第三十四話 宮殿と極東エルフのおはなし
何やら調べたいことがあると言ってシノは行ってしまい、4人残されたペンギンズはエルフの里の中を回ってみている。
すると当然と言うべきか、彼等に向けられる視線は最初通された里とは明らかに違っていた。
彼等を遠巻きに眺めて何やらヒソヒソと話をしているエルフ達。指をさす子供。
近付こうとすると彼等は離れていってしまうし、ぽつんと立っていた子供に話しかけようとしても大人がすぐに連れて行ってしまう。
だいぶ居心地の悪さを感じるラットたちだったが、カイルだけは。
「うん、やっぱこれが自然な反応だよね……」
などと言って一人うなずいていた。
どうやら彼は、観光地のエルフたちには満足出来なかったようである。
まぁそんな扱いを受けながらも何とか今晩の宿を確保し、早々に休もうとするペンギンズ。
シノも戻ってからは買い物なども出来るようにはなったのだが、大量に買い込んだ保存食もまだ余っているし、他に必要なものも無いということで、彼等は部屋へと集まっていた。
そして、そこでシノが切り出したのはこういった話である。
「エルフの王都――宮殿へ行ってみようと思うんです」
どういうことなのかとラットたちが問うと、彼女はその理由についてを話し始めた。
「実はですね、さっき少し調べてみたんですが、やっぱり森の防衛システム――里や宮殿を守るために配置された結界の数々が、ちょっとだけずれているみたいなんです」
それは、北から押しのけられるようにして。
魔物軍との小競り合いにより生じたずれという事も考えられるが、それにしてはちょっと範囲が広い。
もし何か、広範囲に結界を歪ませるような存在が北から来ているとするなら、それに気付いたシノは報告しなければならない立場だ。
だが、そうなるとラットたちを元の里へと送る案内役が居なくなってしまう、と。
「みなさん身をもって体験したと思いますけど、ここから西も結構危険っす。なので、出来ればみなさんにも着いてきてくれた方が安全かな、と」
この里で待つという選択も無くはなかったが、カイル以外ぐったりとしているペンギンズを見てシノもあえてそれを言い出しては来なかった。
「現在の結界の位置については把握出来ているの?」
ミリィが聞くと、シノはうなずいてみせる。
森の中では探知魔術が効きづらいが、人を使って数箇所から探知すれば結界の境を知ることも可能なのだとか。ミリィが幾ら探知魔術を得意としていても単独では無理だということを知らされ、彼女は考えるように目線を落とす。
「ここは提案に乗った方がいいんじゃない?」
エイミィはそう言っていた。カイルが乗り気なのは言うまでもないが、ラットもまあ、事情が不穏なものだとはいってもエルフの宮殿を見られるということに魅力を感じないこともない。
「俺も、それでいいぜ」
そう同意していた。
「わかったわ」
ミリィは溜め息を吐きながらもうなずく。
だが、その後にシノを見てこう言うのも忘れなかった。
「でも、ここへ来るまでみたいなことは二度とごめんですからね」
「あはは……それはもう、最大限努力いたしますですよ、はい」
笑ってはみせたものの、後半は心底申し訳なさそうに、シノは頭を下げていた。
そして翌日、ラットたちは本当に何事もなく、しかし大きく何度も回り込むようにして森を抜け、その中心部へと辿り着いていた。
「これが……」
目の前に広がる光景にカイルは息を飲む。
森の外からでも見えたほどの、ひときわ巨大な樹木。おそらく一本ではなく何本もの木が絡み合って出来たそれは複雑に枝を広げ、幾つかの層をなして葉を広げながら天をついている。
そしてその根本、木漏れ日を浴びて輝く宮殿は、木と土で出来た長細い建物によって四角く囲まれた中に2階建て程度の木造建築物が左右対称に並ぶといったものだった。
およそ防衛には適さないように見える、城というより何かの宗教施設といった趣だ。
「止まれ! ……お前は、人間の案内人か? 何故こんな所まで連れてきた」
近寄ろうとする間もなく展開していた兵によって呼び止められるペンギンズ。
シノはそれに、報告しなければならない事があると言い、5人は彼等の詰所まで先導されながら進んでいった。
「なるほど、森の結界がずれている……か」
警備隊長らしきエルフはそう言って唸る。すぐに信用してもらえるのか、それが最大の問題だとラットは考えていたのだが、彼から返ってきたのは意外な返答である。
「実はな、同じ報告は他からも受け、既に調査の人員を送っているところだ」
彼の言うところによると、極東からの援軍もこの日の午前に到着したのだという。本当は昨日の夜のうちには辿り着く予定だったのだが、結界がずれた影響により到着が遅れたのだとか。
「まあ、兵に損耗が出なかったのは不幸中の幸いだった。お前たちの報告も信用して良いだろう」
言って、彼は5人を解放してくれる。
そして宿にはここの警備隊宿舎を使えと言い、都でのそれなり自由な行動を許してくれたのだった。
「まあ、ここはエルフの国の中心部、都であるとは言っても。軍事施設、宗教施設といった意味合いの方が強い場所なんですけどね」
宮殿の周囲を回りながらシノは言う。
外周には民家と商店も存在するが、観光客相手のようなものは売ってはいない。ここに詰める兵とその家族のために作られているものだ。
旅人の来訪も想定しておらず、用のある者は宮殿か兵舎に泊まるため、宿のような場所もない。
警備隊長が宿舎を貸してくれたのはそういった事情によってだった。
「それでもまあ、面白いものは結構見られると思うっす。今だったらほら……あれとか」
シノが指さした先には、宮殿の中庭に整列する大勢の兵たちの姿があった。
こちらではあまり見ることのない板片鎧。ラットが持つシミターとはまた違った曲刀を腰に差し、変わった形状の長弓かグレイブのような形状のポールアームを所持した者が多い、極東エルフの武士団。
その横には、複雑な文様を編み込んだ軽装に獣皮のマントなどを羽織り、武士団ともまた違う長弓と鉈を持った極東ドワーフの弓兵部隊が並んでいる。
「ドワーフっ!」
宮殿の壁にかじりつくミリィとエイミィ。タヌキの耳と尻尾はエルフに比べればあまり目立つものではなかったが、ずんぐりとした体躯が動く度、少しだけ揺れる小さな尾を彼女たちは目で追っていた。
「両軍こっちにまずやって来たんですねえ。ドワーフの方にも使者は行ってるのかもですけど」
二人の後ろからシノは言っていた。
これでドワーフとの共闘が、或いは国境線付近での戦闘を彼等が黙認してくれる程度でも話が進めば、ようやく魔族軍を叩き潰す準備も整うというわけである。
だが、現在それを指揮する悪魔が黙ってそれを見ているとも思えず、結界のずれもそれの目論見の一つである可能性が高いことを考えると、良いことばかりでもなかったが。
「にしても、こっちの国内に居る魔族軍とはまだ睨み合いを続けてるんだっけ?」
ラットはそう言っていた。
こちらはドワーフとの2国間での事情があった訳だが、メルキア国内では特にそういったものはないはずだ。それが何故未だに壊滅させられないのかと、ラットは首をかしげる。
「ああ……それはですねえ」
やや言い難そうにシノは口を開いていた。
単に、公爵家で誰が先陣を切るのか、これが決まっていないだけなのだという。
攻める気になれば力押しで叩き潰すのは容易。だからこそ、である。大量に損害を出すだろうそれを、誰もやりたがらないのだと。
「しょうもねぇ……」
ラットはそう言っていた。わからないことではないのだが。
倒そうと思えば倒せる敵であるからこそ、味方同士の削りあい、戦後の力関係がまず先に立つというのは、しょうもないとしか言い様がない。
「まあ、睨み合ってるだけでも戦費は嵩みますからねえ。特に傭兵団の増員で対応してる中級貴族なんかはだいぶ苦しくなってるみたいで。そろそろ、誰かが痺れを切らすんじゃないかと」
払う損害よりも先陣切ることへの称賛、それが派閥に与える影響が上回るのなら、遠からずそうなるだろうと彼女は言っていた。




