワーフ弓兵部隊を先頭に舞い戻ってくる。

「殺せ! 決してそやつを生かして戻すな!」

 女王の叫びと共に、悪魔の両腕には魔法陣が展開していた。


 次々と射掛けられる矢を翼で打ち払う悪魔。

 反撃に放たれる加粒子槍パーティクルランスが対魔法障壁を貫通し、数人のドワーフ弓兵を飲み込む。

 始まってしまった戦いから逃れ、物陰へと隠れながら、ペンギンズとそしてシノはその表情に苦悩を覗かせていた。

「……どう、なるんだ……この戦い」

 ラットはそう言う。王国騎士団が、損害覚悟ならば悪魔の率いる10個軍くらいは片付けられると踏むのだから、ここに出た悪魔一匹程度ならばエルフ部隊で片付けられるのではないかと。

 続けたラットの言葉に、シノは即答出来なかった。

「どうでしょうね……一度振られたことで陣形が崩れてしまってますし、ここは城と言えるほどの場所ではないにしても、飛び込んでくる者を迎え撃てるような場所にヤツは陣取ってますし」

 難しいと言わざるをえない。シノはそう言う。


 だが、不可能ではなかった。実際、この場であの悪魔を仕留めるのは、難しいレベルの言葉で言い表せられる程度の難度に収まっている。半々程度の勝算で、彼は向かってきていた。

 それは当然、これが彼にとって遊びだからである。

 既に飽きているというのも嘘ではないのだろう。この世界で死んだとしても召喚された悪魔は滅びない。彼のこの世界での身体は魔力によって作られた仮のボディ、魔界に存在する本体のコピーでしかないからだ。本当に、終始遊びで彼は仕掛けてきている。

 ならば――とシノは立ち上がっていた。

「絶対に、ここを動かないで下さいね」

 そうラットたちに言って、シノは姿を隠し宮殿を回り込んでゆく。


「おおっと!」

 刀を抜き、次々と悪魔へ斬りかかる極東エルフの武士たち。その刀には武具覚醒オーヴァドライブの魔術が閃き、翼によって弾かれながらも轟音をあげて、悪魔にそれなりなダメージを叩き込む。

 武器の寿命を消費し尽し、たった一撃限りだがその威力を大幅に高める魔術であり、これを食らっては悪魔の装甲といえど無事には済まない。

 しかし一刀を振るった武士たちの手の中で、次々と刀は折れ飛んでゆく。

「すげえな。思い切ったことをしやがる」

 それらがなまくらとも思えず、そんな風に使い潰して良いとも思えない名刀揃いであることに悪魔は称賛を送るが、武士たちは表情筋をぴくりとも動かさず脇差を抜く。

 続いて徹甲アーマーピアースの魔術を用いながら長弓を引くエルフとドワーフの弓兵。

 強靭な翼をも貫く単結晶化した矢を浴び、悪魔は笑いながら空へと跳び上がっていた。


「何だよお前ら、実は魔術が効かねえ相手に慣れてやがるな?」

 そんな言葉に、ようやく返答を返す武士のうち一人。

「伊達にオニと戦い続けてはおらぬ」

 そして次々と射掛けられる矢に対し空中から加粒子槍パーティクルランスを撃ち返し、悪魔はドワーフ弓兵たちのど真ん中へと再び降り立つ。

「こりゃあ、さっさと退散しねえとこっちがやべえか」

 言いながら腰の黒い長剣を抜く悪魔。しかし彼は咄嗟にそれを背後へと構え、音もなく斬りかかる下忍の刃を弾いていた。


「総員で当たれ。この機会に仕果たせ」

 着地のタイミングを狙って仕掛けるシノ。下忍全てにそう指示を出すと、自らも忍者刀を抜く。

 翼を畳みかけていた悪魔に、その全周囲から忍者たちが襲いかかった。それもただ斬りかかるだけではない、それぞれが確実に一撃を入れるため、光学系の魔術を使用しながら。

 殆どの者が用いたのは鏡化分身スプリットミラージュ。自分と鏡合わせに同じ動きをする幻影を短時間作り出し、斬りかかるというもの。

「当たりは二分の一ってか? 嫌いじゃないぜそういうの」

 言いながらも悪魔は風刃ウインドカッターの魔術を放つ。長大な風の刃が分身も本体も関係なく二つの姿を薙いで、両断された忍者の身体がその場に転がる。

 だが、怯む者は居なかった。次々とその刃が悪魔にめり込み、打撃音を響かせる。

 斬れはしないもののそれなりの痛打を浴びせることに成功していた。


 その中に紛れ、シノも忍者刀を閃かせる。辛うじてそれに反応し、長剣を翳す悪魔だったがシノの初撃はその刃をすり抜けていた。

 続く一撃が背後から決まり、その後にも続く同じ姿に反撃すら返せないまま彼はそれを見送る。

 シノが使用しているのは三連星トライスターの魔術。自分の前方と後方に、それぞれ1秒ずれて動く自分の幻影を生み出すというものだった。

「妙なものも紛れていやがったかよ……!」

 よろめく悪魔。その目にはこれまでのような戦いを楽しむ笑いではない、若干の苛立ちのようなものが見え始めている。

 そして悪魔が未だ動くのを見て、また周囲のドワーフ弓兵の退避が完了していないのを見て、シノは身を隠しながら、もう一度攻撃をすべく生き残りの下忍に集合をかけていた。

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